安椿 下ネタ

 椿が生徒会室に足を踏み入れた時、中では残りのメンバーが何やら白熱した討論を交わしていた。また可愛い犬が何かとかどうでもいい話なのだろうな、と思いつつ、椿は声を掛ける。
「何の話をされてるんですか?」
「おほっ、丁度いいじゃねぇか。当事者が揃った」
 面白そうに顔を向けてきた安形に、椿の中で嫌な予感が走った。
「だが、腕力はどう考えても椿くんが上だろう」
「そうですわ。いかに会長とは言え・・・力では負けそうですもの」
 椿を見ながら浅雛と丹生がそう言い、二人して顔を見合わせてうんうんと頷く。それを見ながら榛葉がそうだけど、と言葉を発した。
「公式の試合とかなら確かにそうだけど、相手が安形だろ。そう簡単に・・・」
「あのっ!」
 訳の分からないまま進む会話に、椿がとうとう声を上げる。自分と安形とが話題に上がっているらしいが、内容がさっぱり分からないと対応のしようもない。困った顔で説明を求める椿に、笑いながら安形が事の成り行きを説明し始めた。
「だからな、オレと椿とが勝負したら、どっちが勝つかって話でな」
「勝負、ですか・・・」
 考えた事も無かった仮定に、椿は困惑気味の表情になる。そこに浅雛が割り込み、会話を引き継いだ。
「勝負とは言え、色々だろう。頭脳戦なら100%会長が勝つだろうが、肉弾戦なら椿くんにも利が有る」
「浅雛・・・会長が会長のフィールドで100%と言うのは分かるが、ボクの場合が100%で無いのは・・・」
 生来の負けず嫌いが少し顔を覗かせ、思わず椿が反論する。そんな椿に、浅雛の後ろから丹生が顔を出し、笑顔で止めを刺した。
「肉弾戦でも駆け引きなどありますし、そう言う意味では力だけの勝負で無い限り、会長にも有利ですわ〜」
「丹生っ!」
「確かに椿ちゃん、フェイントみたいなちゃんとした作戦には対応出来そうだけど、真っ直ぐ過ぎて変に卑怯な技とかは対応無理そうだもんね」
「おう、オレの十八番だな」
「榛葉さん?! そして会長っ、何で得意げな顔するんですか!」
 かっかっかっ、と一頻り笑った後、安形はそんで、と言葉を続ける。
「で、純粋な力比べって何だって話になってな。それなら腕相撲じゃねぇかって。で、腕相撲でオレと椿が勝負したら、どっちが勝つって話題で盛り上がってた所」
「それなら、ボクが勝ちますね」
 やっとの事でみんなの会話に合点が行き、安心した椿は思わず本音を漏らしてしまった。目の前で安形があからさまに不機嫌な顔をしている。しまった、とは思ったが、言った言葉はもうしまえない。
「ほぉ〜、腕相撲なら、オレに勝てるって椿は思ってる訳だ」
「だ、だってですね・・・会長、握力28とか言ってましたよね? ボク、50近いですよ?」
「はんっ、腕相撲は腕ですんだろ! 握力関係無ぇだろーが!!」
「いやいや、安形、関係大有りだろ。手、握る力って手のひらの筋肉だけ使う訳じゃ・・・」
「ウルセェ! じゃ、今からやるぞ? オレ、絶対ぇ勝つからな!!」
「何でですか?! やめて下さい! 下手すると、腕が折れますよ!!」
「あー、何? 既に勝利宣言?? イラっとした。椿とは言え、オレ、ちょっとイラっとしたからな。いいからちょっと来い!」
 安形は椿の襟首を掴むと、そのまま生徒会室を出ていった。慌てて残り三人もその後を追う。
「本当に勝負する気でしょうか・・・腕相撲ですと、流石に椿くんが勝ちそうですが」
「そうだな、私も椿くんに一票」
「うーん・・・オレは安形が勝ちそうな気がする・・・・・」
 楽しそうに話をしている女子二人に対し、榛葉は不安げな顔でそう告げた。そうこうしている間にも安形は隣の教室の机を一つ引っ張り出し、着々と腕相撲の場所を整えている。
「あのー・・・本当に勝負するんですか?」
「するって言ってんだろ。そんで、オレが勝つ」
 机の端にイスを放り投げ、安形は椿に座るように促した。椿が渋々そこに腰を降ろすと、安形はやる気満々で左腕を机に乗せる。それを見て、椿は怪訝そうに眉をひそめた。
「会長は右利きですよね・・・あの、右でいいです」
「『でいいです』って何だ、『でいいです』って!! オレが左っつったら左なんだよ!」
「ですが・・・それだと多分、瞬殺ですよ?」
「言ったな・・・相当自信あります発言を・・・お前ぇ、絶対自分が勝つと思ってんだな!」
「え・・・多分、ボクが勝ちますから」
「へぇ〜〜〜、絶対? じゃあ、賭ける?? この勝負、負けたら何でもするって賭けるか?」
「いいですよ。その代わり、会長が負けたら、きちんと仕事して下さい」
「あー腹立つぅぅぅ!! ざけんなっ、片手で一捻りにしてやらぁ!!」
「無理しなくても・・・あの、両手使っていいですから」
「もういいよ、黙れっ! ミチル、審判やれ、審判!」
 がっちりと椿と左手を組んだ状態で、安形は二人を眺めていた榛葉に声を掛ける。はいはい、と呟きながら、榛葉は二人の側に寄り、組まれた手に自分の手を添えた。
――結果は、ある意味見えてんだよなぁ・・・
 嫌な感じに安形の右手が机の下で動いているのを目の端で見ながら、榛葉は開始の掛け声を上げて手を離す。瞬間、椿が目を丸く見開いて硬直した。あっさりと安形は腕を倒し、椿の手の甲がぺたりと机へと着く。
「はい、オレの勝ちー」
 安形が勝利宣言をしても、椿はまだ目を白黒させて硬直していた。そのまま椿はゆっくりと視線を下へと下げていき、自分の脚の間を見て顔を真っ赤に染め上げる。
「だっ、どっ、何処を触ってるんですかーーーっ!」
 そう叫ぶと同時に椿はイスから飛び退いて、壁まで一気に下がった。
「何処って・・・言っていいの? ち「わーーーっ!!」
 安形がさっきまで右手が触れていた部分の名称を口にし掛け、椿が慌ててそれを大声で打ち消す。
「は、反則っ、反則ですよ!!」
「でも、両手使っていいんだったよな? どう使っちゃ駄目かまで、指定されなかったし?」
 にやっと笑い、安形は右手をひらひらと振った。それを見ながら、榛葉が一言、あーあ、と呟く。
「椿ちゃんの負けだね」
「ええっ? でもっ、ですが・・・っ」
 何だか涙目になりつつ反論をしようとする椿に、榛葉は憐れむ様な視線を投げつつも続けて言った。
「えーとだね、椿ちゃん。この勝負、生徒会室の机でやってたら、安形勝てなかったよね?」
「あっ・・・」
 言われて椿ははたと気が付く。生徒会室を引き摺り出された時、何の疑問も持たなかったが、あの時場所を移動する必要は全く無かったのは確かだった。
「それと・・・言い難いけど『両手使っていい』って言ったのも、椿ちゃんね」
「うぅ・・・そ、それは・・・・・・会長が片手で十分だって」
「うん、それね。安形が『片手で』って言ったから、椿ちゃん思わず『両手で』って言ったんだよね」
 そこまで言われると、さすがに椿も気が付く。自分が両手でと言ったと言うよりも、安形に上手く乗せられて言わされていた事に。
「それで、安形は右手の使い方に規制が入る前に勝負開始した訳」
「見事な解説、ありがとな。大体、そんな感じ」
 意地悪く笑いながら、安形は椿を見た。何処からが計算なのかと問えば、最初からと答えそうな顔に、椿の脚から力が抜ける。
「さぁて、何でも言う事聞いて貰えるんだよなー。何にしよっか?」
 更に意地悪気に響いた楽しそうな声に、勝負寸前にした賭けを思い出し、椿は完全にその場に座り込んだ。今更反故にも出来ない約束に、椿は軽々しく人と――と言うか安形と――勝負などする物では無いと心底後悔したのだった。

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