ensemble | ナノ
1
鍵を差し込む。かちゃかちゃと音を立てながら回せば、扉が開いたらしい。がちゃりと、一際重い音が鳴った。鍵を引き抜いて扉に手を掛ける。
開けた隙間からは、冷たい空気が足元をするりと吹き抜けた。
足を踏み入れると、どこか懐かしいような、そんな感覚が自分を襲う。そんなことあるわけないだろうに。考えを否定するかのように、認めないように首を振った。
鞄を置いて、棚にある過去の資料を漁る。今日やらなければならないものは何だったか。
いくつかのファイルを棚から抜いて、手の中に収める。これと、あれと、あそこら辺。これくらいあれば充分だろう。
机の方に向き直り、適当なところに放り投げた。あまりにも適当に投げ過ぎて中の書類が散らばってしまった。苛立ちを物にぶつけても良いことがないぞと言ったのは、兄だったか。
散らばった書類を集めていると、ふと、一枚の書類が目に留まった。何か写真が載っているかと思えば、これは。
「……英智」
ぽつりと声が漏れた。
手の中にある紙には、fineの衣装を着た英智の姿。じわりと、何かが心臓に広がった気がした。S1で負けた罪悪感かもしれないし、もしかしたら英智に慰めて欲しいという欲望かもしれない。いや、自分で考えても後者は絶対に無いとわかる。きっと、これは、そうだ。罪悪感か。
頭の中で今日の情景がまるで映画のダイジェスト映像を見ているかのように流れ始める。
思い出した悔しさと、悲しみと、鬼龍と神崎に対する申し訳なさからか、歯を食いしばりながら、書類をファイルに入れて椅子に座る。
負けた。あの、Tricksterに、S1で。
この感情を、忘れられるものなら忘れたい。でも忘れるわけにはいかない。生徒会の面々にはいろいろと後始末をさせてしまった。本来ならばやる筈のない仕事を増やしたのだから。それこそ、全員が帰ってからも、こうして戻ってきて、仕事をやらなければならない程に。それに、椚先生にも迷惑をかけて、叱られた。
悔しかった、本当に、心の底から。
fineの次席、学院のナンバーツーという地位に慢心していたのかと、そう聞かれればどう答えることも出来ない。自分なりには精一杯やっていた。けれど、他の人間からみて、それが本当にそう見えていたのかはわからないのだ。だからこそ今まで自分は努力している、と言うことは無かった。
でも、けれど。
あれはないんじゃないか。
意味のわからない、否、今となっては痛いほど意味がわかっているいきなりすぎるUNDEAD、2winkの参加。あれがなければ、一対一の勝負であれば、観客がいても勝てたはずだ。
いや、でも、あんな不測の事態に対応してこその紅月で、自分達で。それが出来なければいけなくて、当たり前のことで。
自分が対応できなくてああなったのだから、自分に責任がある。
ただ、流石に録画された映像を見た時は絶句した。もしかしたら、自分の勘違いなのかもしれないが、紅月のパフォーマンスの部分だけ、映像の質が悪かった。いつも通りの編集には思えなかった。Tricksterの奴らの計画の全容を把握した後に見たそれは、自分達は、というよりも、生徒会は、そして俺は、ここまで嫌われていたのだという現実を喉元に突きつけて、そのまま喉元をかっ捌いていった。
薄々とはわかっていた。正確には見て見ぬふりをしていた。自分に向けられる嫌悪の感情を。
この世に、嫌われたい人間なんていない。でも、誰かが必ず嫌われ役にならなければこの世は機能しないのだ。そういう風に出来ている。ああなんて無情で無慈悲で無惨なのだろう。損をしない人間はいる。しかし損しかしない人間もいる。
誰かがやらなければ。どうせ誰かがやるだろうではなく、自分がやらなければ。
蓮巳敬人の神経は図太い。周りの人間からそう見えていれば万々歳である。
嫌われているとわかっていて、自分が通ったすぐ後ろで陰口を叩かれて、平気な人間がいるものか。もしいるとしたら、そいつは人間ではないのだと思う。
いくら考えたって仕様のないことだから、取り敢えず目の前の仕事を片付けることに専念する。いつもより少し多めの書類に目を通す。
こんな時英智だったらどう対応するのだろう。あいつはきっと飄々として、気にも留めないかもしれない。否、fineが負けることは有り得ないのだ。だから、きっと、こんな状況になることなんて万が一にも有り得ない。あいつらは絶対で、確実で、永遠なのだから。
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