自分の限界を感じた
「緑間っち、」
「……黄瀬、か。」
「この間は驚いたんスよー?いきなり倒れるんだもん!」
屈託の無い笑顔を浮かべる黄瀬に、思わず眉間に皺を寄せた。できれば関わりたくなかった。そんな意味を込めて大きな溜め息を吐けば、「えぇ、なんスかその反応。ひどいっスよ!」と、まるで犬のようなリアクションをしてみせた。
朝練でぶっ倒れてからというもの、オレは練習に参加していなかった。それを知っているのは、スタメンだと赤司と黄瀬くらいか。
この前、青峰が練習に来たと喜んだが、登校途中たまたまオレを運ぶのに四苦八苦していた赤司を見つけて助けただけらしい。何故黄瀬が運ばなかったのだろうか。あ、そうか赤司に蹴られていたのだっけ。まあ良いか。
「今日も、ッスか?」
眉を下げながら、黄瀬がオレに問う。うわ、イケメン爆発しろ。
「ああ。それに、今日は先生から呼び出しを受けていてな。どちらにしろ参加するのは無理だった。」
そう言って、す、と黄瀬から視線を逸らす。そんな真っ直ぐな目で見るな。お前だって全然練習参加してない癖に!
「……じゃ、オレ部活行ってくるっス」
何か言いたげな顔をして、黄瀬は歩いて行った。オレが部活に行かなくなってもう三日が経つ。
どうやらオレは、精神的にやられてしまったらしい。バスケをするどころか、ボール等の道具を見た瞬間に気持ちが悪くなる始末だ。きっと、多分、今はバスケから離れた方が良いのだ。練習に参加する度戻したりぶっ倒れたりして迷惑をかけるのなら、参加しない方が良いだろう。
チームメイトに、そのことは言っていない。勿論、赤司にもだ。あの赤司ならば大体のことは察しがついてるかと思うけれど、きっとあいつはオレから話すと思ってる。否、オレに話されるのを待っている。でも、絶対に自分から話さないとオレは決めていた。なんか癪だし。
そうこうしているうちに、日が暮れてから大分経っていた。オレを呼び出した先生からの用事も終わり、後は只帰るだけである。
少しばかり顔を合わせるのが気まずくて、バスケ部との帰りが鉢合わない時間を選んでいたらこんな時間になってしまった。ああ、早く帰りたい。
ふ、と体育館を見ると、明かりがついていた。こんな時間まで残っているのは珍しいな。
少しだけ興味が湧いた。こんなときいるのは大抵黒子だ。オレはあいつが嫌いなわけじゃない。ただ単に向こうから嫌われてるっていうのがわかってるから自分から距離を置いているだけであって、仲良くなりたくない訳ではない。あれだけ趣味が合いそうなんだ! 話したいに決まっている!
いるのかな。できればいないで欲しいな。
我ながら矛盾した想いを抱きながら、体育館を覗く。
ゴールは出たまま。ボールは散らばっている。視界に入った瞬間に、胃の中がぐちゃぐちゃに掻き回されたような感覚で満たされるが、どうにか耐える。咥内が少し酸味を帯びた気がする。胃の中がひっくり返りそうだ。
それにしても、道具かたせよ。誰だ使っていたのは。一番いる可能性が高いのは黒子だ。「黒子!」と声をかけてみるものの、返事はない。いないのだろうか。なんであいつはあんなに影が薄いんだ。
どこに行ったんだろう? 一抹の疑問を胸に、頭を傾げる。まあ良いか。頑張れ残ってる人。
そう思い踵を返そうとする。しかしその瞬間、視界に一瞬だけ、ボールが写った。まるで自己主張をするかのような登場に、思わず息を呑む。これは、神が、オレにシュートを打てと、そう言っているのだろうか。
脈が波打った。動悸が激しい。
打てよ。天才クン。
頭の中で誰かの声が響く。
ボールに手を伸ばし、その表面に触れる。何日ぶりだろうか。少しすり減った表面に手を滑らせる。
気持ちが悪い。冷や汗が止まらない。じんわりと掌が湿るのがわかる。
打てねえの? 天才なのに? なっさけねえのな。
ノイズのかかった声が、脳内に木霊した。打てる、打てるに決まってんだろう。天才なんかじゃ、ないけどな。
頭の中で悪態をつきながら、ハーフラインに足を揃える。ああ、視界が狭まる。遠い。あんなにもゴールは遠かったのか。
ルーティンを始める。
これまで何百何千と繰り返した動きだ。寸分の狂いも無い。そう自負していた。否、そう一人で善がっていた。
手からボールが離れる。いつもより、軌道がずれた気がした。
だぁん、何回かバウンドをしながらボールは壁へと向かう。
「……ぅ、」
ボールは、ゴールへとかすりすらしなかった。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い! 胃の中には何も無いはずだのに、咽喉まで何かが逆流するように、存在を主張するかのようにのし上がってきた。
耐えきれなかった。駆け足でその場を後にすると、手近な水道へと向かう。
もう、無理だ。
オレにバスケは、できない。
自分の限界を感じた緑間くんのはなし
泣いてなんか、ねえよ。