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 敬人の寝室、幼い頃の物なのか、枕元には拙い字で「たからものばこ」と書かれたものがあったらしい。ぼろぼろの箱の中には紅月のロゴマークと、それからベレー帽。それを聞いて、また嗚咽が響いていた。

「渉?」
「……すみません、少し思い出していました。」

 君の心からの笑顔を見ていると、僕は安心できるから、笑って欲しいんだけどな。なんて言った英智の手には今、英智が宝物と称する敬人の描いた絵が握られている。

「……もしかして、あのライブのことかい?」

 ほぼほぼそれに近いものだから「はい」と肯定する。そうやって意識をすると、ライブの情景がぼんやりと脳裏に浮かんできた。

 紅月は二人で参加した。曲は、二人とも頑として聞かず、三人で歌っていたものだけを歌った。二人で敬人のパートを歌う。会場のファンも、寂しさを、悲しみを紛らわすかのように敬人のパートを歌い、合いの手を入れた。
 紅月の最後の曲で、とうとう神崎は泣き崩れた。つられるように会場に嗚咽が響く。舞台袖でも何人ものキャスト、スタッフが泣いていた。大きなスクリーンに、鬼龍の横顔が映る。頬に一筋の涙が流れていた。

「敬人はね、僕に夢を与えてくれる人だった。」

 現実に引き戻される。「そう、ですか」返事が随分とたどたどしいものになってしまった。

「そして夢を叶えてくれる人でもあった。僕は幼い頃に敬人とずっと一緒にいたいっていう夢を、敬人に話したんだ。そうしたら敬人はね、自分の夢を諦めてまで僕の夢を叶えてくれた。」

 英智は続けた。

「だから今度の夢は自分で叶えてやろうと思って、敬人に秘密で進めていた。どうしてもあのライブで、敬人とデュエット曲を歌いたくて、主催者側にお願いをしていたんだ。曲ももう出来ていたんだ。なのに。」

 ずん、と空気が重くなった気がした。やりきれずに窓際へ行き窓を開ける。心地よい風が頬をなでた。太陽の光が目に眩しい。

「英智、今日はまるで沖縄に行った時のような天気ですね……!」

 そう言うと、英智はこちらの方へと顔を向けて、薄く笑みを、いつもの笑みを浮かべた。

「沢山旅行に行きましたし、ロケの分も含めると国内は殆ど制覇してしまったような気もします。」

 私が続けると、そうだね、楽しかったね、と懐かしむように目を細めた。その姿がなんだかいつにもまして儚くて、自分らしくもない慌てた声で返答する。

「ふふ、英智。退院したら、また旅行へ行きましょう。どこか、行きたいところはありますか?」
「あるよ。」

 英智の声は透き通っていた。空と同じように、病室の中で廻る風のように。どこですかと聞くと、英智は俯いた。
 その姿が、ライブの顔合わせのときの英智の姿に重なり、一瞬だけどきりとした。顔を上げて空を見て、そうして、英智はぽつりと呟いた。

「敬人のところに行きたいな。」


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