安椿+希

 安形の引退後の放課後は、基本、校内での椿探索が主だった。ふらりと校内を歩き、椿の姿を探す。宛ても無く歩き回るだけで、会えるかどうかは運次第だ。
――今日は会えるかな。
 出会えるに越した事は無いものの、出会えないなら出会えないで探す時間もまた楽しみの一つ。そう、安形は思っていた。のんびりと階段を下りていくと、今日は勝ちの日だったらしく、廊下に佇む目的の人物を発見する。ただし、余計なおまけが横に付いている状態で。
――加藤だったか? あの一年。
 一瞬、眉を顰めたものの、だからと言ってどうと言う事も無いと自分に言い聞かせ、安形は椿に声を掛けた。
「よぉ!」
「会長っ!」
 片手を上げた安形の姿を認め、椿の目が驚きに見開かれる。いつもと違う反応に、あれ?、と安形は小首を傾げた。いつもならほんの0.数秒嬉しげな色を瞳に浮かべ、その後照れて表情を消す。それを見るのが安形の楽しみなのに、今は明らかに困惑していた。
「? 何かあったか?」
 一歩、安形が椿に近付くと、それに反応して椿が一歩下がる。その様子にむっとした安形が更に数歩近付けば、やはり椿は同じだけ離れていった。
「お前・・・どう言うつもりだ!」
「ち、近付かないで下さい!!」
 早足で近付く安形に対し、椿は手にしていたバインダーで口元を覆い隠しながら器用に同じ速度で後退る。
「理由も分からずにそんなお願い聞けるかよ! って、いでぇーーーっ!!」
 完全に怒った安形が椿に手を伸ばして詰め寄ろうとした瞬間、いつの間にか側に来ていた希里が安形の腕を掴み、力一杯握り締めていた。
「会長は近付くなと言ってるだろうが」
「あーもー本当に邪魔だな、お前ぇ! オレと椿の問題に第三者が首突っ込んでじゃ・・・いだ、いだだだだっ!!」
「会長の問題はオレの問題だ。黙れ、蛆虫」
 言外に無関係と言われた希里の表情が更に険しくなり、締め上げる力が一層強くなる。それを見た椿が慌てて静止の言葉を掛けた。
「キリ、それ以上は骨が折れるから止めろっ」
「椿、その心配ももっともなんだが、オレが蛆虫って言われた事にも憤ってくれよっ!」
「ちっ、無駄にカルシウム取ってんじゃねぇよ」
 椿に言葉を投げ掛けた瞬間、希里に舌打ち交じりで嫌そうに吐き捨てられる。
「何? お前ぇ、折る気満々だったのかよ?!」
 やっと離された腕を摩りながらも、安形は希里を怒鳴り付けた。だが希里は涼しい顔をして、今度は安形が動けないようにとクナイを喉元に突き付ける。
「動いたら、殺る」
「うん、怖ぇよ、それ!」
「すみません! 今度、事情はお話ししますからっ」
 それだけ言うと椿は背を向けて、脱兎の如く走り去っていく。
「椿?! つばきぃーーーっ!」
 安形の叫びも空しく、椿の姿はあっと言う間に小さくなり、消えてしまった。十分に距離を取ったと判断した希里はクナイを仕舞うとその後を追おうとする。ただし、数歩駆けた後、くるりと振り返ってしっかり一言告げるのも忘れずに。
「今後、二度と会長に近付くな。と言うか、会長と同じ世界で息をするな」
「それって死ねって話だよな! ざけんなよっ」
 安形の言葉には全く耳を貸さず、希里はさっさと椿を追い掛ける。程無く、息を切らせて階下で佇んでいた姿を見付けた。
「会長」
「あ、ああ・・・キリか・・・」
 呼び掛けに応えた後、椿の唇から軽い咳が二、三漏れる。その音に、希里の眉が軽く顰められた。
「・・・・・・会長、もしかして風邪をひかれてますか?」
 問い掛けに軽く頬を染めて、椿はこくりと頷く。
「そうなんだ・・・自己管理がなってなくて恥ずかしいんだが・・・・・・あの人に移す訳にもいかないし」
 続いてこんこん、と更に咳が続いた。それを見て、無表情のまま希里の頭の中で計算が始まる。
――確か、あの野郎は三年で、受験生で。多分、会長はあれを気遣ってさっきの行動をしたんだろうな。
 走った所為もあるだろうが、あの場では咳を抑えていたのだろう。苦しそうにしながら、続け様に椿は何度も咳き込んでいた。
――でも、何も話さずにあの行動をすれば、普通は嫌われていると思うんじゃないだろうか・・・?
 今まで椿を陰日向で見守っていた希里は、不本意ながらも二人が恋人同士だとは知っている。なのに今回の椿の態度は結果として二人の仲に亀裂が走るんではなかろうか。そんな風に希里は思った。
――オレは会長の幸せを願っているし、会長を不幸にはしたくは、ない。
「・・・風邪が治るまで、あの人の近くには行けないな」
 漸く咳が治まった椿の顔が悲しそうに歪んで、ぽつりと言葉が吐き出された。それ顔を見て、胸に痛みが走らなかったと言えば嘘にはなってしまうのだが。
――勝手にあれが誤解して、勝手に関係が瓦解する事はオレの知ったこっちゃねぇ。
 椿の言葉は確かに独り言だったのだろうが、希里はそれを勝手に命令と受け止める事にした。
――仰せの通りに、風邪が治るまでは、あれを会長に近付けないようにしよう。
 その瞬間の彼の表情は、非常に清々しいものだった。

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