安椿 同棲/大学生

「んじゃ、行ってくるわ」
「ええ、行ってらっしゃい」
 玄関で靴を履きながらそう言った安形に、椿はあっさりとした一言を返す。それに対して安形はやけにゆっくりと靴を履いていた。立ち上がるととんとんとつま先を床に叩きつけ、ちらりと椿を振り返る。
「? どうかしたんですか?」
「いや……ドア、開けちまうぞ?」
「??? そうですね、開けないと出られませんから」
 ドアに手を掛けてちらちらと自分を振り返る安形に、椿は訳が分からずに小首を傾げた。そんな椿を見ていた安形が、突然くるりと身体ごと振り返って、我慢し切れないとばかりに椿の肩を掴む。

「こう言う時は『行ってらっしゃいのキス』だろーがぁ!」

 一言叫んだ後、ここ、ここ、と安形は自分の頬を人差し指で示した。一瞬の間を置いて、そこに椿の平手が勢い良く飛ぶ。バチンと良い音がした。

「ボクは、朝っぱらから寝ぼけないで下さいと言うべきでしょうか。それとも、朝っぱらだからこそ寝ぼけてんですかと言うべきでしょうか?」

 夢を見る位ぇいいじゃねぇか、と呟いて頬を抑える安形に椿は冷たく、次は拳で行きますから、と告げる。渋々安形はドアノブに再度手を掛けるものの、まだ未練がましげにちらと振り返った。
「・・・・・・・・・見苦しいですよ」
 小さな声で呟いた椿の手が上がり、思わず安形は二発目に備えて両腕で顔をガードする。反射で目を閉じた安形の唇に、柔らかい物が当たった。
「・・・・・・!」
 驚いて目を開けた時には、真っ赤になった椿が安形から身を引く所で。椿が慌てふためいて自分の唇を手の甲で押さえるのを、安形はただただ見ていた。
「なっ・・・きゅ、急に動かっ・・・ズ、ズレて・・・・・・」
 どうも安形の要望に応えようとしたが、急に安形が動いたものだから頬から唇に狙いが逸れたらしい。自分でも予期しなかった出来事に真っ赤になってパニックに陥っている椿を見て、停止していた安形の身体が三倍速で再生された。
「椿ぃーーーっ!」
「ぅわぁー!」
 そのまま玄関先で押し倒された椿が抵抗しようとするよりも先に、安形は馬乗りで手首を押さえて攻撃を封じる。
「絶対こうなると思ったんです! 授業、遅れますよっ!!」
「一般教養なんざ、一回休んだ所で問題ねぇ!! もう、これは完全にお前が悪ぃだろーがっ!」
 酷い理論を振りかざし、安形はまだ文句を言う椿の唇も封じた。もしかしたら二限目も間に合わないかもしれない、と思いながら。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -