03.濡れたおせんべい
入学式が終わったので、教室に行き自分の席に座る。やっぱり最初だから席は出席番号順らしく、私の前の席にさっきの髪の毛サラサラな男子が座った。
『あ』
「…あ?」
『いや、何でもない』
「…」
さっきの男子が前の席か…。や、でも出席番号順だから仕方ないのかな。うん。
これから席替えがあるまで、ずっとあのサラサラを見れるのはなんか嬉しい気もするが、…今また睨まれましたし。多分さっきのアレで印象悪くしちゃったんだな…。なんてこったい。
『…あの』
「…」
『さっきはすみませんでした』
「……別に気にしてないが」
『そ、そう…』
なんだ…気にしてなかったんだ。
じゃあ何であんな睨むし。
怖いじゃないか。
ぽとり…。
『…………?』
なんだろう。
今、前のサラサラ男子から丸い…小袋に入った茶色で平たく丸いフォルムの物体が…落ちた。そして微かに芳ばしい香りがふわっとした。
例えるならそれは醤油煎餅のような………いや、まさしく醤油煎餅の匂いだ。そして見た目も醤油煎餅だ。
…何でお煎餅?
というか…彼は見た目通り渋い物を所持してるな。
よく見るとしんなりと湿った感のあるお煎餅。ずっとポケットの中に入れいてたから湿気ったんだろうか。
………まあそれはともかく、これは「落ちましたよ」と報告するべきではないのか。いや、ただ拾って渡すだけと云う選択肢もある。
此処で思いとどまっている自分も何か変だけど。うん。とにかく伝えてあげるべきではあると思う。
…でもまあ待て、少し様子を見よう。LHRまであと5分くらいだし…気づくよきっと。
「………ん」
お、気づいたか?…横を見て、鞄から…本を取り出して……下を…見ない。…そして読むだけというね。
下の煎餅に気づかないね。君の所有物ではないのか、気づいてあげてくださいよ。
…………やっぱり言わないといけないのか。また冷たい目で睨まれるかもしれないのに話しかけないといけないんだよね、コレは。
てゆーか何で私同い年の男子相手にこんなビビってんだ。謙也に言うみたいに、ズバッとビシッと言えっ!
…あ、そうだ。とりあえず名前聞こう。
『あの』
「……」
『…あのーそこの髪の毛サラサラな男子くーん』
「……」
『…おーい、君ですよー。無視は良くないと思いまーす』
「………何か用か」
『ん、まあ用と言えばそうなんだけど。…名前何て言うんですか、貴方』
「………は?」
『別に邪な気持ちとかないんでそんなに警戒しないでください。ちょっと要件の前に名前聞いとくべきかなって思っただけなんで』
「……………日吉」
『日吉ね。で、あのね日吉。君ってもしかして…いや、もしかしなくとも煎餅好きだよね』
「………好きだが。それが何だ」
『うん。落ちたよ』
「は?」
『食べ物を落として置いて、気づかず踏んづけてしまったら君もお煎餅も可哀想かなと思ったんで、お知らせでした』
日吉は私の指を指す方を見て、数秒間止まった。そして、スッと拾って…無言。
ん?あれ?もしかして君の所有物ではなかったの?
別の誰かが横に落としたのを私が勘違いして……いやいや。
でも絶対この人から落ちたよね。ぽとりって、その時ふわっと醤油の香りしたものね。
「………。」
『ま…まぁそういう事でした』
「………とう」
『ん?』
今何か言った…よね?
全然聞こえなかったけど、「…とう」って言った気がする。
『今…何か言った?』
「………」
『あ、言ってないですか。すみません』
「…ありがとう」
『!………は、はい。どういたしまして…』
睨みながらにそう言われたが、なんか…キュンとしてしまった。
何故だ。よくわからんが、今の日吉が可愛く見えて仕方ないんだけど。
……もしやこれが噂に聞くツンデレというヤツか!?初めて本物見た!
「お前は」
『(ハッ!)…えっ』
「名前」
『あぁ、私?鹿野翠だけど…』
「ふん。まあ次話し掛ける機会があれば呼んでやるよ」
『…そう』
ちょっなんだそれは。腹立つ言い方だな…。しかも鼻で笑ったし上から目線的な……まいっか。
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