足の指先が冷たい。
朝を迎えたことを認識して体が震えた。布団の中で足を擦り合わせると、まるで自分のものではないような感覚を伴いながらじんわりと温まり始めた。
相変わらず低血圧なせいで頭が回らないが、これだけはわかる。
「……ああ」
また一日が始まるのか。憂鬱な、一日が。
今日はどうしようか、ぽつりと呟いた言の葉は、小さな部屋の中で空気に溶け込んだ。
仁王雅治の勝手な自己嫌悪「仁王!」
溌剌とした声が聞こえた。この声は同じ部活に所属している丸井ブン太だろう。こんな朝から相も変わらずいつもと同じような声とテンションでいられることに脱帽する。つよい。
「ブンちゃんけ、おはようさん」
「なんだよまた辛気臭い顔しやがって!」
「おまんにはこの希望に満ちたきらきらおめめが見えとらんのか」
目をかっぴらいて見せつけてやった。これが眼力だ。眼力と書いてインサイトと読む。すごいだろう。
「俺知ってる。それ死んだ魚の目って言うんだぜ」
「余計なお世話じゃい」
うりうりとこちらに構ってくる丸井を適当にいなしてふいと前を見た。少し遠くの方に見える、自分たちと同じ制服、同じキャリー。あれは、ジャッカルか。
声をかけようとしたら、目が合った。瞬間──ジャッカルの肩がびくりと震えたかと思うと、まるで何も無かったかのように平然と歩き出す。
「お、あそこにいんのジャッカルじゃねえ?」
棒付きキャンディの袋を剥がしていた丸井がそう言ったかと思うと大声でジャッカルの名前を呼んだ。やめろ心臓に悪い。そして、そんな丸井の呼びかけに応えは無かった。
「何だあいつ、聞こえてねぇのか?」
もしやジャッカル、聞こえない振りをしているのか。
「なぁ仁王。あいつ結構耳悪いよな」
隣の丸井が少し不貞腐れながら呟いた。そういえば確かに、普段からジャッカルは反応が鈍いような気がしなくもない。
「おいジャッカル」
「ん? おおブン太、仁王。おす」
「俺さっきお前の事呼んだのによー!」
「マジか?悪ぃな」
「ていう訳で帰り奢りな」
「またかよ!」
少し前でいつものようなやり取りが繰り広げられている。それにしても何故、あの時ジャッカルは俺達から目を逸らしたのだろう。何故、声掛けに気付かないふりをしたのだろう。
やはり、その、俺は。
「……嫌われてんのか」
咥内に留まったその言葉は詐欺でも何でもない、ただの本音だった。