13

 希望を掴もうとした残滓のように左手だけを机に掛け、椿は四肢を放り出して声も無く新たな涙を流し始める。その頭上で、安形の手が机に残されたままの携帯に伸びた。携帯を手にすると、安形は椿の脇へと片膝を突く。泣きながらも、椿の視線がそれを追って安形へと向けられた。その瞳に映るように、安形は携帯のキーを押し始める。ゆっくりとした指の動きを追っていく瞳が、打ち込まれる数字が増える度、徐々に見開かれていった。画面に映った数字を安形は椿に真っ直ぐに突き付けて、一度指の動きを止める。

『1205』

 その数字を、椿は唇を戦慄かせながら見詰めていた。安形が決定キーを押すと、ロックが外れて待ち受け画面が表示される。
「あ・・・・・」
 椿の喉の奥から掠れた声が漏れた。安形は携帯の角を口元に寄せ、微かに唇を歪めて笑う。
「オレ、一言も誕生日じゃないとは言ってねぇよ?」
 安形の言葉の意味を椿が理解した瞬間、左手すらも地へと落ちた。机へと寄り掛かった椿は、掻き毟るように乱されたシャツの胸元を握り、今度こそ嗚咽を漏らし始める。それを暫く眺めて楽しんで、安形は再度携帯を椿の目の前に指し示した。
「パスを探すゲームは終わったけど・・・どうする?」
 それこそ優しく微笑みながら、安形は言葉を続けた。
「今度はこの中からデータを探すゲーム、やる?」
 ぼんやりとした瞳が、不意に焦点を結んで安形を見上げた。これから待つ恐怖に慄きながらも、一縷の望みに椿の瞳が光を取り戻す。
「時間制限も同じ。ただ、」
 満足げに目を細め、安形は椿の手の届かない位置へと携帯を遠避けて、唇だけを耳元へ寄せた。
「次は、オレにも良い目見せて」
 更に目を細めた安形の前で、椿の頬が小さく震える。するの?、しないの?、と問い掛ければ、安形の意図を察して椿の歯が食い縛られるのが、間近に見えた。
「し・・て、くださ・・・」
「何を?」
 屈辱から逃れようとした言葉尻を叩き潰し、質問を被せる。逃れられない状況に追い込まれ、歯の根が合わずにカチカチと小さな音を響かせた。
「・・・・・帰っていい?」
「待って下さいっ!」
 腰を上げ掛けた安形に、必死の声が掛けられる。乱れた喘鳴と呻きが、二、三、続いた後、椿は胸元を握り締めたまま、俯いて震える声で言葉を漏らした。
「・・犯して、くだ・・さ・・・・」
 消え入るような震える声は、言わされた言葉がどれ程屈辱的だったかを物語る。胸元のシャツの皺が深くなり、唇を固く結んで眉を歪ませながら、椿は息を飲んで安形の言葉を待っていた。
「椿がそこまで言うなら、いいよ」
 笑みを含んだ言葉に、椿が歯を噛み締めるのが見える。その眼前に携帯を差し出せば、それでも椿はそれに手を伸ばした。携帯を掴んだ事で前のめりになって傾いた椿の背中を、安形の手が勢い良く押す。そのまま床に叩き付けられた椿の唇から、痛みを訴える小さな声が漏れた。その身体の両脇に手を突いて、安形は身体を重ねる。前の開いたシャツの襟を掴んでずらし、露になった背中に舌を這わせた。
「・・・っ・・ん・・・・」
 漏れそうになる嬌声を抑えながらも、椿の指は携帯へと伸びる。安形がちらりと前を見遣れば、背筋を辿る舌の感覚に震える身体で、椿は両手で必死に携帯を取り落さないよう掴んでいた。安形は小さくふっと笑うと、自分のズボンのベルトへと手を伸ばす。今までの行為で十分固くなった自身を取り出して、椿の腰を持ち上げるように引き寄せた。
「あっ・・・!」
 躊躇無く突き入れられた安形の下肢に、椿の咽から声が上がる。安形が乱雑に何度も腰を動かせば、その度に椿は自分では塞ぐ事の出来なくなった唇から、悦を含んだ喘ぎを漏らした。安形の手で辛うじて支えられ、膝を突く形にされた脚が、内壁を擦られる度に震えて床を打つ。響く声だけでなく、手に触れる湿った肌の震えが、安形自身に快楽を感じている事を告げた。
「いいのか・・さっさとしねぇと、終わるぞ?」
 安形がそう、腰を掴んでいた片方の手を内側へ緩く動かして囁くと、声を響かせながらも椿は指を動かす。身体を揺るがすほどの安形の動きと、それが与える絶え間ない快感とに上手く動かない指。けれど、キーを押そうと力がこもれば、安形は強く自身を突き入れた。
「ひっ・・・あっ・・あんっ・・・」
 鼻に掛かる甘い嬌声を響かせ、また椿は目を閉じる。視界が閉じて目標を見失った指が、身体の震えと汗とで滑った。ほら、とまた安形が急かし、椿はきつく閉じた瞳を開く。数度、同じ遣り取りを繰り返しながら、安形は限界へと椿を追い込んでいった。
「んぁ、あっ、やあぁっ、あああっ!」
 満足にキーを押せない内に、幾度目か分からないほど触れられた性感帯を突き擦られ、椿が背を仰け反らせて叫ぶ。同時に精液で床を汚しながら強く自身に噛み付いた後ろに、安形は小さな呻きを上げて絶頂を遣り過ごした。歯を食い縛って絡む内側の感覚を遠避け、欲を押さえ込んで息を整えて力の抜けた椿の身体に寄り添う。
「何だ・・さっきより早ぇな。椿って、指よりこっちの方が好きなんだ」
「・・ぁ・・・ち、が・・・・」
 安形の言葉の凌辱に、椿は目を固く瞑って震える声で否定を漏らした。
「お陰でまだオレ、イけてねぇんだけど」
 もう一度お願いされたら、続けちまうかも。耳元で優しく囁かれた言葉に、椿の身体が小さく震える。
「かい、ちょ・・お・・・お願・・もう一度・・・・」
 犯して下さい。屈辱感から消え入るような声だったが、二人しか居ない部屋にはハッキリとそれが響いた。自分の声を耳にして、椿の唇からは圧し殺した嗚咽が漏れ始める。呼応して震える髪を梳くように頭を撫でて、安形は笑みを含ませたがら、また囁いた。
「分かった・・・好きだよな、お前も」
 何がと言わない事が、余計に椿の羞恥を煽る。それに耐えて今度こそとばかりに動かされた指を見て、安形はまた椿を追い詰める為に身体を動かし始めた。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

「・・っ・・ふ・・・」
 上がる声も消え失せ、微かな息遣いだけが身体の動きに合わせて漏れるだけになって漸く、安形は椿の中に欲望を吐き出した。内側に流れ込んだ体液の熱さに僅かに身体を震わせてたものの、椿は声を上げる事も快楽に瞳を歪ませる事も出来ない。安形が力の抜け切った身体から己を抜き出してもそれは同じで、手を離せば弛緩した身体が物のように床へと転がった。その姿を感情の無い目で見下ろして、安形は服を着直す。
「今日はもう、終わりだな」
 そう言いながら安形は、椿の手から猶も掴んでいた携帯を取り上げた。反射のように椿の視線がそれを追ったが、ただそれだけで終わる。指先すら動かせずに、ただ小さな息遣いだけを繰り返してる椿に、安形の胸の奥が小さく痛んだ。そう追い詰めたのは自分なのに、今の姿が憐れでならない。思った瞬間、安形は椿の頬に手を伸ばしていた。
「・・・・・」
 無言のままの椿の頬に残る涙の跡に指を添える。それを拭って、以前そうしていたように、優しく頭を撫でた。安形の手の動きに軽く上向いた顔の、薄く開いた唇。惹き寄せられて、ゆっくりと瞳を閉じながら唇を重ねた。
――想いが通じてたら、こんな風にキスする事もあったのかな・・・?
 角度を変えて何度も、触れるだけの口付けを交わしながら、思う。一度唇を離し、耳に軽く口付けて、安形は詰まらない仮定だと自嘲した。
「・・・・・・また、ゲームがしたくなったら、いつでも言えよ」
 それだけ囁いて、僅かな優しさごと椿を放り出して身体を離す。安形の言葉に、椿はぴくりと指先だけを反応させた。
「いつでも、付き合ってやるから」
 言い捨てて、携帯を仕舞いながら安形は椿に背を向ける。意識は半分飛んでいたとしても、その言葉は椿の耳にしっかりと残るはず。そう考えながら、唇を歪めて瞳を伏せた。

――これで明日からは、椿からしてくれって言ってくる。

 嘘偽りで塗り固めた言葉でも、それが自分を求める言葉なら、偽装だとしても手に入れたと思えるのだから。

2012/06/01 UP
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