ensemble | ナノ
3
「……あれ?」
扉が開かない。何故だろう。先生から鍵を借りてきたのだから、間違っている筈はない。
首を傾げながら、取り敢えずもう一度鍵を回してみる。ああ、開いた。最初から開いてたのか。
ということは、もしかしてまだ人がいるのか?
「……まずったな、」
気まずいからこうして遅くにもう一回来たのに、人がいるなら本末転倒だ。
姫宮にはまじで色々言われちまったし、きっと他の人も言わないだけで色々思ってる。名誉挽回ってわけでもないけど、せめて増えちまった仕事だけでも片付けようと思って来ても。
「人がいるのか……」
いっそのこと帰ってしまおうか。いやでも、それは良くない。俺のせいで仕事が増えたようなもんだし、何よりここまで来たのに何もしないで帰るって、すげえ後味悪い。
大きく息を吐いて、吐いて、吐いて。空気を全部出しきったら息を三秒止める。いち、に、さん。大きく深呼吸。よし、落ち着いた。
扉を開ける。少しずつ開けていくというのも、それはそれで中にいる人に失礼だと思うから、普通に開けた。あくまでも普通に。
「失礼します」
……はて。今俺の目の前にいるのは、あの厳格な副会長であっているのだろうか。
「……寝てる」
眼鏡を付けたまま机に突っ伏しているものだから、眼鏡が変に歪んでしまいそうだ。どうしよう。とっても良いのかな。
そこまで考えて、ふとあるものが目に留まった。
絵。
沢山の消しカスと、短い鉛筆。それを見て、というか、この状況を見て、これを描いたのは副会長だというのがわかる。
綺麗な絵だった。色が付いていないけれど、容易に色が目に浮かぶ。でも、きっと俺の考えている色は、この絵には合わないんだろうなあ。もっと綺麗な色で、まるで型にはまるかのようにぴったりなんだろう。完成したらどんな絵になるんだろうとまで思いを馳せて、また一つ気が付いた。この絵、どこかで見たことがあるような気がする。
と言っても、気のせいってことも充分に有り得るし。というか、俺個人としては気のせいと願いたいんだけど。
どうしても思い浮かぶのは、校内に貼ってあるポスターだ。
もしや、副会長って、あの、
「……」
なにかまずいことを知ってしまった気がする。これは、誰か来たとわかる痕跡を残しておかない方が良いよな。
眼鏡からそっと手を遠退ける。
ごめんな眼鏡。俺にはお前を直すことは出来ない。確か副会長はスペアを持ってるって言ってたから。お前の代わりになってくれるやつがいるから、今は我慢してくれ。
よし、お前には名前を付けよう。勝手に。内蔵助でどうだ。くらのすけ。良い名前じゃないか。もう少しの辛抱だぞ内蔵助。
さて、仕事をしようにも多分ここに出してあるので全部なのだろう。
じゃあもうやってしまうか。そうだよな。うん。副会長の秘密なんざ知ったこっちゃねえ。よし。
そう心がけて、副会長の近くにある書類の山に手をかける。
「うえ……」
何でもかんでも引き受けるの、やっぱやめた方が良いのか……?
と、いうか。反対側にあるのは副会長が終わらせたものだろうか。同じくらいの山ができている。嘘だろ。この書類を? こんな面倒な? まじかよ。内蔵助、お前の御主人すげえよ。
すいと三分の一くらいの量を手に取り、いつも自分が座っているところに着く。心做しか聞こえる副会長の寝息に、副会長にもこんな面があるんだなと失笑した。
あれから何分が経っただろう。「できた……!」思わず漏らした声は意外と部屋に響いてしまい、慌てて口を塞いだ。副会長は起きていないだろうか。内蔵助は無事だろうか。そろりと副会長の方を見遣ると、ああよかった。まだ寝ているようだ。
そっと書類を元あった場所へと戻す。
そういえば。と、ふと思い出して鞄を漁る。今朝貰ったキットカットを引っ張り出して、にんまりと口角を上げた。
それから辺りを見回し、副会長が会長のためにと生徒会室に置いたブランケットに目を向ける。まあ、今は会長もいないし、良いだろう。熱くなったらすんません副会長と思いつつ、できる限りばれないようにそっと背中にかけた。
いっそのこと内蔵助も取ってしまえ。
歪みかけて苦しんでるのを放って置けるほど俺の性根は腐っちゃいない。
眼鏡を取った状態の副会長の顔を見たことがなかった。というか、こんなに近くでまじまじと顔を見ることが珍しいんだろうな。睫毛なが……。
「……」
なんだこれ顔あっつ! 無理無理無理無理勘弁してくれ何で副会長の顔みて恥ずかしくなってんだ今地味にきゅんってなった気がすんだけど冗談だよな! 副会長の顔がきっとあまりにも美しいから整ってるからきっとそうだ!
あーだのうーだのいいながら副会長と距離をとる。
そのまま、今の自分の行動を記憶から揉み消すかのように頭を振って、生徒会室を後にする。
副会長、おやすみなさい。そしてすみませんでした。
ああ、穴があったら入りたい!
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