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「おはよう、蓮巳。昨日はその、すまなかった、俺も切羽詰っていて、」
「守沢。少し付き合え。」
「あ、ああ」
ドアの締まる音だけが教室に響いた。噂が広まるのは早い。千秋が敬人と何かやらかしたらしい、という旨だけはきっちり学院内に広まっていた。発信源はどこだろう、渉かな、でもそういうことはしない人間だし、なんて、どこかへと思考が逸れ始める。意識を現実に戻した瞬間に教室の外へ出ようとする人影が目に入った。
「二人とも、どこへ行くの?」
「ん、あの二人見てやろうと思ってねぇ?」
「なんか面白そうじゃん。あ、何だったら一緒に行く?」
その手があったか。
あまりこういうことをしたことがなかったため、とても心が踊っている。覗き見かぁ、なんて、ぽつりと呟いてみれば、前を歩く二人が一斉にこちらへ振り向いた。
「ちょっとぉ、やめてよそういう風に言うの」
「あくまでも二人が喧嘩しないようにの保険だからね?」
自分の都合の良いように解釈しているらしい二人は、また前を向き、歩みを進めた。どっちにしろ覗き見じゃないかな。喉元まででかかった言葉を必死に押し留める。英智は一言余計なんだ、というか、思ったことを正直に言い過ぎだ。なんて、何度言われたことだろう。
「どっち行ったと思う?」
「あ〜……どこだろう……」
無計画さに、思わず笑ってしまった。
教室を出る時は、出てすぐ右にまがったから、きっと敬人は三つくらい先の空き教室にいるんじゃないかな。と、自分の予想を言うと、二人はすぐさま僕の言う教室を覗き見る。どうやら当たったらしい。
二人で頭を連ねてトーテムポールみたいにしているものだから、またしても笑みが零れる。
どうやら、中の二人は見えるものの、流石に声までは聞こえないらしい。隣で二人が会話をアテレコしていた。
観察を続けること数分、否、どれくらい経ったのかは分からなかった。僕にとっては数分だったけれど、本当の時間がどれほど進んでいるのかわからない。隣でくすくすと笑い続ける二人を見て、彼らは今をどのくらいの速度で生きているのか、と疑問に思った。
「!」
「ねえ、あれ大丈夫なの?」
「……あんな敬人、初めて見たよ」
ここからだと、あまり見えないけれど。敬人の手で顔を拭うような仕草と、千秋の慌ててる様子を見るに、敬人が涙を流していることは明らかだった。あの敬人が泣くだなんて、と驚きのあまり目を大きく見開けば、ああそっかという声が隣から聞こえてきた。
「今のそっかは、どういう意味のそっかなの瀬名くん。」
瀬名くんへと目線を向けて問いかける。瀬名くんの口が開かれたのがわかったが、聞こえてきたのは残念ながら羽風くんの声だった。
「うわ、ちょっとやばくないあれ?」
「え、何あいつら、ホモ? ホモなの?」
そんな言葉を聞いて黙っていられるわけがない。
瀬名くんから目線を逸らし、教室内に目を向ける。うわ、あれキスしてるの? 大胆だなあ千秋は、とまで考えて、ふと気が付いた。
「あれって、」
そして、千秋が敬人の体を机に押し付ける。今の流行りの壁ドンならぬ机ドンかな、なんて思ったけど、壁ドンはもう時代遅れかもしれない。
「ストップストップスト〜ップ!」
「わ、」
「えっ」
ガラリと扉が開けられて、バランスを崩して僕と瀬名くんは教室になだれ込んだ。扉を豪快に開けた張本人である羽風くんは、顔を真っ赤にしながら叫んでいる。
「ここ学校だからね? なに! うさぎちゃんなの!? 守沢千秋のオープンスケベ!」
肩を震わせながら言う羽風くんを見て、千秋と敬人は、ニヒルな笑みを浮かべた。