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ふわりと、揚げた芋の香りが鼻腔をくすぐった。匂いだけでわかる油っこさに眉を顰めたくなるが、それでも買ってしまったのだから食べきってやる、と意気込んで、家への帰路を歩く。
もうあんなに綺麗だった日は沈んでしまっていて、俗に言う逢魔ヶ刻はとっくに終わってしまっていた。夜とも夕方と言えない情景だった。何という名前か忘れたが、こんな時間帯の名前を鬼龍に教わったことがあった。
暫く考えて、答えが出てこなかったので考えることを諦める。人生諦めが肝心だ、とは誰が言った言葉だったか。
がさがさと揺れる袋の中に手を突っ込んでポテトを一本掴む。予想以上に油っこくて、不快感を催したが、すぐに口の中に入れた。薄い塩味と芋。芋だ。守沢はこれが好きなのか、と考えつつ、もう一本掴みとって口へと運ぶ。
守沢のことを考えていると、先刻の情景が蘇ってきた。「蓮巳に、心の底から、惚れていて」この言葉が耳から離れることはないだろう。思い出しても顔が熱くなる。守沢が想いを寄せる人間は、英智ではなく、自分だったということを再認識して、更に顔が熱くなる。頭の中で反復させて、嬉しさのあまり、目が潤んできた。
自分はこんなにも涙腺の緩い人間だったのだろうか、守沢関連限定だと信じて、そしてそこまで思い出して、守沢に対する恋慕の情が、余計募っていくのを感じた。
「好きだ。」
ぽつりと、唇から言葉を零す。
「守沢千秋のことが、好きだ。」
袋ががさりと揺れた。
先刻、あんなにも言いたくて、でも言えなかった言葉が、今ならばするりと言える。
「俺も、守沢のことが、好きなんだ。」
愛が溢れて、その喜びを代弁するかのように。まるで、自分の声ではないかのように熱を持って、好きだと言う言葉だけが零れ続ける。
ああ、なんて幸せなのだろう。
口の中に広がる微かな風味と、それよりも甘くて、優しい、暖かな記憶が、余計に涙を零れさせた。