Please give all of yourself.

 不意に二人切りになった瞬間、安形は椿の首に後ろから腕を廻した。一瞬、目を見開いて驚いた椿の顔が、状況を把握して赤く染まっていく。
「なぁ、椿ぃ・・・」
 椿の耳元近く、吐息が触れる程の距離で、安形の声が響いた。はい、と返す声は小さく、この距離で無ければ聞こえない程。瞼を落とし、耳に口付けて、安形は言葉を続けた。
「・・・好きだ」
 片目だけ開いて椿を見ると、その顔は赤さを増し、硬直している。視線が床に落ち、じっと自分の足元を見たままで、椿は上手く動かない口を動かし、それに応えた。
「ボ・・・ボクも、です」
「ああ、」
――知ってるよ。
 後者は口には出さず、代わりに何故か安形は泣きそうな笑顔を作る。けれど次の瞬間にはそれも消して、軽く椿の頬に指先で触れた。応じて琥珀の上の瞼が降りていく。微かに安形に向けられた唇に、唇を重ねて、味わいながら安形は思った。
――それは十分、分かってる。だから、
 次第に深くなる口付けに、椿の身体が熱を帯びていく。それに直に触れながら、安形は心に渦巻く黒い想いを押し潰す。奥へ、奥へと。
――これは望んじゃいけない、願いだ。
 安形は目を閉じると、ただ相手の肌を貪る事に意識を寄せた。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 偶々目を向けた窓の向こうに見えた姿に、安形の視線が止まった。特徴のある赤い帽子の後姿と、それに向かい合う形で佇む椿の姿。二人はいつも通り喧嘩をしているらしく、椿は険しい目をして藤崎に怒鳴り付けている。
――まぁーた、やってら。
 相変わらず二人は衝突し合い、小さな喧嘩は日常茶飯事だった。こんな場面を安形が目にするのも珍しく無く、見ていない場所でもきっと繰り返されている場面なのだろう、と安形は心の何処かで思う。
――喧嘩する程って、言うよな・・・
 苦々しい想いで二人の姿を見て、安形はそんな事を思った。好きの反対語は無関心だと、昔聞いた話を思い出す。結局は関心が有るからこそ、互いに衝突を繰り返すのだ。これ以上考えると、押し殺した黒い想いが頭を擡げそうで、安形はカーテンを掴む。それを引いて、視界を遮ろうとした瞬間に、
――あ、
 椿の表情が変わった。困った様に口を大きく開けて、慌ててそれを手の甲で覆う。少しだけ頬が染まり、目を伏せて何かを藤崎に告げていた。その表情から目が離せなくなった安形は、凍り付いたままそれを眺め続ける。相変わらず微笑む訳でも無く、けれども何処か拗ねても見える顔で、相手と目を合わせず会話を続けて。
――これは、椿が照れた時の、
 そこまで考えた所で、ぴくりと安形の手が動いた。そのまま、勢い良くカーテンを引いて窓を覆う。乱雑に心臓が波打って、自分で遮った視界の向こうの景色を見たいのに動けなくなった。
「な、んで・・・・・・」
 呟いて、片手で顔を覆う。指の隙間から見えた自分の拳が震えていて、無意識に歯を食い縛った。
――・・・・・・藤崎なんかに、そんな顔するんだっ!
 声にならない言葉が頭を駆け巡る。噛み締め過ぎた歯が、軋みを響かせる。最中、細い糸の様な謀が、安形の脳裏を過った。それを頭を振って否定してみたが、消える事は無く、余計に強く心に焼き付いていく。そのまま安形は頭を窓へと預け、震えるため息を吐き出した。
「もう、これ以上・・・藤崎にそんな顔するな・・・追い詰めないでくれ、オレを・・・」
 息も絶え絶えに吐き出された言葉は、聞く者も居らず。そして、咎める者も居なかった。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

――すっかり日が落ちるのも早くなったな・・・
 そんな事を考えながら、椿は生徒会室のドアに手を掛けた。時間自体はそこまで遅くないものの、外はすっかり夜の暗さを示している。開けた生徒会室には既に誰も居らず、既に皆帰宅した様だった。
――会長も、帰ってしまってる。
 多少がっかりしながら、椿は自席へと向かう。ため息をついて机に手を置いた瞬間、不意に世界が闇に覆われた。
「えっ・・・」
 突然の事に、椿は思考ごと動きが停止する。停電、と言う言葉に辿り着いて漸く、きょろきょろと辺りを見廻した。
「何か、明かりを・・・っ!」
 先程まで明るい場所に居た所為で手元も覚束ない暗さに、とにかく明かりを探そうとした椿の背後に誰かが立った。その気配に振り返ろうとした椿だったが、次の瞬間に利き腕を掴まれ、上半身を机に叩き付けられる。衝撃に呼吸が止まった椿のもう片方の腕も、素早く背中へと廻された。抗う間も無く背中で無理矢理合された手首が、細い布で縛り上げられる。抵抗しようと腕を動かそうとした時には、既にそこはきつく固定され、解く事など出来なくなっていた。
「誰だっ!」
 震え掛けるのを抑え、椿が叫ぶ。それに何も答えない影の正体を見極めようと椿は必死に目を凝らした。だが闇に沈む光景の中では、顔所か輪郭すら朧げにしか映らない。突然の強襲者に向けられた顔、そのすぐ下の首元に手が伸びた。きっちりと合された襟元のネクタイの合わせ目に指が入り込み、それを解く。
「何をっ・・・」
 どくん、と椿の心臓が脈打った。解かれて取り去られたネクタイが椿の目を覆い、闇に目が慣れる前に、更に暗い闇へと視界が落とされる。完全に閉ざされた視界の中、怯えをひた隠しにしている椿の唇に、何かが触れた。異質の柔らかさを持った感覚。覚えが有るそれ。そこから呼び起された答に、反射的に椿はそれに歯を立てた。
「っ・・・!!」
 小さな呻きを上げて、椿の顔から気配が遠退く。それでも背中から抑え付ける身体は動かず、変わらずに椿を拘束していた。肺を圧迫される苦しさと戦いながら、何とか逃れようと暴れる椿の、今度は項に湿った感覚が走る。同時にシャツのボタンに指が掛かり、一つ一つ外されていった。
「いっ・・・やめっ・・・」
 前がはだけられる度に滑った感覚が、更に下へと背中を降りていく。それに言い様も無い嫌悪感を感じ、更に椿は暴れた。最後のボタンが外され、暴れ疲れて息の上がった椿の背中から、やっと気配が遠退く。少しだけ安堵した椿の肩が掴まれ、そのまま身体が反転させられた。仰向けにされた身体はシャツが腕に掛かる程度に残されているだけで、アンダーのTシャツも乱れ、軽く腹部を晒している。怯えに微かに震えるそこに、指が触れた。
「触るな!」
 叫んで放たれた蹴りを、予測していたかの様に受け止められる。抜け出す為に脚を動かそうとするが、関節を押さえられている所為で全く動かない。暴れる脚を手が滑り、足首へと両手が添えられる。
「・・・・・・きさ、ま」
 呟く様な微かな声には、怯えが滲んでいた。しかしそれは簡単に無視され、容赦無く手が動く。そうして徐々に椿のつま先は、他者の手で不自然な方向に曲げられていった。
「あ、ああ、あっ!!」
 鈍い音を響かせ、椿のつま先が絶叫と共に有り得ない方向に曲げられた。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 見下ろせば闇に慣れてきた視界の中で、椿が唇を叫び声の形のままにして小刻みに震えている。
――とうとう、しちまった・・・
 指先から伝わる震えを感じて、安形は椿の脚を解放した。
――ごめんな、椿。
 足首は関節を外しただけ。折った訳ではないから大丈夫、と何処かぼんやりとした思考の中で妙な冷静さを持って思う。痛みに細かく息を吐く恋人の姿を痛々しく思いながらも、安形の中でこの計画を中止する気はさらさら起きなかった。そんなものは一線を越えてしまった瞬間、選択肢からは消えている。自分があの日から考えていた酷い策略が、実行出来てしまう状況。誘惑に負けて、一歩を踏み出した瞬間から。
 安形は身動きが出来なくなった椿の上に覆い被さると、首筋に唇を寄せる。びくりと身体が震え、嫌悪に耐える為に歯が食い縛られた。唇を滑らせて少しだけ下へと動かし、シャツの襟に隠れるギリギリの部分で留めると、強くそこを吸い上げる。
「やっ・・・嫌、だ・・・・・・」
 声は既に泣きそうな物へと変わっていた。明確な裏切りの印を付けられる事に、椿は不自由な身を逸らす。安形はそれを逃さないよう押さえ付け、位置をずらして幾つも印を刻み付けた。
――これが消えねぇ間にしようとしたら、コイツどうするんだろ・・・
 斑に残された赤を眺め、思う。きっと激しく抵抗して、泣くのだろう。それを無理矢理暴けば、どうなるだろうか。想像をすれば胸に切られた様な痛みが走るのに、切り傷が甘く疼く。残した印、一つ一つに舌を這わせながら、安形はTシャツの裾から手を差し込んだ。
「・・・っ・・・触るなっ・・・」
 震える身体と声で、張られる虚勢。追い詰める様に手のひらで身体のラインをなぞりながら、空いている手を椿のベルトへと伸ばす。一瞬、硬直して、次の瞬間には激しく暴れ始めた身体を脚で抑え付け、ベルトを外した。右の指先で服の下の肌を探り、辿りついた突起を潰す様に擦れば、きつく眉を寄せて耐えながらも、そこは固さを示す。左手でジッパーを下して触れた下着の中のものも、怯えて小さく縮まっていたが、安形が手のひらと指で刺激を与えれば、生理的な反応を返してきた。何度となくそうしてきたそこの弱い部分を刺激して、無理に勃ち上げる。
「うっ・・・っ・・・・・・」
 上がるのは嬌声ではなく、涙の混じった呻き。この状況で快楽など得られるはずも無いのに、身体だけが反応する屈辱に椿は否定する様に何度も小さく頭を振っていた。両手で刺激を与えながら、安形はTシャツの裾を咥えて上へと持ち上げる。触れた外気の冷たさに、びくんと椿の身体が跳ねた。晒された肌のもう一つの点に舌先で触れ、そのまま口に含む。舌で転がして強く吸い上げ、下肢を追い込む糧にした。左手の中で固くなったそれを強く掴んで擦り上げれば、その先端から微かに涙が滲み始める。
「・・・あっ・・・く・・・」
 指先で先端の窪みを刺激すると、走った快感に喘ぎ染みた声が上がった。恥じる様に椿の唇が結ばれ、きつく噛み締められる。そうして必死に、手を動かす速さを増して更に追い詰めていく間も、椿は小さな息遣いだけを漏らすに留めていた。それでも追い詰められた椿自身の根本が張り、限界を主張する。それを感じて、安形は口に含んでいた粒に歯を立てた。
「・・・・・・っ!」
 軋みが聞こえてきそうな程きつく、唇を噛み締めた椿の下肢がびくびくと震える。吐き出された熱い精液を手のひらに受け止め、安形は顔を上げた。椿は顔を逸らす様に横を向き、噛み締め過ぎた唇が血を流している。いつも自分を愛おしげに見上げてくる琥珀を隠すネクタイに指先で触れれば、それは水を含んで湿っていた。泣いたんだ、と痛々しい想いで指を宛てていた安形の目の前で、浅い息を繰り返していた椿の顔がぴくりと動く。反射的に手を引いた瞬間、今までそれが有った場所を椿が噛み付いた。
――怖ぇ、怖ぇ・・・
 手負いの獣だ。そんな感想を抱く。束縛され、傷付けられ、怯えに震え、それでも牙を剥く、愛しい獣。一度それから身体を離し、また肩を掴む。勢いを付けて再び椿の身体を返し、机へと俯せにした。背後からズボンと肌の間に手を差し込み、一気に下着ごと引き摺り下ろす。
「!・・・やめっ・・・離っ・・・」
 暴れる腰を右手で抑え、露になった双丘の間に雫に濡れた指先を滑り込ませた。椿の身体が仰け反って、入り込んでくる指の感覚に震え始める。強い拒絶を示すそこ深くに濡れた指がゆっくりと沈み込むと、椿の唇から苦しげな声が漏れた。痛みと嫌悪しか感じていない様に、安形の下肢が反応を始める。正体の知れない相手との行為を拒絶する姿が、普段自分に見せる乱れた姿から懸け離れていればいるほど、安形は心の隙間が満たされていくのを感じていた。
「いっ・・・ぅ・・・」
 指を引き抜いて二本に増やす。いつもであれば簡単に受け入る部分が、今は狭く閉じて先に進むのを拒んだ。無理に進めて押し込めば、椿が苦痛に呻き声を上げる。きっと隠された琥珀からまた、涙を流しながら。
「つっ・・・あっ!・・・っ!・・・」
 掻き廻す様に乱暴に中で指を暴れさせ、何度も声を上げさせた。右手でシャツとTシャツをめくり上げ、無防備な背中に舌を這わせる。触れた筋肉が緊張に強張っているのを舌で味わい、貪ろうと噛み付いた。
「はなっ・・・う・・・ぁ・・・」
 声が泣き声に近くなっていく。決して懇願はしなくても、恐怖に身を震わせて慄いている椿の姿に、安形の息が上がっていった。指を引き抜き、自分のベルトに手を掛けると、きつく前を押し上げていた自身を取り出し、椿の腰を持ち上げる。
「あっ・・・や・・・やめ、ろっ・・・」
 これからの行為に、それでも懇願でなく制止の言葉を選んだ姿を愛しく思いながら、安形は自身を椿の後ろへと宛がった。触れたものに硬直したそこに、一気に自分を突き立てる。
「う、あぁっ!!」
 絶叫が、響く。無視をして身体を奥へと押し込めば、更に高い声が空気を割いた。きつく閉ざされたそこに進めなくなって一度動きを止めれば、椿の身体が痙攣する様に小刻みに震えているのが分かった。同じ様に刻まれる息の下で、微かに声らしきものが漏らされている。
「・・・っい・・・か・・・・・・」
 安形がその顔を覗き込めば、布に吸われ切らない涙が椿の頬を濡らしていた。その唇が戦慄きながら何度も繰り返される、涙ながらに零される声に耳を澄ます。
「ごめっ・・・さい・・・かい、ちょぉ・・・・・・」
 自分の名前と謝罪の言葉に、どくんと安形の胸が脈打った。競り上がってくる劣情のままに、椿の身体に腕を廻して脚を掴む。身体を持ち上げ、普段は椿が座っているイスへと、繋がったままに位置を変えた。
「ああっ・・・やぁ・・・会長っ・・・あ、がたさっ・・・」
 座った格好の安形の膝の上で、下から突き入れられる形で椿が喚く。激しく幾度も頭を振り、ごめんなさい、許して、と遠い想い人に声を投げ掛けていた。片脚を高く持ち上げて腰に手を掛けると、安形は椿の身体を下へと押し進め、同時に自らの腰を突き上げる。
「痛っ・・・いやっ・・・あがたさっ・・・ああっ・・・いやぁ!」
 触れなくても椿の前が萎えていると分かる叫び。それでも安形は欲望のままに腰を動かし、後ろを抉り続けた。熱く自身を締め上げる内壁と、絶叫の合間に響く呼び名に、息が上がり追い込まれる。もっと、声を、刺激を。求めて激しく身体を動かした。自分の獣染みた息を耳障りに思いながら、安形は上り詰めていく自身の限界が見えて、最奥へと強く腰を突き上げる。
「あがたさんっ・・・っ・・・あが・・・い、やぁぁぁっ!」
 勢い良く吐き出された体液の感覚に、一際大きく椿が叫んだ。あ、あ、と小さく声を上げて、信じたくない現実に拒絶を示し、また涙を流す。そのままがくりと項垂れた身体を支えると、安形の腕の中で椿の唇から小さな音が漏れた。
「あ・・・ぅ・・・やぁ・・・あがたさ・・・きらわないで・・・ゆるして・・・やだぁ・・・・・・」
 小さな子供がお呪いを繰り返す様に、ぶつぶつと椿は何度も呟く。強制の行為への嫌悪感を感じて、けれど何よりも恐れているのが自分に嫌われる事だと告げられ、安形の中でまた欲望が頭を擡げた。自分の内側でその変化を感じた椿が、再び激しく暴れ始める。
「やだっ・・・これ以上、もぉ・・・あがたさっ・・・いやっ、やあぁっ!」
 そうして叫ぶ事が、更に安形を煽っていく。
――大丈夫だよ、椿・・・
 暴れる身体を抱き寄せて、また腰を動かし始める。
――この後は、うんと優しくしてやるから・・・
 見ず知らずの男に犯された事を、後に自分に暴かれるけれど、嫌ったりなどしない。安形はそう、心の中で椿に告げる。そうして絶望の淵に立った椿を抱き締める事を想像した。

――お前がただ、他の奴と話せなくなれば、オレはそれでいいから。

 望んではいけなかった、願い。藤崎だけでなく他の誰にも、表情を――感情を、関心を、表さないで。だから羽をもいで地に叩き付けて、

――優しく・・・拾い上げてやるから・・・・・・

 闇の中で、叫び声を聞きながら、安形は微かに嗤った。

2011/12/01 UP

Clap!【基本R18】

×CLOSE




第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -