名前で呼ぶ
放課後になった。
何故かわたしと久々知くんは登下校を共にすることを約束してしまったので、一緒に帰っている。
あー周りからの視線がビシバシする。視線で人を殺せるなら死んでるよわたし。穴あきだらけですよ。何その残虐な死体。発見者気絶するよ。
「あ、久々知くん。帰りミスド寄ってっていい?」
ドーナツたべたいよドーナッツ。
「うん。いいよ」
やったねわたし。
なんだか今日はドーナツたべたい気分だったんだ。
なーに食べよっかなー。フレンチクルーラーはもちろん外せない。だけどそんなこと言ったらダブルショコラファッションもカスタークリームも美味しいし、いやいや抹茶も…うむむ。
ちょっと奮発してクランベリーチーズフレンチもいいかもしれない。お初ですよお初。なんたって147円とかもう150円じゃんわたしは騙されないぞまったく。ただでさえわたしのお財布は可哀想な中身だというのに。
ああ一度でいいからやってみたい。ここからここまで全部で。とか。
なんだかんだで着きましたとも。
道中わたしはドーナツのことばかり考えていて会話無しだったことに今気づいた。
久々知くんも口数多い方ではないし、わたしも楽しい話題を提供できる人でもないので。
移動中は無言でしたとも。まあ、別に気にならないんですけどね。
「うーむ、どうしようか…」
フレンチクルーラーは確定。
あとは、…チョコレートとバターミルクと奮発してクランベリーチーズフレンチで!財布マジ涙目。
「久々知くんは何か買う?」
「え、いや、いいよ」
買わないらしい。美味しいのになあ。
まだまだ明るいので、店内で食すことにした。
久々知くんがあきらか暇になるだろうから、別に帰っていいよと言ったのだが帰らなかった。わたしならそこで帰るのだが久々知くんは違うらしい。恋人ってそんなもんなのだろうか。
「うまー」
相変わらずフレンチクルーラーはうまい。なぜこのような美味しいものが作れるのかまっこと疑問だ。三大甘味の一つに入ってもいいと思う。
「…あのさ、名字さん」
もふもふとフレンチクルーラーを味わっていたわたしに、久々知くんが話掛けてきた。
もぐもぐ…ごくん。
「なに?」
あーあーフレンチクルーラー食べきっちゃったよ、と思いながら久々知くんの声に耳を傾ける。
「名字さん、俺といて、楽しい?」
…うんん?質問が唐突すぎて、首を傾げる。
久々知くんといて、楽しいか。
むしろそれはこっちが言いたいセリフなんですが。何も喋らないわたしといて楽しいのかと。
わたしは楽しいもなにも久々知くんのことほとんど知らないし。ぶっちゃけると下の名前あやふやだったりするし。
「普通です」
正直に答えると、久々知くんはそっか、と言って悲しそうに眉を下げた。なんだか知らないけどごめんなさい。
もぐもぐもぐ。わたしは本日三個目のドーナツを口に含み、存分に味わう。チョコレートうまうま。
「…んー、わたし、恋人がどういうものかとか、よく分かんないけど」
口一杯に広がるチョコレートの味。ダブルショコラファッションたべたい。
「まだお互いよく知らない他人なんだから、これからなんじゃないかな」
よくわかんないけど。
「そう、だな」
久々知くんは、花が咲くような笑顔で笑った。男なのに花が咲くようなって表現おかしい。でも間違ってないってどういうことなの。
わたしはそれを綺麗だなーとぼんやり見ていた。こういうのを眼福というのか。
「久々知くん。これ、あげる」
差し出したバターミルク。
「え、でも、」
「甘いの嫌いですか?」
「そんなことないけど…」
「じゃああげる。お近づきに一つ、というやつで」
久々知くんは動揺しながらも、バターミルクを受け取った。
眼福代なのですよ。
「…ありがとう」
わたしの好きなものを嬉しそうに貰ってくれるとこちらとしても嬉しい。
…あ。久々知くんの下の名前思い出したかもしれない。
「へいすけくん」
「!!!」
だったような。多分あってるはず。
ファーストネームで呼ぶと親しい感じするし、この方が彼氏彼女っぽい気がする。
名前を思い出せたことでちょっとすっきりした。
もうちょっと、久々知くんと話してみようかな、と思った。
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