「・・んっ・・・っ・・ぅ・・」
 合わせた唇の隙間から、互いの熱い息が漏れる。響く声と絡む舌に請われている事を確信して、安形は更に唇を貪った。
――あぁ・・・これじゃ・・・・・
 絡めるよりも先に絡まってくる柔らかな舌と、激しさを増す口付けの濡れた音に煽られて自身を突き上げれば、希里の後ろは柔らかく絡んで安形を締め上げる。押さえ付け、縛り上げて、犯しているはずが、
――・・・こっちが、捕まってるみてぇじゃねぇか・・・・・・
 逆に、捕らえられて、犯されている錯覚に翻弄されていく。柔らかい内部を擦り上げる度、限界へと近付いていくのを感じながら、安形はまた希里の名を呼んで耳に口付ける。
「キリ、」
「・・ああっ・・んっ・・・あが・・あ、ああっ・・・」
 応えて自らも名前を呼びながら、希里は腰を動かして内側を埋め動く安形自身を更に奥へと呼び込んだ。悔しさも怯えも今は消え去り、快感から瞳を濡らして感じるままに声を荒げる。
――少なくとも・・・
 自分に乱れて腰を振る身体を、安形は覆うようにして捕まえた。仰け反った背中に腕を差し込めば、素肌を指が這う感覚に汗ばんだ身体が更に熱を深くする。
――・・・こんな身体にしたのは、オレだ。なら、
 相手と己の身体で希里自身を挟んで擦りながら安形が腰を動かせば、耳元で響く嬌声が安形の心を縛り付けた。
――いい。それなら、
 どうしたって目に映る知らない傷に心抉られながら、嵌めた枷の鎖の先が自らの首に巻き付く。
――捕まるのは、オレで、いい・・・・・
 どうせ、この獣は枷を弛めた瞬間に、するりと逃げ出してしまう。犬かと思って繋いでおいても、鎖など咬み千切って残った枷すら無いかの如く振る舞う、狼。繋ぐ事など出来ないのならば、
――繋がれてやるから、
「キリ・・・なぁ、」
「・・はっ・・・あ、あぁんっ・・んっ、あっ」
 自分の声も熱を含んで掠れがちになりながらも、安形は身体を動かし、声を響かせる。
―― もう、これ以上、
「オレの知らねぇ傷、増やすな・・・・っ!」
「あっ・・ああっ、ぅあぁっ!!」
  叫ぶようにして最奥へと自身を打ち込んで、安形は腹で希里の前を押し潰した。刺激に耐え切れず、隙間を埋めるように熱い精液が安形の腹に飛び散る。同時にきつく締め付けた内壁に、安形も背筋を這う快感のままに欲望を吐き出した。
 脈打つ自身に未だ絡む肉を感じながら、安形は腕を解いて上半身を起こす。絶頂の余韻に短な息と声を繰り返し、身体を震わせていた希里が、離れた身体に気付いて安形に名残惜しげに視線を向けた。苦笑して、安形は希里の頬に軽く唇で触れる。
「んっ・・・」
 安形が萎えた自分を抜くと、微かに目を閉じて希里は身を震わせた。苦笑を張り付かせたまま、安形は拘束を解き始める。
「・・・っ・・ん・・・・」
 力の抜けた希里の身体を抱き起こし、背中で止めていた腕のベルトを外した所で、安形は一つため息を漏らした。
「お前なぁ・・・もう一回出来る訳でもないのに、そんな顔とか声とか、勘弁してくれ・・・・」
「なっ・・あっ・・・!」
 安形の言葉に、希里は顔を真っ赤に染めて安形の胸倉を掴み上げる。
「つーか、さんざん好き放題してくれたよなぁ・・・!!」
 両腕にシャツを絡めただけの裸に近い格好で首を締め上げられ、安形は気不味そうな表情を浮かべた。改めて下肢へと視線を下ろせば、胸元から腹へは吐き出した希里自身の精液に濡れ、更に下に映る太腿はきつく縛った所為で紅く跡を残している。
「あー・・・悪かった。やり過ぎ・・・・・・」
 言いながら視線を反らした安形の顔が、気不味さ以上の形に歪んだ。その変化に希里が一瞬、表情を強張らせる。安形の視線が自分の首に向けられているのに気付き、希里の表情もまた歪んでいった。
「・・・・っけんな」
 怒りに歯を食い縛りながら、悔しさに眉を歪め、なのに瞳の奥が悲しく光る。希里は安形の襟を固く閉めながら、顔を近付けて叫んだ。
「オレだって知らねぇお前の過去とかあんだよっ! そこら辺見て手ぇ出せなかったりとか、悔しかったり・・・」
 想いに当て嵌まる言葉が上手く見付からないもどかしさなのか、希里の顔が泣きそうなまでに崩れる。もう一度だけ、ぐっと歯を食い縛り、希里は目を閉じて言葉を叩き付けた。
「・・・苦しかったりもすんだっ! だからっ、そんなんでオレ見てオレ抱いてる時に、そんな泣きそうな顔すんじゃねーよっ!!」
「キリ・・・」
 襟元を握る拳が微かに震えているのが、垣間見える。銀の髪先もまた震えているのは、悔しさに泣きそうなのを堪えている印。安形はその髪に、指先で触れた。
「・・・・・・ごめん」
 今度は真剣に、安形は謝罪の言葉を口にする。行為だけでなく、想いの分も。
――そうだよな、オレだけじゃない。
 指先で髪を掻き上げれば、閉じていた瞳が開いて安形を見上げた。泣く寸前の瞳は、責めるように安形を刺す。
――出会うまでは、お互い他人だったんだ。
 その場に居れば違っていたと思っても、時間は逆巻く事は無い。純然たる事実に胸を締め付けられても、だからこそ、そうでなければ惹かれ合わなかったと思いたい。そんなお為ごかしを見抜かれたくなくて、安形は親指で目尻を突き、再び希里の瞳を閉じさせる。
「悪かった。もう、あんな顔しねぇよ」
「そうだよ、お前が悪いんだ・・・」
 そう言いながら、希里は促されるままに瞳を閉じ、顔を上向かせた。その表情に誘われて、安形は唇を落とす。触れるだけで離れようとした瞬間、後頭部を掴まれて、更に口付けが深くなった。
「んっ・・・ふっ・・・・・」
 絡まる舌に薄く瞳を開ければ、貪るように口付ける希里の顔が映る。目の毒にしかならないと思いながら、安形はやんわりと自分の頭を掴む手を解いた。
「・・・何だよ」
「あー、いや、だからな、」
 また一つ深いため息をつきながら、それとなくこれ以上誘うなと言おうとした安形の耳に、思い掛けない言葉が響く。
「すんだろ、も一回」
 驚いて希里を見詰めた安形の目に飛び込んできたのは、自分の言葉に照れながらも真っ直ぐに安形を見上げる希里の赤い顔だった。
「一回しか、イッってねーだろ。しねーのか?」
「・・・・・・・・・します」
 いつの間にか自分の膝の上に身体を乗せて、非常に魅力的な格好での誘いに、安形は思わず素直に返事をする。それを聞いた希里が、なら、と口を開いた。
「次は部屋暗くして、フツーにヤれっ!」
 怒鳴り付けられた安形は、結局苦笑だけれども微笑んで、自分を繋ぐ主に従う。

――一生、お前に繋がれてやるから・・・・・・お前も一生、鎖を外すなよ。

 最後にもう一度だけ白い首に走る傷に口付けて、安形は一人心で宣言した。

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