01
フレイヤ。
それは、魔界の瘴気が現界へと溢れている場所のことを言う。現界に生まれ、現界に住まう人間にとっては毒でしかない瘴気が漏れているとなっては、いずれ現界の生物が絶滅してしまう。
それを恐れての、二人の現界派遣だった。
「で、結局昨日行ったところはフレイヤではなかった訳ですが……」
濡れた髪を拭きながら、柳生は言った。落胆混じりの声に、ジルがしょぼくれる。嫌な予感がすると言ったのに、結局なんでもないだなんて。
「……で、あそこら辺は暫く出現しないってよ。なあライド」
『おう。ゼウス様がそう仰ってた。』
さっき来て教えてくれたんだよ。と宍戸が言う。その膝元にはクロライドが喉を鳴らしながら寛いでいた。話をしていても、クロライドを撫でる宍戸の手は止まらない。
『相変わらずいきなりお見えになるからな。』
「今回もですか……」
ん、と手際よく頭の上に置いてある酒を柳生に勧めるジル。そうやって渡すのも慣れたもので、不安定感を感じさせることはなかった。
ソファーにぽすりと座りながら、アルコール度数が弱いことを確認して酒を喉に流し込む。それでもじわりと喉が、食道がじんわりと熱くなるのは、ただ単に酒に弱いせいなのか。
「フレイヤの出現箇所を関東に限定してくれたのは嬉しいんだけどなぁ」
ワインのコルクを指で弄りながら呟く宍戸。変わらず左手はクロライドを撫でている。
「数時間しか出現しませんからね……特定が難しいです。」
酒をまた一口流し込む。手の中にある酒は、いつの間にかグラスの半分程の量になっていた。『少し、ペースが早すぎないか?』「気にしてはいけませんよ、そんなこと。」ぼそぼそと会話が交わされる。
『まあ気楽に行こうぜー』
目を細め、欠伸をしながらクロライドは言った。楽天主義なのかなんなのか、普段からのんびりとしたペースを保っている。
『うむ。主、明日は午後からの練習だそうだ。先ほどメールが来ていた。』
「そうでしたか。では寝るのを遅くしても問題はありませんね。……ジル。洗って差し上げますよ。」
飲み干したグラスをテーブルに置き、ジルに向き直る。言いながら微笑んでやれば、ジルの目が一気に輝いたことがわかった。
『……良いのか?』
「勿論」
『……』
尻尾を振って柳生に擦り寄る。まるで花でも舞うかのよう。その顔には嬉しさが滲み出ていた。
「……お前も洗うか?」
クロライドにもたれ掛かりながら宍戸が言った。腹を撫で回しながらの言葉に、少しうとうとと微睡みながら返事をする。
『……うん』
「よし。もふもふしてやる」
『させてやる』