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 貴様にとっての正義とは、一体なんだ。
 目の前にいる蓮巳は、ぽつりと呟いた。


守沢千秋の場合


「正義は、必ず勝つものだ。悪を倒し、人を救う。そういうものだと俺は考えてる。」

 そうか。それが貴様の正義か。

「ああ、そうだ。」

 俺は、正義とは信念だと考えている。
 おばあさんが困っていたら? 「助けるに決まっている、」だろう? 困っている人がいたら助ける。それが貴様の信念か? 「ああ。」
では、泥棒が物を盗むのは? それも信念だ。俺は泥棒だから、というへんてこなプライドを持ち合わせている奴もいることだろう。
 人によって正義がある。一番分かり易い例は、そうだな。デスノート、という漫画を知っているか。「俺はLが好きだな。」そうか。
 しかしよく考えてみろ。夜神月は世界の平和のために人を殺した。手段は違えど、平和を願ってのことだ。どう思う? 「どう思う、とは?」平和にしたいがために人を殺した。ということについてだ。

「なんにせよ、人を殺す、ということはしてはいけない。」

 ……何故?

「……どういうことだ。」

 何故、人を殺してはいけないんだ。

「それは、法律で決められているからだ。法律があるから殺さない。北朝鮮の今の状況を知っているか? 総書記の一声で人が死ぬ。殺すな、という法律がなければあちこちで、それこそ今以上に殺人が起こるだろう。あいつを殺したい。でも罪を背負うことが嫌だから殺さない。そう考えているやつは五万といる。」

 貴様もか?

「まさか、そんなことあるわけ無いだろう。……で、だ。罪という認識がなければ、人道性に欠けている人間であれば簡単にやれるものがある。」
 ……解剖。
「そうだ。人は知識欲に溢れている。人体のここはどうなっているの? 何故こうなるの? 今も尚解明されていないことが大量にある。そんな中で、例えば人を生きたまま解剖することによってわかることがあるとする。人を殺しても罪にはならないのならば、やってしまおう。必然的にそうなる。マウスで実験するのと同じことだ。嫌な言い方になるが、人とマウスを対等に扱う、だなんてあってはいけない。それで、人を殺すことがないよう法律で決められている。だから人を殺してはいけない。まあ、法律云々関係なしに、俺は命が大事だという事を言いたいんだ。命とは生命の神秘で、家族にとっての宝。そして何よりこの世で最も尊いものだから。……それこそ綺麗事だがな。」

 そうか。では少し話を変えよう。
 野菜などを育てるとき、剪定をするな。これについてはどう思う。「仕方の無いことなんじゃないか?」雑に例えるのなら、夜神月はこれをしていたんだ。貴様が先刻、人間をマウスに例えたが、こちらは植物を人間に変えただけ。この世の中に不要なものを切り落として、世界が平穏になる。これが夜神月の望んだ世界で、正義だった。
 ……少し寄り道をしよう。
 俺が見ている青は貴様にとっての青とは限らない。「また随分いきなりだな。」もう慣れたことだろう。

「そうだな。で、それは視覚的な障害に関してか?」

 いや、障害ではない。俺が青と思って見ている物が貴様にとっては赤だった。という可能性もあるということだ。

「……すまん、うまく理解できない」

 貴様が見ている色が本当は青ではなく赤や緑なのに、他の人間がそれを指差して『あれが青だ。』と言うことで、貴様が赤や緑を青と認識してしまう。……わかるか?

「ああ、漸く理解した。続けてくれ。」

 人によって見る世界が、色が違うように、人それぞれが信念――正義を持っている。
 貴様のいう悪とはなんだ。人殺しか? 犯罪者か? そんな定義に縛られた人間を倒して何が正義だ。悪だと思っていたら本当は向こうの方が正しかったなんてことはザラだろう。

 貴様は、推理小説で、探偵が犯人なのではないかと考えたことはあるか?

「まず推理小説を読まないな。」

 ノックス十戒というものがある。その中に『探偵が犯人であることを禁ずる』。簡単に言うとこんなことが載っている。すべての推理小説がそれに則っているとは言えないが、探偵が犯人であることはない。語り手は別としてな。
 俺が言いたいのは、探偵役がいるから殺人が起きる、ということだ。
 逆もまた然り。殺人が起きるから探偵がいる。まあ簡単に言うとあれだな。工藤新一、基江戸川コナンがどこか出かけると必ず事件に遭遇するのと同じだ。
 言い方や視点を変えれば、探偵の存在が殺人を引き起こしていると言っても過言ではない。だってそうしなければ推理小説に探偵の出番はない。
 すまん、話が逸れた。
 推理小説では、探偵は絶対だ。探偵がカラスは白いと言ったら、カラスは白くなる。

「そうなのか!?」

 比喩だ。

「そうなのか……」

 探偵は必然的に正義と位置付けされることが多い。そこで、もし探偵が自分の名を挙げるために殺人を犯していたら?事件を解決して、関係ない人間に罪を押し付ける。傍から見れば正義だ。しかし実態はただの悪だろう。こういう可能性がないとはいいきれない。
 人は皆、正義という言葉を、存在を、無意識的に陶酔し、信頼している。だからこそ正義の象徴である警察などが不手際をやらかすと明白に失望するだろう。

「……そうだな。」

 確か、義賊というのがいたな。不当に巻き上げられた金を盗んで、民衆にばらまく。やはり、貴様にとってはそれすらも悪か。

「悪だ。断言する。盗むより他にもっとできることがあったはずだ。どうしようもないほど追い詰められていても、そういうことをしてはならない。」

 貴様は、何から何まで正義感にあふれているな……。「ありがとう!」気にするな。

 正義が、貴様の言う通りの悪を倒すものなのであれば。

「ん、どうした?」

 そうだな。例えるならば俺はオーデュボンだ。「なんだそれは。」調べろ。「わかった。」いや、もしかしたらオーデュボンなんてものじゃない。渦中に入り込み、ぐじゃぐじゃにその場を掻き乱す愉快犯といってもいい。否、俺が元なのか。
 ああ、そうだ。それが一番近いかもしれない。俺が波紋の原点だ。そこから広がり、多大な影響を及ぼしていく。例えは綺麗かもしれないが、実際のこととなると我ながら酷いな。

「さっきっからお前は何のことを言っているんだ。」

 こちらの話だ。貴様がいるのに思考の渦に入ってしまうとは。すまん。「いや、別に良い。」そうか。「ああ。」

 できることなら

「ん?」

 貴様には坂本龍馬になって欲しいものだな。

「無理だな。DNAとか、そこら辺が」

 そういう意味ではなくてだな、ただ単に、坂本龍馬のような偉業を。正義というハリボテで作られた装飾をぶち壊す。そして、新しい世界を開く。そんなことを成せるような人間になって欲しいということだ。

「む、それは勿論だ。正義に仇なすものは絶対に許さんのだから。正義の名に準じていけば、いつかはそうなる。」

 そうか。それは良かった。
 あと、ちなみに言っておくと。

「おう。」

 正義はあやふやな定義だが、かの哲学者たちは様々な論を述べている。国家全体としての調和があることや、能力に応じた公平な分配などか。あっている自信はないがそんなところだろう。
どれが正解か、なんてことはもう関係ない。

 正義という言葉について、よく考えろ。答えなんてものはない。先刻、俺は正義を信念だと言ったな。
 それとはまた違う例えだ。正義という言葉全体を通して、様々な説を、考えを、それこそ信念を。全てをひっくるめた正義のことを、俺は真っ暗な道だと思っている。混乱させるようで悪いがな。
 この道であっているのかわからない、手探りで進んでも何もない。他の人間が近くにいたとしても、どこにいるのか、どんな道を進んでいるのかわからない。そもそも、今自分が進んでいるところが道なのかすらわからない。それも、俺にとっての正義だ。

 どうか、正義を見誤らないでくれ。
貴様がハリボテで塗り固められた正義をぶち壊すことを、見てみたいのだ。

「お前、それはもしかして」

 この学院にも、大政奉還が必要だとは思わないか。

「……そうか。今日は大政奉還の日か。」


 ああ、そうだ。大政奉還の日だ。


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