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 開いたドアの向こうでは、吊り下げられた餌に手を伸ばす獲物が居る。背を向けて安形の机の前に立つ椿の耳には、安形がドアを開ける音所か、閉める音も鍵を下ろす音も聞こえてはいない様子だった。足音を忍ばせて、安形は立ち尽くしている椿の背後に忍び寄る。
「椿、何してんの」
「っ・・・!」
 安形が声を掛ければ、椿は身体をびくりと震わせ、怯えながら安形に顔を向けた。椿の手に握られているのは、安形の携帯。震える指が持つそれは、パスワードの入力画面で止まっている。
「・・・倫理に厳しい副会長様が、人の携帯盗み見るなんて、な」
 人が犯罪を犯すのは、多かれ少なかれ、『出来るかも知れない』状況。例え躊躇いが在ったとしても、『今なら』と言う思いは背を押し、人は一歩を踏み出す。起こさなければ安形は来ない。『今なら』携帯の中のデータを知られる事無く消す事が『出来るかも知れない』。安形のあつらえた状況に、椿は面白い程簡単に掛かってしまった。
「こ、れは・・・」
 か細い声で、椿は言い訳めいた言葉を口にしようとする。けれど言葉の続かなくなった椿の身体を、安形は二の腕の上から抱き締めた。そうして逃れられなくした身体が小刻みに震えるのを楽しみながら、安形は忍び笑いを含む声で椿の耳に囁く。
「ロック掛かって無い訳無いだろ? あんな椿の恥ずかしい写メやムービーが入ってるのに」
 わざと『椿の』を強めて口にすれば、身体の震えが強くなった。
「こんな風に置きっ放しにして誰かに見られでもしたら、お前がカワイソウだろう?」
「っ・・・」
 そのまま安形が耳を嘗め上げれば、椿の唇から押し殺した声が響く。それでも、携帯を握ったまま離れない指を見て、安形はまた小さな笑い声を上げた。
「そんなに消したい? アレ」
 安形がそう囁けば、腕の中の身体がびくりと跳ねる。安形は笑いを張り付かせたまま椿の指から携帯を抜き出すと、時間が経って暗くなった画面を改めてパスワードの入力画面に戻した。それを椿の目の前に差し出して、軽く揺らしながら髪に口付ける。
「パスは四桁の数字」
 その言葉に、椿が弾かれたように安形を見上げてきた。覗き込んだ琥珀の中に映り込む自分の顔に満足げに微笑みながら、安形は更に言葉を続ける。
「たった一万通りだ。時間さえ掛ければ、いつかは解ける」
 安形の意図を測り兼ねながらも、椿はじっと目の前で振られる携帯を見詰めていた。安形がそれを椿へと近付ければ、椿の手が反射的にそこに伸びる。指先は震えていて、けれどしっかりとそれを掴んだ。
「消したいなら、解いてみろ。ただし、」
 携帯を椿の手に預けながら、安形は離した右手の指先を椿の胸元へと動かす。布越しに肌の上を滑らせ、辿り着いた突起を指先で押し潰した。
「あっ・・・!」
 軽く指先で撫でるだけで、椿の唇から甘い声が漏れて、指先に触れるそれが固く勃ち上がる。
「時間制限付き」
「・・か、いちょ・・・っう・・・・」
 安形は椿の身体を抱えるようにしたまま、空いたままの手を椿のベルトへと伸ばした。軽く椿の耳を食めば、震えながらも唇が熱い吐息を吐き出す。
「お前がイくまで、だ」
 言いながら、安形は片手で椿のベルトを、もう片方の手でシャツのボタンを外し始めた。椿は自分の唇から洩れる熱をぐっと飲み込むと、携帯を睨み付けながらキーへと指を掛けた。
「チャレンジするんだ・・・誕生日とか、単純な物だと思うなよ?」
「っ・・・ぅ・・・・・」
 安形の手が素肌を這い始め、慣らされた身体が熱を帯び始める。それでも椿は必死に、目の前の携帯のキーを押し始めた。

2012/05/11 UP
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