失うものは何も無い

 
 絶対にバスケ部に入部してたまるか、と決意を固めたのは既に昨日の話だった。そして緑間は今、またしても部室に来ている。
 己の機嫌の悪さを隠そうともしない表情に松本が噴き出した。

「教員を、味方につけるのはいささか卑怯ではないか」
 このクソ外道が。

 帰りのショートホームルームが終わったと思ったら担任にいきなり「バスケ部入るんだろ?」って言われたオレの気持ちを二文字以上五文字以内でこたえよ。答えはしね、もしくはふざけんな、である。

「酷いなあ。たまたま先生に緑間くんの功績を話しちゃっただけで、決してバスケ部に入るよう誘導して! ってお願いしたわけじゃないよ」

 何度でも言うが非常に不快である。不愉快である。
教員にはバスケ部には入らないことを懇切丁寧に説明すればまだ間に合うはずだった。「先生、自分はバスケ部に入るつもりは──」そう言いかけたところでまたしても連行されたのである。二人がかりで。ふざけんじゃねーのだよ。
 もともとバスケ自体は嫌いではない。むしろやりたいくらいだ。が、こういうことをされては非常に癪である。むしろ何がなんでも入部してやらねえと決意を固くさせてくる。
 少しずつ、少しずつ慣れていくつもりだったんだ。ボールがゴールに入らなくとも、バスケはできる。だから、自分なりのペースで、またバスケができればと。そう思っていたのに。
 ある意味子供の癇癪だった。酷いひどい八つ当たりだ。

「残念ながら、貴方たちのご期待に添える実力は持ち合わせていない。バスケ部に入る気は、ない」

 一瞬で部室から音が消えた。一拍置いてから、どっと笑いの渦に包まれる。「そりゃねーよ」だとか「おもしれえやつだな」とか、よく分からない言葉が聞こえてきた。恐らくスタメンなのであろうこの人達は、制服のまま笑い転げていた。

「入るよな、緑間クン?」

 言葉が重なった。主語は違うはずだのに、と。そう思いながら息が心做しか荒くなるのを感じた。
 「お得意の3P、入らねえとかある訳ねえよな?」そう言って来た中学の同級生の顔は覚えていない。ぼんやりとした輪郭とまるで水彩画のような色合いの人間が記憶の中で動き出す。

「入りま、せん」

 声が震えた気がした。どうか気付かないでくれと願いながら、緑間は目の前に座る花宮を見た。目は合わせていない。

「あのよ」

 花宮の声のトーンが下がった。それが本性かテメー。目の前の男を鋭く睨めつける。

「オレはお前達天才様が好きじゃない。てめぇにはてめぇの都合があるんだろうがよ、ンなもん知ったこっちゃねえ」

 オレは、天才じゃ、ない。他の誰にも聞こえないような声量で呟かれた言葉を気に止める素振りもなく、花宮は話を続けた。緑間の視線は、いつの間にか部室の変哲もない床を捉えている。

「だがな。天才様よりも、友情努力勝利を掲げてるような、青春の一ページを汗と涙で飾るような奴らが大嫌いなんだ。だから、そいつらがより酷い負け方が出来るってんなら手段は問わない。お前がバスケをしたくなくともオレには関係ない」
 否が応でもさせてやる。

 そう言って笑う花宮に、部室のどこからか「さっすが花宮〜ゲスぅ!」という言葉が聞こえてきた。こんの悪童めが。




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