ensemble | ナノ
5
「英智、離せ! おい!」
抱きつかれたままなんとか手を動かして逃れようとする。今度は外ポケットに何かが入っている。この感触、この形状、もしや。
「おい貴様まさか、俺の眼鏡まで……」
「えっ予備だから良いでしょ?」
きょとんとした表情を見せた天祥院に、蓮巳は力の限り抵抗した。今までの馬鹿力は何だったのだろう。
「いま、紅月のメンバーを呼ぼうと考えてるね?」
「な、何故わかった……」
じりじりと後退する蓮巳の手にはスマホが握られていた。背中に隠しているため見えないと思ったのだが。なぜ分かったのだ。
「敬人の心の声、しっかりと僕に届いてるよ」
「っ英智……!」
蓮巳の瞳に薄い膜が張られる。天祥院の顔を見つめた。にこりと若い返される。思わず目をそらした。顔を覆う。
英智の頭が、おかしくなってしまった……! つうと一筋の涙が蓮巳の頬を伝った。
「敬人、何故泣いているの? 誰かにいじめられてるのかい?」
「現在進行形で貴様にな……」
「いじめてなんかいないよ、ただ、今まで君に伝えられなかった言葉を伝えたいだけなんだ」
眼鏡をずらして涙を拭う。窓からは夕陽が差し込んでいた。まるで後光のようだ。
「敬人、僕は君のことが好きなんだ。」
蓮巳の顔に赤がぶわりと浮き上がる。
「家のこととか僕もたくさん考えたさ。でも、この気持ちに嘘をつきたくない。この気持ちに嘘をつくのは、僕達の今までの思い出に、そして何よりも敬人に失礼だと思ったんだ。だから──」
「英智……」
間。天祥院が蓮巳の手をそっと握る。触れた際に思わずびくりと反応してしまったが、それすらも愛おしいような、そんな手つきで蓮巳の手を撫ぜる。
瞬間、扉が大きな音を立てながら開かれた。そちらに目をやった蓮巳は声を上げる。
「鬼龍……!」
そこに立っていたのは鬼龍だった。手にはスマホを持っている。蓮巳からの連絡があったようだ。扉を開け放したまま、二人の元へ寄ってくる。
「やあ、丁度よかった。突然だけれど、息子さんを僕にくださいたたたたた」
天祥院の腕が占められる。鬼龍は鬼の形相をしていた。そして蓮巳は、泣いた。暫くの間英智に近付くまいと、決意を固めて。
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