自分の限界を感じた


 ぱちり。一気に開いた目に、光が差し込んでくる。眩しいのとぼやけて良く見えないのとで眉間に皺を寄せながらあたりを見回せば、どうやらここは保健室らしい。
 なんで保健室にいるんだオレ。なんだかいつにもましてよく回らない頭でぼんやりと考えてみたものの、なかなか出てこない。あれ、なんでだ。

「朝ご飯、ちゃんと食べた?」

 どこからか声が聞こえた。声のする方へ顔を向けてみれば、カーテン越しに人影が見えた。保健医だろうか。如何せん保健室にお世話になったことが無いので、保健医がどんな人物なのかを知らない。
 「食べました。」そう返事をすれば、予想以上に自分の声が掠れていることに驚いた。

「そっかぁ、じゃあ取り敢えず、熱測ろっか」
「はい」

 体温計を受け取って、自分の脇に挟む。ひんやりとした感触に少しびくついた。まるで銅鑼を鳴らしているかのような衝撃が頭の中に響いている。痛いのかぐわんぐわんしているのかいまいち境目がわからないけれど、体の調子が悪いということだけは伺えた。

 体育館に入ってからの記憶があまり無い。入って、何をしたっけ? 頭の中の警鐘が激しさを増す。

 名前を呼ばれて、それから──、それから? それから、オレは、何をした?

 一瞬だけ、何かが頭の中を掠めた。オレは一体何を忘れてる? 何だこれ。なんだ、なんだ、なんで、

「失礼します。」

 ガラリと扉を開ける音と同時に声が聞こえた。この声は赤司、か? ぼそぼそとした話し声が聞こえる。何を言っているのかは聞き取れなかったが、状況を考えるにオレのことなのだろう。なんだか面倒なことになってきた気がする。

「真太郎、大丈夫か?」

 問答無用にカーテンを開ける赤司。やべえ今眼鏡かけてねえ。ぼやけた赤がとってもぼやけてる。要するにとてつもなくぼやけてる。

「問題ないのだよ。迷惑をかけて済まないな。」
「大丈夫そうなら構わない。ここまで運んだのは大輝だよ。礼を言っておくと良い。」

 青峰が? 思わず目を見開いてしまった。びっくり。というか今日の朝練来てたのか。あの練習嫌いが、ねえ。珍しいこともあるもんだ。
 適当な返事をして頭に手を添える。先程より心做しか軽くなった頭のぐわんぐわんをできるだけ気にしないようにしながら、赤司へと視線を向けた。
 相も変わらずにこにこと笑っている。みんな「あの人の笑顔は笑顔じゃない」とか「よく作り笑いとかできるよね」とか「貼り付けたみたいな笑顔」とかって言うけれど、どうやってその区別を付けているのだろう。流石に片頬が引き攣ってるときは作り笑いだっていうのがわかるけれど、それ以外は全くもってわからん。爽やかで良い笑顔だと思うんだけどな。

「授業には参加できそうか?」
「無論だ。……もしかして荷物も、」
「ああ、荷物は涼太が持って行った。」
「……」
「真太郎が倒れたときの慌てっぷりは傑作だったぞ。『緑間っちいいいいい』と叫びながら思い切り揺さぶろうとするもんだから思わず蹴りを入れてしまってね。もう一人保健室送りにするところだった。」

 くすくすと控えめに笑う赤司を見て、ため息を吐いた。「洒落にならないのだよ」と呟けばその言葉を拾ったらしい。赤司がまたしても笑った。

「でも、本当に珍しいな。真太郎が体調を崩すなんて。」
「自分でも驚いている。オレは体調不良とは無縁の人間だと思っていたからな。」
「まあ元気そうで良かった。まだ疲れているだろうしもう少し休んでいくと良いよ。午後の部活は……休め、と言いたいところだけれどね。人事を尽くすお前のことだ。僕が休めと言ってもどこかで練習するんだろう? そこで倒れられても困る。」

 う、ストバス行こうと思ってたのに。赤司はどこまで人の心を読むことに長けているんだ。こわ。
 ここまで考えて、脇の下から無機質な音が聞こえた。恐る恐る体温計を見てみると、なんてことはない。ただの微熱だった。赤司に数値を見られないようにして、すぐにリセットする。

「どうだった?」
「平熱でした。六度七分です。」
「ううん、疲れが溜まってたのかな? 赤司くんの言う通り、緑間くんさえ良ければもう少し寝ていきなよ。」
「……そうします。」

 赤司の視線が怖い。何かを探るような目付きに、思わず顔をそらしてしまった。




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