エサやりをした日
扉の前で深呼吸。
呼吸を整えて、覚悟を決めた。
よし。
ドアを、開ける。
「狛枝、ご飯」
「わあ、日向さんがこんなゴミ虫みたいなボクに朝食を届けてくれるなんて嬉しいな」
裁判ぶりに見た狛枝は、手足を縛られて転がされていた。
しかし思ったより厳重に縛ってあるな。手を柱とかにくくりつけるくらいの拘束だと思ったんだけど。
「うん、餌やり当番になったから仕方なく」
「まあボクみたいなクズにご飯を与える係なんて嫌に決まってるよね。でも仕方なくでも届けてくれた日向さんは優しいなあ」
気持ち悪い言動は相変わらず、っと。
やっぱ夢じゃないか。裁判の時の狛枝が夢だったら良かったのに。
狛枝の発言は、人を気持ち悪くさせる。妙な笑顔と、本気なのか狂ってるのかわからない発言に、ただひたすらどす黒い光を携えた瞳。
それに呑まれないためには、狛枝が口を挟む隙を与えないようにしたらいい。ペースを崩す暇を与えない。
私はもう、あんな思いをするのは御免だ。
だから、一々突っ込むのもめんどいし、スルーすることにする。
「そうだね。じゃあここに置いとくからどうぞ」
コトン、と小泉から渡されたトレイが、それなりの重さを伴った音を発して地面に置かれた。
このままここにいたら、狛枝の変なオーラにあてられて話したくなかったことも話してしまいそうなので、さっさと立ち去ることにする。
スタスタと早歩きでさっさと出ていく。
「ちょ、ちょっと待って日向さん!」
ピタリ、と足を止めた。
振り返らないままに、狛枝の方を見ないように、できるだけ気軽な声で返事をする。
「なにー?」
「食べさせてくれないの?」
あ?
「食べさせてほしいの?」
思わず振り返ってしまった。
何を言い出すんだこいつ。
「いやだって、このままじゃボク食べれないよ?あーんしてほしいなあ」
なんでさ。
確かに、手足縛られているから食べれないだろう。うっかりしたことに私も言われるまで気づかなかったが。
しかしそれを、女子に頼むか?
恥じらいやプライドはないのかこいつは。
それとも、わざわざからかうためだけにとか?
なんだかイラッとした。
ので、もうこの沸き上がる思いのままに行動してみることにしようそうしよう。
ガッシと些か乱暴にパンを掴む。
「よし、口開けろ」
「え、まさかほがっ!」
「よーく噛めよーかめさんよー」
容赦なく狛枝の口にパンを突っ込んでいった。狛枝が喋り出せないように絶妙な感覚でちぎってはちぎっては押し込んでいく。(パンを)
「はい、おいしいぎゅーにゅー」
最後に牛乳を流し込み、変な体制で飲み食いしたからかゲホゴホ咳き込んでいる狛枝をじっと見た。
とりあえず、言いたいこと言っとくか。
何も言わないでおこうと思ったのに、こんなことになっちゃったのは狛枝のせいだ、と勝手な思いを身勝手に擦りつけておく。
「私さ、パーティの料理まだ食べてなかったんだけど」
「っげほ。…え?」
「花村の料理食べたかった。超高校級の料理人の料理とかおいしいに決まってるじゃんか」
「花村クンの死に絶望してるのかい?でも大丈夫。キミな」
「花村ともあんま喋ってないし。何もわかってないし、だから」
「………?」
「ばーか」
「確かにボクは超高校級の皆と比べれば」
「私のばか。狛枝のばか」
「…………」
今度こそ、帰ろう。
立ち上がって、スカートを簡単にはらっておく。掃除したとはいえここは少し埃っぽい。
「じゃあね、ばいばい。また夕飯持ってくるから」
「…一日二食なの?」
「食の大切さをおもいしれってね。それに、昔の人は一日二食だったって言うし、大丈夫大丈夫」
というか持ってくるだけありがたいと思えって話ですよ。そんな態度を取るようじゃまず誰も行きたがらねえっつの。
なんだかんだで面倒見のいい小泉さえも避けるんだぞ?後誰が来てくれるんだ。罪木か七海あたりならもしかしてがあるかもだが。
…というか、さりげに夕食も持ってくることを宣言してしまった。どうしよう。
そんな風に考え事をしていたから、ドアを閉めた後の狛枝の呟きには全く気づかなかった。
バタン
「…面白い人だなぁ」