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恋心に気付く瞬間は、何処にあるのだろうか。ずっと抱えてきた想いの名前も知らず、ただ艶やかに色付いていたそれを、教えられる瞬間。それはきっと、小さな切欠から始まるのだろうけれども。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * ――あれ・・・? 違和感が何かを気付いて、安形は身体が凍りそうになった。椿の右腕、その手首に。 ――時計? 見た事の無い、珍しい。既製品では無いだろう、そのデザインは。 ――・・・見た、記憶が、ある。 巻き戻る記憶の中で、対になったデザインが脳裏を過ぎる。いつもはリストバンドの下に隠してある、一度だけ目にした事のある時計。それと左右反転になった物が、いつもはすっきりとしている右手首に巻き付いていた。 「珍しいな、お前が時計してるなんて」 安形の言葉に視線を動かして自分の右手首を見る椿が、少し恥ずかしそうに微笑んだ。その瞬間に。 ――ああ、 「その・・・贈り物なんです。学校に高価な物を持ってきてはいけないとは思うのですが」 ――大事な大事な人からの、な。 触る瞬間にも無意識に自分のズボンで手を拭く様に、解ってしまった。指先で少し触れて、椿はまた微笑む。それだけで十分、それがどれ程、大切にしている物なのか理解出来てしまう。そして送り主をもまた、同じ程に想っているだろう事も。 「これは、ずっと付けていたいんです」 「・・・嬉しそうだな」 「ええ、凄く。実は、これ・・・」 言い掛けた椿の言葉が、安形を目にして止まる。酷く困惑した表情が、強張って顔に張り付いていた。椿の前に立つ安形は、酷く淀んだ目で欠片も笑っていない。 ――今、知った。 安形が一歩、椿に近付くと、その表情に怯えが混じった。時計の送り主には微笑んで、自分には怯えるのかと思うと、胸の奥から何かが迫り上げてくる。それが衝動だと気付きながら、安形は更に一歩、足を踏み出した。 ――オレ、こいつの事が好きなんだ。 それこそが、始まりの切欠。知る事無く終われるはずだったのに、狂い始めた最初の歯車。安形はそれを、止めなかった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 些細な切欠が始まりで気付いた恋心。ただ知るだけならば、艶やかな色のままだった。けれども知った瞬間が終わった瞬間なら、混じり始める色がある。捕らえ切れない程の様々な色味が降り注いで混じり合って、そしてそれは。
黒になった。
2011/10/07 UP NEXT≫
Clap!【基本R18】
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