ensemble | ナノ
月明かりで影鬼を 前
 吐いた息が白い綿菓子の様な形を型取りながら出てくるようになったある日、彼ら曰く本当に些細なことが起きた。

「今日は満月か。」

 ユニットの練習で帰りが遅くなった時の事だった。蓮巳がぽつりと零した言葉に反応して、鬼龍が空を見上げる。「そうだな、月が綺麗だ。」という鬼龍の返事に、もともと寒さで赤らんでいた蓮巳の頬がより赤みを帯びた。

「その言葉、俺以外に言うんじゃないぞ。」

 ほんの少しだけ目を逸らしながら、蓮巳は口を尖らせた。その直後に、ああ、なんて心の狭い男なのだろうと自己嫌悪に陥る。だがしかし、どんなにプラトニックな関係でも恋人は恋人なのだ。いくら鬼龍に自覚がないとはいえ、自分以外の人間に愛していると言って欲しくない。蓮巳の心は悶々とする。
「……そういえば夏目漱石はI love youを月が綺麗ですねと訳したんだったか。忘れてた。今ここにいたのが蓮巳で良かったぜ。」
 あいらぶゆう。俺なら、どう訳すかな。
 隣でぽそぽそと綿菓子を形作りながら、蓮巳は空を見上げる。「月か。」鬼龍も、ほんの少しだけ大きな綿菓子を造った。

「……月を見ると、どうしても鬼龍と神崎を思い出すんだ。決して、二人が自分から光れないと言っている訳では無い。太陽の様に眩しすぎて見ていられないんじゃなくて、本当に綺麗でいつまでも見たくなるような美しさだから。」

 そう言った時、蓮巳はどこかを見ていた。懐かしむように目を細めている。その表情はどこか艶やかで、けれど、今逃してしまえばこの寒さと一緒に消え入ってしまいそうな儚さを持っていた。

「……貴様のお陰だ。」蓮巳が口を開いた。鬼龍が顔を覗き込むようにして「ん?どういう意味だ?」と問いかければ、「そのままの意味だ。」と、端的に返事が返ってきた。

「だからどういう意味だよ」
 そう言おうとした鬼龍の言葉は、自身が持つスマホによって遮られる。「すまねえ。」ぽそりとこぼしてポケットから取り出すと、着信だったらしい。蓮巳に断りを入れてから、そのまま応答する。
「おう、どうした。」
 いつも通りの声が夜の闇に溶けていく。
「そうか、わかった。」
 ぽつぽつと相槌を打っていたかと思えば、そう言って通話を終わらせた。じ、と蓮巳が鬼龍の顔を見遣る。少しだけ眉を下げ、困ったような笑顔を浮かべながら鬼龍は「すまねえ。妹が待ってんだ、先に帰らせて貰うな。」と言った。
 その笑顔を見て、蓮巳は息を呑む。足早に歩き出した鬼龍を見た。隣にあった暖かさがじんわりと無くなっていく。蓮巳は口を開いて先を歩く鬼龍の背中を見つめる。息を吸って、恋人の名前を叫んだ。

「鬼龍!」

 普段の蓮巳らしからぬ声に、鬼龍は足を止めた。一抹の不安が鬼龍の胸に宿る。小さな不安をかき消すように「なんだ!」と声をあげた。

「また、明日!」
「……おう、また明日。」

 蓮巳の足は止まったまま、その背中を見つめている。駆け足の鬼龍との距離はどんどん離れていく。鬼龍の姿が見えなくなってから、漸く蓮巳も足を動かした。



「よく来たなあ、鬼龍。」

 ニヒルな笑みを浮かべながら、大勢の中のリーダー格である人物が言った。目立たない路地裏は、世に言うゴールデンタイムのくせに閑散としている。あまり明るくないのでよく見えないが、この場にいる人数は鬼龍を除いても片手では足りないだろう。
「来たぞ、満足か。」
 苛立たしげに鬼龍は周りを見渡しながら声を上げる。そんな鬼龍の様子を見て、周りの人間がくすくすと嘲笑を浮かべた。

「そんな必死になっちゃってさ。昔のお前はどこに行ったんだよ。」

 コンクリートを蹴る音が響く。後ろに回られたか。鬼龍は一人嘆息した。大分面倒なことになってきたな、心の中でぼやく。

「そんなにアイドル、大事かよ!」

 下劣な笑い声が路地の狭い場所で木霊した。鬼龍にとってそれは雑音だった。もう自分とは関係は無いはずだのに、なぜ彼らはこうも自分に頓着するのだろうか。面倒臭いことこの上ない。

「流石にアイドル様のお顔に拳入れるわけにはいかねえから?鍛えられたその腹筋に受け止めてもらいたいわけよ。勿論、許してくれるよな?」

 にたにたと虫唾が走るような笑みを顔に貼り付けながら、一人の男が鬼龍に歩み寄る。鬼龍はぼんやりと電話の内容を思い出していた。「今度ライブあるんだってな! そのライブ、俺達が乱入したら面白くねえ?」思い出したくもない、本当に最悪な気分だった。「それかさ、今から遊んでくれねえか。みんなして言ってんだよ。『アイドルやってる鬼龍と遊びてえ』ってな」

 声だけでわかった。
 こいつらは楽しんでいる。
 紅月のライブがぐちゃぐちゃになる事を、俺が許すわけが無い。それを阻止するために俺が必死こいて走り回ることを、必死こいて顔を見せに行くことを、そして何より、一線を引いてアイドルをやってる俺を馬鹿にすることを。楽しんでいるんだ。
 下衆だ。下郎だ。なんて奴らなんだ、鬼龍の頭の中では、ぐるぐると同じような言葉が渦巻いていた。ああ、この渦の中に飛び込んで、そうして流されてしまえたら。それはどれだけ楽なんだろう。
 おい誰が先にやる? 笑い声がさらに大きくなる。げらげらと笑う声は、醜いとしか思えなかった。

「……決まったかよ」
「ああ! 俗に言う袋叩きってやつかな!」
「無駄に爽やかな笑顔浮かべやがって」

 鬼龍が毒づく。瞬間、その体を衝撃が襲った。
「ぐ、」と鬼龍が呻くと同時にどこからか口笛が鳴る。

「いやあ、腹筋かったいねえお兄さん!」

 ぶん殴ってやろうかと思った。鬼龍の米神に青筋が浮かぶ。その様子を見て、さらに周りの人間が口角を上げた。

「あ? 反撃しねえのかよ、つまんねえの」
「んなことも出来ねえのか? アイドルさんは! あんな軟弱そうな奴等の中にいたらそりゃこうなるよな!」
「ああそういえば同じユニットのやつなんかさ、」

 ──不快だ。不愉快だ。耳障りでしかない。
 鬼龍は目の前に立つ金髪を睨み付けた。その顔面を整形してやろうか。鼻を折って、捻じ曲がるような痛みを感じさせてやろうか。頭の中では様々な思いが爆発しそうな勢いで生まれていく。ああ、まるでビックバンだ。超新星爆発だ。宇宙の神秘だな……奇跡の地球で今俺達は生きている。
 鬼龍の思考はどこか遠いところへと飛んでいた。
 そうでもしなければ、すぐにでも手を出してしまいそうだった。鬼龍はそんな事をする人間ではないと言っても、目の前で大切な人達を馬鹿にされて黙り続けることは出来ない。
 気を紛らわすかのように遠くに目をやると、正面の金髪の向こう側に、見知った背格好を見た。気のせいだと願いたい。でも、あれは。何でいるんだあいつ、今っていつもだったらもう風呂から上がって寝ぼけながら俺にラインしてくる頃じゃないか! まさか、俺が返事をしないから探しに来たとでも? そんな馬鹿な!
 飛んでくる拳をかわしながら、ポケットに入れてあるスマホを取り出して、連絡が来ているかどうかを確認する。よりにもよってこのタイミングで着信が来ていた。蓮巳おまえ覚えてろ。鬼龍の心情はこの数秒間でめまぐるしく変わっていた。いや落ち着け鬼龍。鬼龍の心の中にいる蓮巳が声をかけてもその動揺が治まることはない。

「おっ、電話きてんじゃーん。誰だ? ええと蓮巳?」
「それ、同じユニットの奴ですよ」
「まじかよ。呼ぶ? 呼んだらこいつも流石に避けられないだろ。人質人質。」

 終わった。鬼龍は心の中で両手を上げた。降参である。勘弁してくれ。
 後ろから思い切り腕を掴まれたかと思うと、一人が鬼龍の手からスマホをするりと抜き去った。いち、に……三人がかりたあ、冥利に尽きるねえ。

「よう蓮巳くん。今さあ、鬼龍くん俺達と遊んでて手が離せないんだよね。もし良ければ君も一緒に遊ばない? 今遊んでくれないと、今度のライブで遊んでもらうことになるんだけど……。ん?やった、嬉しいね!」

 蓮巳、やめろ、来るな。鬼龍は目を見開いた。息が荒くなる。
 蓮巳が、ここに、くる?
 瞬間的に鬼龍の脳裏に浮かんだのは、蓮巳の優しげな笑顔だった。自分にしか見せない表情、自分にだけ向けられる声色。ぴきり、その笑顔に亀裂が入る。俺がそれを、壊すのか。
 頭蓋を中から鈍器で殴られている様な感覚に陥る。

「やめろ、頼む、俺が全部相手する。抵抗だってしない。だから、それだけは」

 鬼龍の声が震えた。その反応を見て、目の前の人間の口がにたりと歪む。
「ごめんな、呼んじゃった。」
 鬼龍の動きが、止まった。


 蓮巳と知り合ってからの印象は、こいつは日本人に見えない日本人なのか、だ。人に対してマイナスなことをはっきりきっぱり言う所はどちらかと言うとアメリカとかそっちの方なのではないか。うわ、こいつ本当に日本人なのかよが第一印象だ。けれど、自己犠牲精神の旺盛っぷりはまさに日本人だった。
 自分で言ってて意味がわからなくなってくる。
要するに、とてつもなく敵を作りやすい、ということだ。
 それを本人が認めているのだから、俺はなんとも言えない心持ちになった。守るべき人間を守ることが出来たらそれで良い。そんな考えの持ち主だったから。
 どこか見ていて危なっかしかった。はじめの頃はそれこそ、気が合いそうには思えなかったが、それでも俺は蓮巳の事を守らなければいけないと思った。
 だから、俺は蓮巳に付いていった。
 俺がついて行くことで変な奴らが絡んでくる、なんて弊害もあるが、それを差し引いても俺を紅月に入れたのは正解だと思う。
 蓮巳は俺が思っていた以上に向う見ずだった。
容赦なく敵を作りに行くスタイルだ。ガンガンいこうぜ。二重の意味で。
 天祥院に対して不満を持つ奴らは沢山いた。そいつらに対する対応の殆どを蓮巳が請け負った。その時の蓮巳は胃薬とマブダチだ。かく言う俺も胃薬とは懇意にしていた。蓮巳は胃薬をすぐ無くす。
 まあ、そんな状況でも俺が後ろに控えてるだけで相手方は萎縮するし、話も付けやすくなった。
だからあの頃は良かったんだ。
 けれど、今の状況でそんな大っぴらに不平不満を言ってくるやつなんてそうそう居ない。要するに俺のせいでちょっとばかし道を踏み外してしまった奴らにすげえ絡まれる。迷惑しか掛けていない。だから、俺は今の紅月には必要ないんじゃないかって考えてしまったことも何度かある。それはすべて杞憂だったのだけれど、一度そういうことを考えてしまうとそんな考えは頭からなかなか離れない。
 まさかこんな所で、その考えが脳内を占めるだなんて思いもしなかったけれど。
 家族だ。
 紅月は血よりも濃い絆で結ばれてんだ。そんな事あるわけがないだろうに。

 自分に言い聞かせるように頭の中で言葉を浮かべる。
 そうだ。きちんとした信頼関係が出来ている。いくら蓮巳が公私混同しないからといって、俺を棄てるだなんて。そんなことをする奴じゃない。俺が一番知っていることだ。だから、大丈夫。

「鬼龍!」

 蓮巳の声が厭に響いた。ああ、来たのか。きてくれたのか。かさかさとコンビニの袋を揺らしながら息を整える蓮巳を見て、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
 周りの人間の顔が見なくともわかる。ああそうだろう。楽しいだろう。自分の目標に向かって走る人間の妨害をするのは、下卑た笑みを浮かべながら茶々を入れるのは、楽しいだろうなあ。

「蓮巳だっけか。」

 そう言って一人の男が一歩蓮巳に向かって踏み出した。そうだと蓮巳が肯定すると、こうして文章として表現することを憚られるような不愉快極まりない笑い声が耳を劈いた。先程から笑ってばかりだな、こいつら。なんて、考えが僅かだが頭の中を過ぎる。

「その格好といい顔といいクソ真面目な感じがひしひしと伝わってくるな。良いね。嫌いじゃない。」
「俺は貴様らのような低俗な輩に対して好意的な感情は抱けないがな。……貴様のような、学がある癖に、それを有効に利用しない輩なんて特に。だ。」
「やったあ褒められたぜ俺!」なんて言って男は後ろを振り向いた。

 気に入らない。「やっぱ褒められるのって悪いもんじゃないな。なあ鬼龍?」

 こいつの一挙一動が気に障る。

「嬉しいから感謝の気持ちを込めて、蓮巳にも相手してもらおうかな」

 ぞわりと全身の血の気が引く感触がした。今こいつはなんと言った。口の中が乾く。こうしている場合ではない。蓮巳を守らないと、蓮巳を。

「両手、三人で」

 男が後ろを指差しながら言った。刹那、後ろから羽交い締めにされた。それが随分と緩いものだったから解けるだろうと思い、絡ませるようにして足を使う。そうしたら俺の体が浮いた。何故だ、状況の把握ができない。俺の頭の中は随分と蓮巳でいっぱいらしい。瞬く間に地面に押さえつけられ、上に一人跨る。なんだこいつ重い。更には両腕まで押さえつけられている始末。それでも視線は蓮巳から外せなかった。
 この際自分はもうどうでも良い。蓮巳だけでも逃がす。否、逃がさなければ。

「はってめえら、そんな貧弱なやつ殴って、何がおもしれえんだよ。」

 首筋を汗が伝うのがわかった。短気な奴なら大抵はこれで標的を変える。頼む、きいてくれ。
 心臓の音はこんなにも煩かっただろうか、時が経つのがとてつもなく遅く感じる。
 男を見続ける。まるで幼子のような些か癪に障る無邪気な笑顔が、俄に醜悪なものへと姿を変えた。

「日本人に限らず自己犠牲精神が旺盛な人間のことを心の底から尊敬するよ。」

 そう笑った男の顔が、口が、まるで三日月のようで。

 心の奥底に埋まっている何かが、雄叫びをあげた。体が熱を持っている。男に紅月を汚されると思った。綺麗なあかをどす黒い色に変えてしまうのだと思った。
 思えば、あかは自分にとって身近な色だった。小さい頃からあかが好きだったから。その次に好きなのは緑だった。きっと小さい頃のクリスマスとか、幸せな記憶の中で、この二色を幸せの色とでも認識したのかもしれない。そう思っていた。考えていた。
 濁る。あかが、綺麗なあかが。

「蓮巳、」

 服越しに伝わるコンクリの感触は、厭に冷たかった。


 鈍い音がその場に響いた。その場にいる全員が音源であろう倒れ込んだ人間を見つめる。
 それは鬼龍も同じだった。
 その視線の先には、いつものように悠然と立つ蓮巳の姿がある。普段と違うのは、その足元から男の呻き声が聞こえてくることだ。

「おい、おいてめえ、おい!」
 一人の男が声を上げた。
「どうした。語彙力は何処かにいってしまったのか。」

 蓮巳の口角が上がる。は、と我に返った鬼龍は、緩くなった自身の拘束を乱雑に解いた。

「安心しろ。これの中身はプリンとオロナミンCだ。砂利でも小銭でもガラス片でもない。そこまでのダメージはない筈だぞ。」

 そう言って蓮巳は手に持っているビニール袋を掲げる。鬼龍が注視してみると、袋は何枚も重なっているようだった。

「はは」

 鬼龍の口から笑い声が漏れる。立ち上がり、服の汚れた部分を払うと、蓮巳がいる方向へ歩き出す。追いかける人間はいなかった。

「……お前って、時々恐ろしいことするよな」
「胸骨を狙わなかっただけ良いだろう。」

 少しだけ息を吐き出して顔を逸らす蓮巳に、鬼龍は思わず失笑した。そうしているあいだも、蓮巳は簡易ブラックジャックを振り回しながら周りの様子を見る。

「……他には、いないのか?」

 首を傾げた。他に、というのはブラックジャックの餌食になりたいやつのことを言っているんだろうか。
 鬼龍は目を見開いて蓮巳を穴が開くかと思うほど見た。こいつ怖い。純粋に思った。

「では、帰るとしようか。鬼龍。」
「ん、ああ。おう。」

 振り回していた袋の中身を確認して「ああ、プリンがぐちゃぐちゃになってしまった……」としょんぼりしている蓮巳を横目で見ながら、そっと足元に横たわっているリーダー格の男を爪先でつついた。こんなにダメージ食らってんのかこいつは。なんて思いながら「わりいな、相手してやれなくてよ」と皮肉をたっぷりと込めながら鬼龍が呟く。
 するりと踵を返してその場を去ろうとする蓮巳に、固まっていた男どもが駆け寄った。怒りと恥辱の混ざるその動きに、鬼龍は一つ溜め息を零す。

「小指と親指どっちが良い?」

 そう聞いた鬼龍はどこか優美なものを匂わせた。男の背中がぞわりと粟立つ。んなもんしるかよ、と絞り出すような声で返せば隣から「小指」と声が聞こえた。刹那、男の小指が鬼龍の手によって握られる。ぎちぎちと聞こえそうな程角度を変えながら締め付けられるそれは、もう少し鬼龍が力を入れれば折れるのではないかと思うほどだった。

「これから鬼龍を貴様らの言う遊びに誘うのは無理だぞ。というか、させない。呼び出した瞬間に貴様ら……否、今目の前にいる下賎な輩共が幼気なアイドルに暴力を奮っている映像をすぐさま警察に届け出るからな。それまでに俺自身も身元の特定をできる限りしておくから、まあその、なんだ。要するに豚箱行きだ。楽しみだな。」

 にたりと蓮巳の口角が上がる。そして鬼龍は蓮巳もこんな言葉遣いをするんだなあと感慨に耽っていた。
 「くそ、」だとか「てめえ覚えておけよ」だとか、舌打ちだとか。在り来りな捨て台詞を残して雑然とした雰囲気で撤退していく。

「……すげえはったりだな。蓮巳の旦那。まあ相手も動揺してたんだろうけどよ。」
「……そう思っているのならそれで良いんだがな。」
「は?」

 それきり蓮巳は鬼龍の言葉に反応しなくなった。思わず周りを見回すが、これといったものは見当たらないし、何よりそんなものを準備している暇なんかあるわけが無いのだ。頭の上に疑問符を浮かべる鬼龍を置いて、蓮巳は足早に歩いていく。

 突然、ぴたりと蓮巳の足が止まった。

「I should tell you!」
「あ?」

 なんだいきなり、どうしたんだ蓮巳。
鬼龍は当惑した。つい先程まで頑として口を開かなった蓮巳がいきなり外国語を口にした。それがあまりにも流暢なものだったから、一瞬どこかのパラレルワールドに来てしまったのかと錯覚したほどだった。

「月は今日も、明日も輝く。今だって、こうして俺達を照らしてる。」

 そうして月光を背にして立つ蓮巳を、鬼龍はどこか別世界のもののように見詰めていた。影がうっすらと伸びている。まるでこちらへと歩み寄ってくるかのようだった。

「ずうっと続くんだ。今、それが本当に嬉しくて仕方が無い。」

 そうして蓮巳は清しい、けれどどこか妖艶さを孕んだ笑みを浮かべた。
 鬼龍と蓮巳が向かい合う形になった。夜特有の暗さで今まで見えていなかった表情をお互いにはっきりと目に留めた。じ、と視線は交錯する。蓮巳の頬は心做しかあかかった。ああ、あかいろだ。鬼龍の顔が綻ぶ。幸せの色、幸せになれる色。

「月が綺麗だな。」鬼龍が言った。
「……そうだな。」蓮巳が微笑む。
「本当に」

 そうして二人は、月を見上げた。


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