名残 2

「・・・あ・・がた、さっ・・・・」
 見えないながらも自分の後ろでもう一枚の布が引き上げられる感覚に、椿はか細い声で安形の名を呼んだ。望みを繋ぐように微かに顔を動かせば、目に映ったのは光の残滓に一瞬照らし出された口元だけ。そこは端を少し上げただけの笑みを刻み、椿の声に応える兆しは見えない。
「・・・・・っ!」
 代わりに太腿の内側に触れた熱い塊に、椿は身体を仰け反らせて上がり掛けた声を抑えた。逃れられない程ぎりぎりまで高欄に押し当てられた椿の身体に、ぴたりと安形の身体が寄り添う。唇が耳元に降り、低い声が響いた。
「椿、脚閉じろ」
「・・え・・・あっ・・・・」
 意味を解するよりも先に布越しに前を擦られ、椿は反射的に脚を閉じる。その所為で脚の間にあった安形自身を強く感じて椿が再び脚を広げようとした瞬間、安形の両手が袴の横から入り込み、太腿を強く押さえてそれを遮った。
「そのまま、動くな」
「あ・・ぅ・・・・」
 より低く響いた声に、椿の身体が縛られたように動けなくなる。高欄を掴み、強張って震える椿の脚の間で、安形がゆっくりと動き始めた。
「・・・・っ・・・ぁ・・」
 動きに合わせて椿の唇から、小さな喘ぎが漏れる。それを聞いて安形の口角が更に上がり、耳へと軽く口付けを施した。びくん、とまた椿の身体が震え、きつく閉じた瞳から涙が飛ぶ。
「お前ぇも、悪くは無ぇみたいだな・・・」
「・・・ふ・・・・ぅ・・あっ・・・」
 僅かに息が上がった声で、安形が声を響かせた。耳に押し当てられたままの唇からの振動に、椿の背筋をぞくりと快感が走り抜ける。それを後押しするように安形の指が脚の側面を走り、熱を持った安形自身が布越しに椿の後ろを擦り上げた。
「・・あが、たさ・・・やめぇ・・・」
 掠れ上擦った声で椿が制止の言葉を口にした瞬間、不意に安形の動きが激しくなる。
「いっ・・あっ、ああっ・・・んっ・・」
 きつく押し当てられた安形自身の激しい動きに、抑え切れなくなった椿の声が甘く響いた。羞恥に頬を染めたまま、涙を流し始めた椿の耳を安形の舌が這う。
「ひっ・・いやぁっ!」
 椿の姿と柔らかい肌の感覚に熱の増した舌が、そのまま耳の中へと入り込んだ感覚に一層声を荒げて椿が叫んだ。同時に響いた空の低音にそれは掻き消されたが、椿の耳に響くのは安形の舌の作り出す湿った音だけ。耳の奥に直接響く淫猥な音と、安形の手で刺激を受けて敏感になった秘部を擦る布の感覚に、椿の中の理性が徐々に擦り切れていく。
「だめっ・・やっ・・・だっ・・あっ、ああっ・・・」
 微かに残る理性で椿が強く拒否を示せば、脚の間を埋める固い熱が大きく突き上げられた。直後、耳の最奥に安形の舌先が触れ、残っていた理性が掻き消されて瞳から涙が散る。
「あっ・・んぅ・・・あ・・がたさっ・・ん、んんっ・・・」
 熱を持った声で安形を呼びながら、椿の左手が高欄を離れて安形の袖を強く掴む。細かく息を吐きながら、甘く喘いで椿は安形の袖を震える指で引いた。
「うっ・・ぅう・・・あがた、さぁ・・ん・・・・・」
 安形の動きが与える快楽に翻弄されながらも、達するには僅かに足りない刺激に、椿は最後のそれを求めて手を握り締める。その手を見て、安形が椿の耳から舌を抜き出すと、それに反応して胸の中の身体が小さく身震いした。
「えっ・・・・?」
 安形を求めたその身体から安形が一歩身を引いた事に、椿は驚きに小さく声を漏らす。続いて離れた安形の両手に、熱くなり立つ事も難しくなった椿の身体が支えを失い膝が崩れた。衝撃に腰板から袴の裾が外れ、はらりと落ちていく。
「・・・・・・っと」
 地面に膝を突く寸前、安形の右腕が抱えるように椿の身体を抱き上げた。その腕に縋って荒い息を椿がついている間、安形は椿を引き寄せながら同僚へと顔を向け、声を掛ける。
「悪ぃ、椿が人混みに酔ったみてぇだから、ちょっと離れるわ」
 同僚の視線から逃れ、安形の袖へと顔を押し当てている椿の側で、安形は平然とそう言って退けた。
「来い」
 未だ上手く動かない椿の身体を引き寄せて、安形は小さく椿に囁く。逆らえるだけ動けるはずも無く、椿はそのまま引き摺られるようにして安形と共に歩き出した。
「・・・・・ぁ・・・安形さっ・・・・」
 身体の奥で燻り続ける熱に息が上がったまま、椿の唇から声が漏れる。安形の早足に合わせて動かされる両脚に断続的に刺激が走り、椿の瞳からまた涙が溢れた。
「・・速っ・・・ぅ・・待ってぇ・・・・」
 縋るだけで精一杯になりつつある姿に、小さく安形が舌打ちする。一度歩を止めて、安形は袖に絡む椿の指をやんわりと外した。放り出されるかと怯えを見せた椿の膝の裏と腰へ、向かい合って立つ安形の腕が触れる。
「!!」
 そのまま安形は軽々と、椿を肩に担ぐようにして抱き上げた。
「あっ・・・」
「歩けねぇんだろ。静かにしてろ・・・でないと、」
 子供のように扱われ、恥ずかしさから抗議の声を上げようとした椿を、安形は即座に言葉で制す。
「ここで始めるぞ」
 腰に廻していた左手を更に奥へと進め、安形は人から見えない位置で椿の脇腹を撫でた。椿はびくりと震えると安形の首に両手で縋り、肩口に顔を伏せて荒い息と火照る顔を隠す。安形が再び足を動かせば、今度は達し切れずに硬くなった前が擦れ、椿は上がり掛けた声を殺す為に安形の襟を噛み締めた。抱え上げた身体の小刻みな震えを腕に、噛み締めた襟の隙間から漏れる熱い息を首筋に感じて、安形は満足げに笑んで人の視線とは逆へと足を速める。
 人の波が途切れ、誰も見向きもしない寂しい木立の隙間へと身を滑らせ、安形は漸く足を止めた。抱えていた身体を降ろして背中を大木へ預ければ、噛み締めたままの襟が引かれて安形の胸元を露にする。安形が笑みを崩さぬまま椿の顎へと指を這わせれば、椿は目を見開いてぴくんと身体を跳ねさせた。逃れる術は無いと思いながらも木の幹へ左手を着いて逃げ道を塞ぎ、獣染みた息遣いを漏らす唇へと指を動かし、その奥の歯列をなぞり、安形は椿の口を開けさせる。
「・・あっ・・・あ・・・」
 椿は安形の首に腕を廻したまま、唇を開いてただ喘いだ。欲望を持て余した涙に濡れる瞳が、じっと安形を見据える。求められている物を解っていて、安形は焦らすように舌先だけで流れた涙を拭った。過剰に身体を震わせてそれに反応する身体から舌を離し、右手で椿の髪に触れる。一つに纏められた髪の先を指に絡め、見せ付けるように椿の目の前で口付けた。
「椿・・・」
 感覚の無いはずの器官に触れられただけなのに、椿の背筋を快楽が走り抜ける。花火の音は既に遠く、低く響く安形の声だけに支配されていく。
「・・・欲しい?」
 涙に歪む視界の中で、自分の髪が触れる唇がそう告げた。その一言に己の求める物が欲情だと意識して、椿の身体に熱が走る。羞恥を思い出して身を強張らせながらも、下肢が疼く感覚に、耐え切れず椿は目を固く閉じて小さく頷いた。
「何? 要らねぇのか?」
 応えたはずの問い掛けが終わらず、椿ははっと顔を上げる。暗闇の中の霞む視界では、安形の表情は漠として掴めない。
「こう暗くちゃ、言わねぇと分からねぇよ」
 安形の背に花火が咲き、上気した椿の顔を照らし出した。けれど光を背にした安形の姿は、微かに笑む唇と晒された胸元しか映されない。
「・・・ぅ・・・・ふっ・・・・・・」
 より深い羞恥を求められ、椿の顔が歪んだ。目頭が熱く熱を帯び、また涙を流しながらも、触れられないまま見詰められるだけの身体は逆に熱を帯びて欲を深める。安形の首の後ろを掴んでいた指が躍り、次にはぐっと強く布を握り締めた。
「あ・・・欲し、い・・です・・・」
 唇を戦慄かせながら、羞恥を上回る快楽に突き動かされ、椿は途切れ途切れに言葉を口にする。
「・・・ください・・安形さん・・・安形さん・・・っ!」
 上擦る声で熱を込め、椿は何度も安形の名を口にした。襟の後ろを握る手に力が籠り、椿の顔が安形へと近付く。唯一見える唇へと伸ばした舌は届かず、安形の顎を軽く嘗め掠めた。明確に示された応えに、安形は唇を笑みの形に歪める。
「良い子だ・・・」
 指先に絡む髪を解放し、安形は椿の顎を取ると唇を重ねた。薄く開いて待ち侘びている舌へと、己のそれを差し込んで絡め取る。
「んっ・・ふっ・・・」
 合わせた唇の隙間から、悦を帯びた声が上がった。安形に翻弄され、快感に震えながらも、椿の舌は貪るように安形に触れてくる。顎から手を外し、安形は椿の袷の中へと手を差し込んだ。
「んんっ、ん・・・っ!」
 指先に触れた粒を捻り上げると、椿の身体が激しく震える。安形が椿の唇を解放し、代わりに首筋へと触れさせると、薄らと椿が目を開いた。
「・・はっ・・・あがたさ・・・・っ・・もぉ・・・ぅ・・・・」
 安形の唇と指先の感覚にびくびくと震えながらも、椿は指先に力を込める。熱い吐息を交えながら安形の耳元でまた、ください、と囁いて、右の脚を持ち上げて安形の腰へと摺り寄せた。小さく驚いて目を見張る安形に更に腰を摺り寄せ、椿は涙を湛えた瞳で安形に視線を送ってくる。
――予想以上に、やってくれるな・・・
 ふっと小さく笑い、安形は右手を袷から抜くと、摺り寄せられた脚を左で掴んで袴の中へと滑り込ませた。太腿の内側に手のひらを滑らせ、中心へと指先で触れる。弛んだままの下帯の中へと手を差し込めば、固くなった椿自身の感覚が指に返ってきた。
「あっ・・はぁんっ・・・」
 安形がそれを軽く撫で上げれば、甘い嬌声が耳元で響く。その声に溺れながら、安形は二本の指で先端を弄り、欲望に染み出た液を指先に絡めた。
「・・はっ・・・あが・・さぁ・・ん・・・・はやっ・・・ぅ・・・・」
「急かすな・・・少しだけ、我慢しろ」
 涙ながらに催促されながらも、安形はそう囁いて指を動かす。敏感な部分を刺激され、それでも求めるものと別種の快感に、焦らされている気がして椿は何度も首を振った。違う快感に身悶えて、欲しているものの為に椿は淫らに身体をくねらせる。それを諭すように安形は何度も口付けて、指先が十分に濡れた頃、やっと椿の前を解放した。
「・・ぅ・・・うぅ・・・・おね、が・・ぃ・・・」
 苦しげに歯を食い縛り、眉を歪めて椿は安形に強請る。その表情、その声に、安形の背筋を快感が駆け抜けた。身体だだけでなく、心の奥底から湧き出る欲望。その勢いのままに、椿の後ろへと濡れた指を二本、差し込んだ。

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2011/03/17 UP
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