ツメアト

他に誰も居ない空間で、降る様な細かな口づけ。それが、いつも始まりの合図。

「ふ・・・ぅ・・・」
 絡まった舌が抜け出た直後に響く、鼻に抜ける甘い自分の声を聞きながら、椿は差し出す様に首を仰け反らせた。そこに触れてくる唇、服を脱がす為に触れてくる指先、微かな感覚が全て熱に変わる。
「・・・っ・・・ん・・・」
 声を押し殺せば、軽く頬に唇で触れ、佐介、と小さく囁かれた。思わず緩んだ唇の隙間から指が入り込んで、歯列をなぞる指先に、声を上げる理由を与えられる。
――この人は、優しい・・・
 一瞬交差した眼差しの深さにも、嫌と言う程解る現実。壊れ物を扱う様に触れられる度、考えずにはいられない事が在った。
――いつだって、ボクに全部を呉れる。
 心も、身体も、状況さえも。きっとその時が来れば、別れる理由すら、その手のひらに乗せて差し出してくれるのだろう。けれど与えられるだけ与えてくれる癖に、絶対に縛り付けられる事は、無い。
――だから、ですか?
 与えられていないのは、たった一つだけ。
――好きだって言ってくれないのは、それがボクを縛るからですか?
 言葉だけが、未だ与えられないままに。時折垣間見せる愛おしげな眼差しに、喉まで出掛かる質問をいつも寸前で飲み込んできた。

「佐介?」

 突然に響いた疑問形の呼び掛けに、不意に現実に引き戻される。慌てて返事をして顔を向けると、心配げに自分を見詰める安形の顔が目に入った。
「今日は乗り気じゃねぇ? 無理なら、止めっけど」
「・・・・・・・・・」
 あっさりと提示される選択肢に、喉の奥に何かが詰まった様になる。ここまで来て安形が簡単に止められるものでは無い事位、身体は知っていた。なのに事も無げに与えられる拒否権に、頭の後ろの方で言ってしまえと誰かが囁く。

『ボクの事、好きですか?』

 悪魔の囁きに堪え兼ねて、椿の唇が戦慄いた。しかし言葉が零れる寸前に、それは固く噛み締められる。代わりに安形の胸に頭を預け、別の台詞を吐き出した。
「大丈夫、です。何でもありません」
 目を見て言えない言葉に、両腕を背中に廻す。きつく掴んだシャツは、誤魔化しの証に思えた。それでも、戸惑いながらも同じ様に廻された安形の両腕に安堵を覚える。
「なら、いいけど・・・ヤなら、ちゃんと言えよ?」
「大丈夫ですっ」
 気遣いの言葉に八当たりめいた苛立ちを覚えて、半ば怒鳴る様に答えた。自然、シャツを握り締める拳に力が入り、震える。
「ん、悪ぃ」
 苦笑して謝る安形の手が、ゆっくりとまた動き出した。その感触に身を委ね、広い胸の内で唇を噛む。
――訊ける訳がない・・・・・・
 求めれば与えられる事が解っていて、安易にそれを口には出せない。そんな想いと飲み込んだ言葉が、酷く苦く喉の奥に滞る。代わりに吐き出されるのは、嫌になる様な甘い嬌声と吐息だった。
――ボクは全部をあげられないのに。
 自分に全てを呉れる相手に、身体は差し出せても心だけが半分、差し出せないでいる。自分に絡む縁と柵とに、優先順位はいつも不安定に揺れ動いた。
――この人だけを一番に、生きて行けない・・・
 なのに求めるのは、きっと罪悪だ。何よりも、求めて与えられて、その後に続いてしまったら。

『じゃぁ、お前ぇはオレの事、好き?』

 それはきっと、答えられない質問。たった二文字なのに、呪詛の様に縛り付ける言葉。
――この人から全部を奪っておいて、
 安形の手のひらが敏感な部分に触れ、椿の口から一際大きな声が漏れた。その快楽に没頭しながら、頭の片隅では染みの様な思考が廻る。
――自分に縛り付けるなんて、
 吐き気がする程の自分の醜さを、湧き上がる熱に浮かされる事で忘れようとした。行為に溺れる振りをして、唇を噛み締めて一筋の涙を流す。
――出来るはずが無いじゃないかっ・・・
 視界が涙で歪んだ事で、安形の表情は読み取れなくなる。それが唯一、免罪符の様に思えた。ただ、声を荒げて、ひたすらにその背中に縋り付く。

――縛られる言葉を求める事も、縛る言葉を吐き出す事も出来ないのなら、

代わりに、きつく、その背中に爪を立てた。


2011/08/18 UP

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