03
仁王雅治の勝手な自己嫌悪

 どこからか救急車のサイレンが聞こえる。会話が無くなることもないけれど、盛り上がることもない。至って普通の空間だった。
 沢山の音が雑然と混じり合うその空間が、なぜだか心地よくて、今この世界にいるのは自分と隣に立つ柳生だけなのでは、と錯覚さえしそうになる。
 建物の影が濃くなって、反対に空はどんどんとその赤みを増していく。ふと、先刻のことが脳裏をよぎった。

「……柳生」
「はい?」

 いかがなさいましたか。柳生の優しい声が聞こえた。赤也の鋭い眼光を思い出す。あんなにも嫌悪感を顕にしていた。人に不快な思いをさせてしまった。
 意識をし始めるとそれが止まることは無かった。頭の中では後悔の念ばかりがぐるぐると渦を巻いている。いつかその渦に飲み込まれてしまうのだろうか。それが無性に恐ろしくて、また柳生の名前を呼んだ。

「俺、またやってしもうた……」
「……大丈夫ですよ。お二方が、切原くんが優しいことはあなたもご存知でしょう」

 おん、とだけ返事をする。そうだ。二人は優しい。それは自分もよく知っている事だ。大丈夫じゃろか。心の声が口に出ていたらしい。大丈夫ですよ。柳生はどこまでも優しい。

 こうして、柳生に話をすることは少なくなかった。言葉足らずな俺の言葉を、柳生は的確に汲み取ってくれる。そして柳生も、最低限の言葉で応えてくれるのだ。
 こんな姿を、柳生はどう思っているのかわからない。
 柳生はとても聞き上手だった。だからこそ、つい話をしてしまった。それからはまるで沼に沈むようだった。こうしてやらかした時、ぽつりと話すことが自分にとって当たり前になってきて、そして柳生がそれを許容するから。許容してしまうから、自分にとって柳生の慰めは必要不可欠になっていた。
 俺柳生大好きかよ……とか一時期悩んだけど仕方がない。

「では、私はこれで」

 いつの間にか、分かれ道に差し掛かっていたようだ。夕陽に照らされた柳生の髪はきらきらと輝いていた。

「あんがとさん、柳生。またの」
「はい」

 少しずつ小さくなっていく背中を見送った。歩き方から几帳面な性格がよくわかる。

 自分は、柳生のことを親友だと思っている。しかし柳生はどうなのだろうか。実際、口に出して伝えたことはないし、何よりも柳生が俺のことを親友だと思える理由がない。毎回ここまで考えて、寂しくなって、考えるのをやめる。
 何も考えたくなくて、適当に視線を彷徨わせると先程までの綺麗な橙色の夕焼けは姿を消していた。自分の影すら映らない時間が来ている。

 ああ、今日も終わる。

|| / Bkm




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