04


 一目惚れだった。正直、一目惚れというものを、というか恋というもの自体の存在を認識していなかったのだ。初めての感情に、惚れた初日は動悸が収まらなかった。高揚して、布団に入っても顔が火照ったままだった。

 ぼんやりとそいつの横顔を眺める。ああ、綺麗な横顔をしているな。面食いと言われても構わない。あいつの、守沢千秋の顔が純粋に好みで、それで、惚れた。

 想いを寄せるようになってから、守沢を目で追うようになった。その度に見つける癖や仕草、日々の機嫌や寝ぐせまで、守沢の何もかもを目で追っていた。
 一時、何があったのかは知らないが、守沢が史上最高に苛立っている時があった。あの時は流石に少し雰囲気が恐ろしかった。それでいて真顔だった。表情筋をぴくりともさせずに、只管無表情だったのだ。それでも、否、当たり前だが、顔は相変わらず格好良かった。真顔なんて滅多に見られないから、端正な顔立ちが際立つ。だがしかし矢張り笑っていた方が好きだ。なんたって、守沢の笑顔に惚れたのだから。

 顔から始まった恋ではあるが、今ではもう完全に、守沢という存在自体に惚れきっていた。

 今日も守沢は守沢だ。

 ぼんやりとそんなことを考えながら横目で守沢を見遣る。「敬人?」英智の声が耳に留まった。

「なんだ?」
「いや、班って最低四人らしいよ。」
「う、そうなのか……」
「敬人は僕と二人っきりが良かったのかい? ふふ」
「俺はただ単にあまり交流の無い奴らと行動を共にしたくないだけだ。」
「はいはい。ほら、早く決めて早く帰ろうよ。みんな決まらないと帰れないんだから。」

 にこにこと英智がこちらを見る。英智のこの視線だけは苦手だった。いつも何を考えているかわからないが、この視線の時は余計わからない。この時だけは英智を宇宙人だと認識するようにしている。我ながら何を言ってるのか分からなくなってきた。

「天祥院!」
「あ、」
「お前達二人か? 良かったら俺達と同じ班になってくれないだろうか」

 なりたい。
 頭の中にぽんっと浮かんだ。勿論だ、即答だ、英智早く返事をするんだ。さあその首を縦に振れ。「勿論だよ。よろしくね。」よし良くやった。今度美味い茶葉を贈らせて頂こう。
 いつも遠くから見ていたためか、いきなり近くに来るとその笑顔が眩しくて、今すぐにでも愛を叫びたい衝動に駆られた。キャラ崩壊と言われても構わない厭わない。
 いや待て落ち着け、落ち着くんだ蓮巳敬人。そんなことをしたら守沢がどんな感情を抱くのかわかりきっているではないか。
 そうだ。落ち着くんだ。

 悲しいことに、守沢は自分を好いていない。そう。あれだけ毎日ぐちぐち小言を言っていればそうなるのは必然だ。許してくれ守沢。不快な思いをさせてすまない。生まれて此の方恋というものをしたことがない故に、貴様とどのように接すれば良いのかわからないんだ。

 そもそも、こういった時に守沢が声をかけるのは決まって英智だ。要するに、守沢が想いを寄せているのは、英智なのだ。いけない。俺が気持ちを打ち明けては。

「俺の初恋が叶うことは、ありえないんだ。」

 その言葉は、実際に言葉として発せられることはなく、そのまま口の中に溶ける。
 改めてそう考えてしまうと、どうしても心が重しをつけたかのように感じてしまう。そう受け止めているのに、受け止めきれない、というか、認めたくない自分がいるのだ。
 まあ、英智はどうだか知らないが、守沢は英智のことを好いているのだから、二人の邪魔をしてはいけない。同じ班になった瀬名と羽風は兎も角、守沢にき、嫌われている自分がいるのは邪魔だろう。
 いっそのことわざとはぐれてしまおうか。校則に校外学習でわざとはぐれてはいけないなど載っていない。遵守するのは大切だが、載っていないことを遵守しろと言われても甚だ意味がわからん。
 よしそれが良い。仮病という手もあるがそれではこれまで死ぬ気で守ってきた皆勤を取り零すことになってしまうからな。
 はぐれよう。残りの四人で仲良くやってくれ。


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