5
手に入れた戦利品に、気付かれない様に視線をやる。自分のされた行為とその証の感覚とに感情の消し飛んだ目が、安形を認めてまた濡れた。何かを言おうと戦慄いた唇はそのまま噛み締められ、その目に何かしらの感情が宿る。悲しげな色だけでなく、その奥にある意思に気が付き、安形の目が険を帯びた。 ――人間の精神って、結構頑丈なんだ。 叩きのめしたと思った心に残っていた芯に驚きながらも、安形は深く相手を傷付ける言葉を選びながら口を開く。 「・・・・・・普段オレ、こんな早くねぇぞ」 刃物の様な鋭い言葉に、ほんの少しだけ宿った光が脆くも崩されて、また瞳が歪んだ。 「お前、良過ぎだよ。ホント、初めて?」 「・・・っ・・・こん・・・なっ、こっ・・・っい、あっ!」 否定しようとした言葉を遮って、突き放す様に椿の身体から突き立てていたものを抜き出し、声を上げた身体を机へと預ける。そのまま両手で椿の脚を開いて持ち上げれば、ついさっきまで安形を受け止めていた部分と、安形の手で反応させられ軽く勃ったものが曝け出された。 「こんな格好で否定されても、なぁ?」 「・・・ちがぁ・・・あっ・・・・・・」 なおも否定しようとした椿の言葉が不意に止まる。開かれた脚の中心から、安形の注ぎ込んだ白い液が流れ出ていた。初めて感じるその感覚に、椿の身体が小刻みに震え始める。それを見て、安形は唇を歪めたままで言葉を発した。 「椿、脚、自分で持って」 「・・・・・・・・・・・・」 現実を突き付ける下肢の感覚を感じながら、椿は安形の『お願い』を受け止める。ゆっくりとだが安形の言葉に従い、言われるがままに無言で自分で脚を持ち上げた。満足そうにそれを眺め見ながら自分だけは服を調えると、安形は胸ポケットから唇に笑みを残したまま携帯を取り出す。受け入れ難い現実に麻痺した心故か、椿はそれにも、そして続いた電子音にも反応を示さなくなっていた。 「なぁ、椿・・・」 画面に椿の姿を捉える携帯が、小さく赤いランプを点している。それを安形は素早く指で覆った。 「・・・お前ん中から流れてんの、何?」 問い掛けに、少しだけ椿の身体が動く。目の端で携帯を捉え、安形の意図に応える為に息を吸い、咽を震わせた。 「・・・会長ぉ・・・の、精え、き・・・です・・・・・・」 恥辱に途切れ途切れに響いた声に満たされながら、安形は指を動かす。携帯を視線の端に置いていた椿の目に、赤い光が映る様に。 「えっ・・・あ・・・・・・」 「声もしっかり撮れてるから、凄ぇムービーになったな」 「・・・・・・っ!」 声を上げるのも忘れ、椿の手が勢い良く伸びて安形に縋る。触れてくる手から携帯を高く掲げて引き離し、これ見よがしに保存ボタンに指を掛ける。更に伸びてシャツを掴んできた腕に、安形の鋭い視線が縫い止められた。軽く光を反射する文字盤に、安形の目が眇められる。 「椿、時計止まってる」 携帯を手にしたまま、安形は声を響かせた。もう片方の手で椿の右手を掴み、改めて眺める。その中の常に動くはずの細い針が、今は静かに沈黙を告げている。 「う・・・そ・・・・・・」 呆然と椿は時計へと視線を向けた。震える指先が触れ、それが少しも時を刻んでいない事を知る。強張っていた表情が歪み、椿は声を上げながら手首ごとそれを掴んだ。 「ああっ・・・あ・・・・・・」 「大切なもんだったのに、可哀想になぁ・・・でも、」 時計を掴みながら泣き続ける椿を見下ろしながら、安形は手にした金属をチラつかせる。自分の声に視線を向けてくるその目に、晒す為に。 「壊れた時計とか、要らねぇよな? な、椿、それオレにくれよ」 「え・・・・・・?」 安形の言葉に、椿が目を見開いて見上げてくる。その様に拒絶が感じられて、安形は苛立ちのままに携帯を開いた。その意味合いを感じて、椿が硬直するのが握った手から伝わる。 ――使えねぇのに大切にするなんて、 「椿が、自分から、オレにくれるんだよ。な?」 ――死んでも、許さねぇよ。 絶叫しそうな心は押し殺し、安形は不敵に笑んだ。微塵も感じられない妥協に、琥珀に何処か諦めが浮かぶ。安形が手を離すと、力の抜けた両腕がふらりと床へ落ちた。時計を掴んでいた指が解け、言われた通りにベルトを外していく。視界の中でそれを確認して、安形は自分も腕に巻いていた時計を外した。差し出された壊れた時計を受け取り、項垂れたままの椿の目の前にそれを差し出す。 「・・・・・・」 「ちゃんと動く時計。代わりにしてろよ」 ぼんやりと安形の時計を受け取った椿の目の焦点が、そこへと再び合わせられる。そこに介在する何某かの意思に、安形がまた軽く驚いた。 「・・・なん、で」 安形の時計の存在を寄す処にする様に、椿の手がきつくそれを掴む。 「なんで、こんな事・・・した、んですか・・・?」 震えている指は、受け止め切れない現実を、それでも受け止めようとする強さだと、安形には思えた。 ――この、強さが愛しいんだ。 「何でって・・・・・・」 一瞬、安形は目を伏せる。暗闇の中で、本音を吐き出してしまいたい誘惑に駆られた。全て吐き出して、お前が好きだから全部を手に入れたかったと、泣きながらでも縋りたい。
――でも、それは手に入らない。
「別に・・・今日、お前が居たから、かな?」
――どんなにオレが見っとも無く縋った所で、心だけは手に出来ないんだ。
だから、と安形は思う。足掻いて手に入れる事が出来ないのなら、その代わりに、と。 「特に理由とか、ねぇよ」 この行為に理由が無いと告げられた椿の目が、絶望に見開かれた。理解しようとした相手からのはっきりとした拒絶に、ゆっくりと椿の身体が傾いでいく。それでもしっかりと安形の時計を握り締めているのを視界に入れながら、安形は崩れ落ちる椿に背を向けた。 「そうそう、椿」 生徒会室のドアに手を掛けて開いた所で、安形は思い出した様に振り返る。差し込む光に少し影になった顔が、微かに笑った。 「また、明日も、な?」 それだけ言うと、安形はドアの隙間に身体を滑り込ませ、振り返る事も無く後ろ手でドアを閉める。響いた音に少し間を置いて、ドアの向こうから叫び声が上がった。 「ぅああ、あああ、あぁーーーっ!!」 泣き叫ぶ声が、静かな廊下に響き渡る。その罪悪感と心地良さとに身を委ねながら、安形は手にしていた死んだ時計を手首に廻した。 ――心が手に入らないのは、分かってるんだ。 「あー・・・鞄、忘れたや・・・」 口から零れた独り言は、心の内とは無関係のものだった。柔らかな上質のベルトを自分の腕に巻きながら、締め付けられる不快感を楽しむ。 ――だったら、それ、粉々にしてやる。 「中に家の鍵とか、入ってんのになぁ・・・ま、いいか」 嵌めた時計は自分には似合わない大きさとデザインで、時計としての用を足さないけれども、何よりも重要な意味を持っていた。小さな嗤い声が、唇から漏れる。 ――粉々になって、崩れて、バラバラに落ちた欠片を、全部オレが拾ってやるよ・・・ 「方法なんて、幾らでもあるんだ」 漸く一つになった心と言葉に唇を歪めながら、安形は鈍く光る文字盤に舌を這わせた。
2011/10/29 UP ≪BACK NEXT≫
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