彼又は彼女には、名前が無かった。

ただ漠然としたナニかの中で、ぽっと陽炎のように目立つ強いモノに惹かれ引き摺られ、一つを構成した塊だった。

無数の彼又は彼女に名称をつけたのは、彼又は彼女をうみ出した者達。

彼又は彼女らに同じものは一つとしていないが、同様の性質を持ったモノ達をまとめて、名称をつけた。

彼又は彼女自身は固有名詞が必要とは思っていなかったけれど。

あくまでその枠組みでいえば、彼の名は"忘却"といった。










「『やァ、こんにちは』」


突然開けられたドアから入ってきた人物を見て、アシタバは本能的に異常を感じとる。


「…い、委員長?」


違う。コレは委員長ではない。何か、別の"モノ"だ。

ふるり、と体が震える。アシタバの頭の中で、警笛がこだまし始める。


「…病魔だ!!」


ハデスの一声で、ポカンとしていた者達も警戒をし出す。


「『やあやあ、随分な歓迎っぷりなことだ。給料も出るわけじゃあないだろうにホント、オツカレサマ。

ボクは、そうだね、キミ達が呼ぶ名前では、"忘却"と呼ばれているような存在だ』」


委員長を乗っ取っている病魔は、その体の主なら絶対にしないような笑みを浮かべて、目の前の者達と対峙する。


「…テメェ、委員長に何してやがる!」


美作に吠えられても、忘却のその誰が見ても嘘だとわかるような薄笑いは微塵も揺らぎはしなかった。


「『そう吠えないでよ。みったぐないな。犬みたい。

ボクはただ、忠告しにきただけさ。ありがたーい、忠告。
いや、脅迫かな。どっちでもいいけど』」


「脅迫、だと…?」

「どこがありがたいんだっつの」


警戒を更に引き上げる者達に向かって、忘却は少し嬉しそうに嘘っぽい笑顔を深める。

今の状況を、楽しむように。


「『あのさ、』」


そして、篠先藤乃の形をした忘却は、ハデスにとって枷となる言葉を、吐き出す。




「『トーノをヒトゴロシにさせたくないのなら、ボクを食べようなんて思わないことだね』」






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