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 天祥院が口を開いた。

「いいかい? もう一度言うからよく聞いて。一歳の赤ん坊と、二歳の赤ん坊は、年齢が倍違うね。けれど、七十九万一歳と七十九万二歳の赤ん坊とでは、見分けも何も、差異がないんだよ」
「……はぁ」
「この広い広い宇宙の中で、僕の家と、この教室との距離なんて、もはや“ない”んだ。この教室の、ここにある体操服を。僕が持って帰ろうと構わないんだよ」
 屁理屈じゃないか。眉間の皺がより一層深くなる。そんな蓮巳を見て天祥院は笑った。「今、心の中で屁理屈と思ったね?」「思ってない」「思っただろう」「思っていない」無意味なやり取りだ。それに気付いた天祥院がじ、と蓮巳を見詰める。真顔だった。

「……思った、屁理屈だと」
「うん。そうこなくちゃ。」

 ぱっと花が綻ぶような笑顔を浮かべた。蓮巳の眉間には変わらず深い皺が刻まれている。

「屁理屈ではないね?」
「ああ、屁理屈じゃあない」
「じゃあなんでしょう?」
「はぁ?」
「これが真理だよ。物事の本質。シュールリアリズムだ」

 シュールリアリズムは違うんじゃないか? 怖いから蓮巳は何を言わない。天祥院はさらりと蓮巳の体操服を撫ぜた。徐に持ち上げ、そっと両手で持つ。

「今、三つ目は違う気がすると思っただろう」
「思っていない」

 真顔だった。天祥院が真顔で蓮巳を見詰めている。根負けしたのは蓮巳である。「ああ、思った」満足げに天祥院は笑う。

「違わないね?」
「ああ」
「シュールリアリズムだね?」
「ああ」
「シュールリアリズムではないね?」
「は? ……ええと……そう、だな?」
「敬人」

 天祥院の瞳は真っ直ぐ蓮巳へと向けられていた。口元には体操服が添えられている。もちろん蓮巳のものだ。

「どうか、どうか自分を見失わないで……」
「貴様はその前に体操服を嗅ぐのをやめろ」
「僕は敬人が心配だよ!」
「俺は貴様の方が心配だがな!」

 蓮巳が体操服を取り上げるまで時間はさほどかからなかった。軽い奪い合いになったためか、双方息切れをしている。

「英智……貴様、どこまで……」
「僕はね、敬人。君のことが好きなんだ」
「は?」
「君の流されない、真っ直ぐなところが好きなんだよ」

 至極真面目そうな顔つきで言われると、蓮巳もどういなせば良いのか分からない。ストレートな褒め言葉に、思わず照れてしまっていた。

「でも、男同士だし、何よりもお互いの家が家だから大声で言えないだろう? だから、その……少しでも同じものを共有したくて……」
「英智……」

 だからそれが免罪符になるとでも思っているのか。蓮巳の脳内にラブシーンは生まれなかった。どこまでもフラグやらムードやらなんやらを壊しまくる人間である。破壊神だった。薙ぎ払え。


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