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 酷い眠気にうつらうつらしている中、安形は自分の名が呼ばれるのを酷く遠くに感じていた。
「・・・・・がた・・・安形ってば!」
「ぅおわぁっ!!」
 はっきりと叫ばれた自分の名に、安形は驚いて声を上げる。一度頭を振って声の主に視線を送れば、そこには呆れ果てた顔の榛葉が安形を見ていた。
「椿ちゃんが居ないからって惚け過ぎ。顔でも洗ってくれば?」
 嘆息混じりに告げられた言葉に椿の名前が在った事で、安形の指先がピクリと反応する。しかし、微か過ぎる反応は見過ごされ、榛葉は返って来ない返答に眉をひそめた。
「安形・・・具合悪いの?」
 心配そうな声音に、安形は苦笑しながら、いや、と否定を示す。
「ちっと、寝不足なだけ・・・ここ暫くゲームにハマっててさ」
 嘯いた言葉が言い得て妙で、安形はまた苦笑を漏らした。
――そうだ、ゲームだ・・・
 あれから毎日、椿を犯し続けている。休みの日すら、この生徒会室に呼び出して、それこそ一日中。寝る間すら、惜しみながら。
――どっちが先に壊れるかの、ゲーム・・・・・・
 椿の中に残る理性と感情を叩き壊そうとして、その為に傷付ける言葉と行為を繰り返し、その度に罪悪感が大きくなっていった。耐え切れずに優しさを垣間見せて、その都度、想いが一方通行なのを思い知らされて、また破壊衝動が沸き起こる。繰り返される想いの中で、安形の神経も磨り減ってきていた。
――ゲームなら、
「少しだけ、保健室で寝てくる」
――そろそろ、次のステージに向かおうか・・・
「本格的に寝る位なら、帰れよ」
 心配と呆れとに複雑に顔を歪めながら、榛葉は言う。尤もな意見に安形は頷きながら、けれど反論を口にした。
「あー、椿に用があってさ。アイツが戻る頃には起きてくっから」
 言いながら立ち上がり、ドアへと向かう。ならゲームを控えろよ、とドアを越える瞬間に声を掛けられた。足元に視線を向けて、安形は振り返らずに返事を返す。
「・・・そうはいかねぇんだ」
 子供かよ、と榛葉の言葉が背中に刺さる。そうかもな、と安形は答えた。
「相手が椿だから、よ」
 負けられねぇんだ、とポツリと漏らし、安形はまた足を動かす。そうして消えた背中に榛葉は無言でため息だけを漏らした。
「椿ちゃん相手だと、ムキになるんだから」
 何を言っても聞き入れられない姿に、榛葉は手にしていたボールペンの後ろで頭を掻く。何気に視線を安形の席に向け、その顔が歪んだ。そうしてまた一つ、榛葉がため息をつく。
「携帯忘れてって、どうやって起きる気だよ」
 榛葉の言葉通り、安形の机の上に、携帯が置き去りにされていた。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

「戻りました」
 暫く時間を置いて、生徒会室に椿が戻ってきた。自分の書類を片付けていた榛葉は顔を上げ、椿に笑い掛ける。
「お帰りなさい」
「あの・・・会長、は・・・」
 緊張を含んだ声には気付かず、榛葉は口を開いた。
「寝るって保健室に行っちゃった」
 榛葉の言葉に、椿の緊張が緩む。けれど、次の台詞に椿は身体を硬直させた。
「でも、椿ちゃんに用があるから、戻ってくるって言ってたよ」
 そうですか、と呟いた椿の頬を、冷たい汗が流れる。平素を装って席に着く椿に、榛葉は更に声を投げ掛ける。
「オレの方はもう帰るけど、椿ちゃんはどうする? 安形、」
 榛葉の言葉に安形の名が含まれ、椿の指先が震えた。
「携帯忘れていってるから、起こしに行かないと起きないかも」
「!!」
 驚いた椿の手が、机にぶつかって激しい音を響かせる。榛葉はその音に驚いて、椿を見た。
「どうか、した・・・?」
「いえ、何でも・・・その、ボクはまだ仕事が残ってますし、会長を待ってみます」
「そう・・・安形起こしてこようか?」
「いえっ!」
 激しい否定の声に、榛葉が目を丸くする。それにハッとして、椿は取り繕うように強張った笑顔を浮かべた。
「仕事が終わっても、まだ戻って来られないようなら・・・ボクが起こしに行きますから・・・・・・」
 椿の声音に疑問を抱く素振りを見せながらも、榛葉は一応の納得を見せて席を立つ。
「余り無理しないでね」
 その言葉と困ったような笑顔を最後に、榛葉は生徒会室を後にした。
――ゲームの所為かな・・・?
 廊下を歩きながら、榛葉は考える。
――この所、椿ちゃん顔色悪いし・・・
 ああは言ったものの、早目に椿を帰した方が良いと判断し、榛葉は保健室へと足を向けた。安形にも一言、キツく言ってやる為にも。しかし榛葉が保健室に辿り着くよりも先に、目的の人物が向かいから歩いてくるのがみえた。
「安形、起きれたんだ」
「少しだけって言ったろ。先生に起こして貰った」
「自力で起きた訳じゃないんだ・・・携帯忘れてだから、どうするのかと思ってたら」
「ん、あれは、」
 安形は肩を竦め、軽く笑う。
「わざと」
「? 面倒だから置いていったって事?」
 首を傾げる榛葉に、そんな所、と安形は曖昧に答えた。
「椿は戻ってる?」
「戻ってるけど・・・あんまり無理させるなよ」
 安形は心配げな榛葉に、分かった、とだけ答えて榛葉の横を抜ける。何も知らない親友の言葉に抉られた胸が痛んでも、仕掛けた罠に獲物が掛かれば、躊躇うつもりは無い。
――エサに食らい付く方が・・・
 後ろに佇む榛葉にではなく、かと言って今罠の前に立ち尽くしているであろう椿にでもなく、自分に言い訳をしながら。
――・・・悪いんだ。
 安形は生徒会室のドアを、音も無く開けた。

2012/03/22 UP
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