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 白い手袋が床へ落ちた。目の前にいる鬼龍紅郎は目を丸くしている。この意味を、彼は知っているのだろうか。

「何がしたい?」

 声を低くして、こちらへと問いかける。どうやら拾うつもりは無いらしい。意味を理解していないのか、それとも知っている上で拾わないのか、真意はわからないが、はて、一体どうするべきか。

「決闘ですよ! ご存知ですか? これは西洋風の決闘の申し込み方法です。貴方に、決闘を申込みたい。」
「殴り合いか。」
「勝ち目ないじゃないですかやめてください」
「いきなり真顔になるのやめてくれこええな」

 はあ、ひとつ溜め息を吐けば、こちらの意思は本気だということを理解してくれたらしい。少しだけ、顔付きが変わったように見えた。

「私がしたいのは、殴り合いではなく敬人の奪い合いです!」

 変わったように見えた顔付きは、また気の抜けたものへと戻る。何言ってんだてめえ。成程、そう言われるのも当たり前だ。自分でもおかしいと考えている。

「ふふ、傍から見ていて貴方達の様子は実にもどかしい! この気持ちはなんだろうと歌いだしたくなる程ですよ!」
「歌ってりゃ良いじゃねえか」
「変な人になってしまうじゃないですか」
「てめぇがそれを言うのか」
「それもそうですね」

 笑みを湛えながら、わかりやすく二度。大きく頷いた。オーバーリアクション。それに勝るものは無い。

「敬人は、あなたのことを好いています。」

 しん。何故だか時が止まった様に感じた。静寂が自身を覆い、まるで、有名な漫画の能力者のように、自分のすぐ周りに、膜が出来たかのような。そんな感覚だった。彼の威圧感がそうさせているのか。はたまた自分自身がそう願い、そしてそう感じているのか。
 まあしかし、そんなもの関係ない。静寂がなんだ。無音がなんだ。私自身が騒音となり喧騒をもたらして、この場の静寂を取り払ってしまえ。

「そして、私には。あなたも敬人を好いているように見えるのです! あたりですか? おっと、答えなぞいりません! 全て私の予想で、考えで、願望なのですから!」

 両手を広げる。出来うる限りの嫋やかな動作を心がける。少しだけ顎を引いて、アルカイックスマイルを浮かべた。この仰々しい仕草を嫌う人間も多いとは思う。けれど私は、こうして人との間に、一枚。何かを入れるのだ。曝け出すことはしない。自分でもわからないけれど、もしかしたら、心の奥底では嫌われたくなかったり、見捨てられたくなかったり、それこそ、みんなに好かれて、想われていたい。なんていう願望があるのかもしれない。まあだからこその現状なのだけれど。

「ですので、私が嗾けることにいたしました!」

 驚いている。当たり前か。

「もし私の予想が外れているようでしたら、その手袋を拾う必要はありません!」
 だってそれは、私の想いだから。それを拾うか否かは、あなたの自由なのだから。

 普段ならば気にも留まらないような些細な足音が耳に留まる。頭蓋の中で骨に反響して、その音がどんどん大きくなっていく。
 何を考えているのかがわからなくなった。これ以上、何かを考えたくなかった。今後のことを細かく考えると、自分の確固たる意志が揺らいでしまいそうで恐ろしかったから。

 目の前の彼は、屈んで、そしてその手に白い手袋をとった。

 私の口角が上がる。


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