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「いきなり好きだとか、言われても困るものね。さっきっから敬人はなんだか動揺しっぱなしだし。今日は一度帰って、話の続きはまた今度にした方が良さそうだ」

 そう言って天祥院は蓮巳の横をすり抜けた。「待て待て待て待て」咄嗟に腕を掴む。「なんで帰ろうとしてるんだ貴様は!」蓮巳の怒声が響いた。

「まだ話は終わっていないし何よりも今一番の問題は英智が俺の体操服を持ち帰ろうとしていたことだ。話をすり替えるんじゃない」

 なんとか普段の自分を取り戻してきたらしい蓮巳が、天祥院の腕をぎりぎりと握りながら言った。す、と天祥院の体から力が抜ける。それに合わせて蓮巳の体も弛緩した。

「……家の家訓に、こんな言葉がある。」
「またか貴様」
「『“適切な指摘”とは“真剣白羽取り失敗”だ。どちらも“ズバリ”』……敬人、君は強くなる。どんな輝きにも負けない、唯一無二の宝石だよ。」

 さすがの蓮巳も照れくさいようだった。ふいと視線を斜め下で彷徨わせる。貴様どれだけ家訓があるんだ。そのつっこみは喉の奥へ吸い込まれる。

「家訓にはこんな言葉もある。『“原石”とは“時刻表”だ。どちらも──』」
「“ダイヤ”か」

 呆れたように蓮巳が言った。一瞬の間を置いてから天祥院が微笑む。先の無駄な争いでしわくちゃになった体操服はまたしても綺麗に畳まれていた。

「……残念。『どちらも、重さがちょうど、こう、いい』ということだよ」
「だが、ダイヤの方が……」

 穴が開きそうだった。美形の真顔は怖い。そちらであっている。すまん。と、蓮巳が呟いた。
 さあ、と心地よい風が窓から入ってくる。幾許か日が傾いてきた。俺はこんなことをしている暇ないのに。俺だけじゃなく英智だってないはずだのに。そう考えながら天祥院を見遣ると、何やら眉間に皺を寄せていた。

「……新しい家訓を考えてるんだな」
「天祥院家の家訓に、こんな言葉がある」
「思いついたんだな」
「『“愛情”とは“G”だ。合わせて“ジー・アイ・ジョー”』」
「貴様さっきから聞いていればなんなんだそれは!」

 大きな声で突っ込んだ蓮巳をよそに、天祥院は足を肩幅に開いた。今度は何をする気だ。蓮巳の疑惑が天祥院に刺さる。気にせず両手も広げた。

「右」

 優しい声だった。頭上に疑問符を浮かべている蓮巳を見てか、声量を大きくして再度言う。「右」

「おい英智」
「敬人、右だよ。みぎ!」

 右? 確かに俺は右腕だと自負しているが、どういうことだ。
 いつの間にか天祥院と同じような体勢になりながら、じわりと右足を前に出す。まるでカバディだな、という考えが脳裏を過ぎった。刹那──天祥院の表情が明るくなった。「左!」言われた足を踏み出せということだろうか。蓮巳は大人しく左足を前に出した。

「右、左、右、左」

 蓮巳はいつしか、天祥院の眼前にいた。天祥院の手が伸び、そしてそれは蓮巳を優しく捕まえた。

「敬人、僕の……この温もりを忘れないで」
「怖い怖い怖い!」

 どうにかして剥がそうとしても蓮巳を抱きしめる力はどんどん強くなる。ぎゅうぎゅうと締め付けてくる。貴様こんなに力が強かったのか。ある意味現実逃避だった。気のせいだろうか。蓮巳の首筋に天祥院が顔を埋めているのだが、異様に鼻息が荒い。

「お願いだから離してくれ頼む……!」

 どうにかして天祥院の腕の中から逃げ出そうとする蓮巳の体に、何か硬いものが当たる。「なんだこれは」どうやら天祥院が着ているブレザーの内ポケットにあるらしい。逃げることを諦めた蓮巳は天祥院のブレザーに手を伸ばした。

「ふふ、まさか君から誘ってくれる日が来るなんてね……」
「気色悪い声を出すな気色悪い。……なんだ、生徒手帳か」

 内ポケットから出てきたのは少し厚い生徒手帳だった。勝手にとって悪いことをしてしまった。天祥院にホールドされたまま生徒手帳を元ある場所に戻そうともがく。予想以上に強い力で抱きしめられているため、それが叶うことは無かった。ぱさりとかわいた音を立てながら生徒手帳が床に落ちる。

「すまな──は?」

 生徒手帳に挟まっていたものは、蓮巳の写真だった。見る限りカメラ目線のものはなく、着替え途中の際どい写真まである。さっと蓮巳の顔色が青くなった。


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