ensemble | ナノ
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「来ませんね。」
ぽつりと呟いた言葉は、意外にも何名かに拾われていた。「珍しいな、」「何かあったのかもね」なんて、自分の言葉を皮切りにざわざわと部屋が話し声で満たされた。途中で、この部屋にいたスタッフがいきなり退室し、軽く一時間近く時間が過ぎていることも相俟って、話は膨らんだ。
暫くしてから、ノブを回す音が聞こえた。その音が一瞬で部屋から音を無くさせる。皆が扉へと視線を集中させた。「すまない、遅くなってしまったね。」入ってきたのは英智だった。今、色々と大変でね。と、息を切らせながら英智が続ける。
「一つ、皆に伝えなければならないことがある」
凛とした声が部屋に響いた。部屋は緊張感で満たされている。
「敬人は、このライブに出られない。」
状況の整理が追いつかなかった。先程より一層大きな声で話がされ、部屋は一瞬にして騒然となる。その中でも、真っ先に口を開いたのは紅月の二人だ。
「どういうことだ、こっちには何の連絡も来てねえぞ!」
「さてはうぬが何かしたのではあるまいな!」
身を乗り出し、声を上げている。今にも英智に飛びかかりそうな勢いだった。そんな二人に対し、英智は今まで見たことのないような、冷たい視線を向ける。
「っ、」
ぞっとした。背筋が凍った。全身の産毛が逆立ったような気がした。ぞわぞわと指の先から侵食してくるかのようなこの感覚は一体何なのだろう。無意識のうちに、手に汗が滲んでいた。
「話を、聞いてくれないかい?」
有無を言わさぬそれに、何人かはびくりと肩を震わせた。こんな雰囲気を醸し出す人間だっただろうか、英智は。
「まず、紅月の二人には決断してもらわなくてはならないことがある。このライブに、参加するか否か。参加できるようであれば参加していただきたいね。その場合は、ライブまでにデュエット曲を作ってきてもらうか、お互い既存のソロ曲を歌うかも決めてもらう。これは僕の意見じゃない。主催者側からの提案だ。」
本気なのか、目を見開きながら英智を見る鬼龍はぼそりと呟いた。その声に先程のような覇気はない。
部屋に残っていたスタッフが英智とコンタクトをとる。何を話しているのかわからないが、深刻そうな雰囲気から、敬人はこのライブに出ないというのは本当なのかもしれない。一体彼に何があったのか。それがわかるのは英智だけだった。
「……紅月の二人は、決まったかな」
「ああ。蓮巳がいねえなら、俺達は出ねえ」
ある程度、想像していた通りだった。だよなあ、なんて、どこからか声が聞こえる。
「……本当に?」
英智が聞いても、二人の意見が変わることは無いらしい。同じように首を横に振り続けた。
しん。何分、いや、何秒経っただろう。時計の針が進む音だけが部屋に木霊する。誰も言葉を発することはなかった。この空気の中でそんなこと、できるわけがなかった。
ぼそりと、俯いた英智が何かを呟いたように聞こえた。「頼む、お願いだから、出てくれないか。」その声は震えていた。
「土下座でも何でもする、お願いだよ、そうしなければ僕が敬人に怒られてしまう」
「おい、」
鬼龍の声が届いていないかのように、英智は続ける。
「忘れられないんだ。今となっては違うけれど、紅月は、僕のために敬人が作ってくれたユニットだった。僕はそれが嬉しかった。でも何より嬉しかったのは、敬人が紅月というユニットを愛して、君達二人を愛していたからなんだ。紅月は敬人の宝物なんだよ。僕のためにも出てくれないか、頼む、頼むよ」
英智はとうとうと語る。その姿はあまりに弱かった。小さかった。いつものような喋り方ではない、まるで幼い子供のような、お願い。英智を見て、鬼龍の頬に汗が伝うのがここからでもわかった。
聞きたくなかった。そのことを、聞いて欲しくなかった。どくんどくんと心の蔵が脈を打つのがわかる。いつの間にか唇をぎり、と噛み締めていた。
「蓮巳は、」
どうしたんだよ。
声が震えていた。誰もが息を飲んだ。英智は床にへたりこみ、変わらず俯きながら、言った。
「敬人、しんじゃった」
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