「君はかわいそうだねぇ」
真っ白な空間。
前後左右上下全てが白で覆いつくされ、果てしなく何も無くどこまでも続いている空間に、二人だけ、白を否定するように存在していた。
男と女。二人きり。
女は猫のような目に、桃色に色づいた唇、少し癖のある長い黒髪を持ち、整っていると言っても過言でない容姿をしていた。
対して男の方は、これといって特徴のない顔付きだった。個性というものがない、じっくりと見つめても印象というものがまるで見つからない顔。
男と女は二人きりだったが、甘い雰囲気はまるでなく、かといって親しげな様子でもなかった。
「本当に、君はかわいそうだ。
哀を想う可し、なんてなかなか気のきいたジョークじゃないかい?」
男の軽口に、女はぴくりとも反応しない。
ただ、凪いだ瞳でどこかを見つめている。
「君はちっとも悪くない。
優しくて、愛情深くて、古き良き妻を平然と体現してみせる。文句は言わない悪口も言わない本当に、本当に有り得ないくらい良い人だ。君みたいな人なんて、なかなか居ないんじゃないかな」
女の反応など気にせず、男はペラペラと喋り続ける。
「尽くして、尽くして、尽くし続けて。途中で止めれば無様なだけだったものを、やり遂げて悲劇的で美しいとまで思わせるから、君は凄いよ」
凄いよ、君は。と、男は立て続けに言う。
「残念だったね。君は殺されてしまった。
残念だったね。君は悪くないのに、何一つ悪くないのに、てめえ勝手な理由で殺されてしまったんだ。
残念だったね。そして君を殺したやつは、のうのうと幸せになっている」
「私は」
唐突に、女は口を開いた。
凛、とした音が、女の口からコロコロと転がり出る。
「あの人のことを、好きだったわ。
誰が何と言おうと、誰が否定しようと、誰かが間違ってると言おうと、好きだったの」
その声は、震えたりはりつめているものでは無く、ただ透き通っていた。
「だから。
――――復讐を、しましょう」
ニヤリ、と男が笑った。
「それでいいの?あの子は次々と輪廻のなかをぐるぐると廻っていって、君はそれを追いかけることになるんだよ?いつまでも、どこまでも」
「誰が何と言おうと、聞かなかったのはこれまでの私。これからも、そうしていったって構わないわ」
女は揺るがない。欠片も揺るがない。
「私は間違っている。狂っている。不毛で、どうにもならないことをしていると思うわ。
馬鹿だと鼻で笑われるかもしれないわね。
意味がないと理論詰めで言われるかもしれないわね。
―――笑われて、面白がられるかもしれないわね」
そこで女は、やっと男の顔を見た。
じい、と。じっとりと。視線を、絡ませて見つめる。
「あなた、愉しそうね」
見つめられた男の表情が、一瞬だけブレる。
「ふふ、知ってるわ。あなたがこうして私に会っているのは、楽しそうだからでしょう。私がとても"可哀想"で面白かったからでしょう」
「…なぁんだ、バレてたんだ」
男は笑顔で表情を固めたままあっさりと言った。
「ええ、ええ。結構露骨よ?あなた。いくら相手が弱ってるところにつけこんでるからって、油断しすぎなんじゃないかしら。いつか痛い目にあってしまうかもしれないわよ、気を付けて」
挑発するような言い方ではなく、だからと言って心配している素振りでもなく、女は言う。
男は不快そうに眉をひそめた。
「君は、君たちは、だから嫌なんだ。どうしようもなく弱いくせに、ちっぽけなのに、抗うことを止めようとしない。反抗期かよ、君たちは」
「それが、人ですもの」
むう、と男は子供のように唇を尖らせる。
「私、あなたが飽きるくらい、追いかけていくわ。それが永遠なら、永遠と間違って生きましょう」
ふわりと女は、笑った。散る花のように、儚く、美しく。
「…後で泣きついたって、知らないんだからね、藤乃ちゃん」
「大丈夫、泣かないわ」
女は藤乃という名のか弱い人間で、
男はおそらく、神と呼ばれる存在だった。
貴方を怨むには一生じゃ足りないの