安椿 セクハラ

 いつも通りに雑談を交えながら職務をこなす生徒会執行部員達。そんな中、有り得ないスピードで走っていた椿の手が、不意に止まった。そのまま目を閉じると、眉間へと指を伸ばして軽く揉む。
「どうかした?」
 気がついた榛葉が掛けた声に、椿は指を外すと苦笑しながら榛葉に顔を向けた。
「いえ、ちょっと目が疲れて」
 書類ばかりを眺めていた所為だろうか、ちょっと焦点がぼやけている。心成しか頭も重かった。
「何だかぼんやりして・・・やはり、手元ばかり見ていてはいけませんね」
「んー・・・」
 照れ臭そうにそう告げる椿を見ていた安形が、考えるような声を上げる。そのまま立ち上がると、安形はおもむろに椿の背後に向かった。椿の腰掛けていたイスに軽く右手を掛け、もう片方の手で椿の両目を覆う。
「えっ・・・な、なんっ・・・」
 突然降って沸いた暗闇に、当然ながら椿は動揺していた。そんな椿に背後から安形が声を掛ける。
「そりゃ、目が疲れてるってのもあっけど、どっちかと言やぁ脳が疲れてんだよ」
 そのまま椿の肩に顎を乗せ、イスに乗せていた手を座面の端――椿の太腿のすぐ横へと移動させた。
「だっ・・・あの・・・」
 安形の意図が分からず、困惑しながら投げ掛けられた問いに、安形は平然と説明を続ける。
「そう言う時は一度視界を塞いで脳に送る信号を遮断してやんの。五感の中でも視覚ってのは脳を八割ぐれぇ使ってからな」
「え、そうなんですか?」
 安形の知識に驚いて声を上げた椿に、気分を良くした安形の身体が擦り寄る。イスを挟んでだが完全に密着している事を、話の内容に食い付いた椿は気付いていなかった。
「そうそう。だから視覚の情報を一旦ゼロにしてやると、それだけで結構脳が休めるワケ。五分・・・いや、十分ぐれぇこうしてみな。結構違うぜ?」
「それは知りませんでした・・・本当に会長は色々な事をご存知なんですね」
 椿の目を塞いだまま、まぁなと安形は鼻歌混じりに呟くと、空いている手で椿の膝に触れる。
――あれ? でも、この状態は少しおかしいんじゃ・・・
 そのまま太腿を登ってくる手のひらの感覚に、漸く椿がぼんやりとした疑問を持った頃、榛葉が決定打を打ち込んだ。
「あのさ、椿ちゃん・・・目を閉じるのに安形に目を塞いでもらう必要はないと思うよ?」
 瞬間、反射的に椿の拳が動いた。硬く握り締められた拳が、椿の右肩に乗って今にも触れそうな距離に在った安形の顔面に見事に炸裂する。そのままの勢いで安形の手を振り払い、椿は立ち上がって身体を反転させると、背後で顔面を押さえてのたうつ安形に顔を向けた。その顔は現状を良く理解出来てしまったため、怒りか別の何かからか真っ赤に染まっている。
「十分そのままって言っただろー・・・」
「たった三分であの状態に持っていった人が何を言ってるんですかっ!」
「結構、可愛かったのに。あと五分ありゃー、もっと色々出来たのになぁ・・・・・・」
 床に蹲ったままぶちぶちと呟いていた安形の言葉を誰よりも鮮明に耳にした椿が、イスを横へと退けて右拳を左手へと叩き付けた。バシッと響いた小気味良い音に、はっとして安形が顔を上げる。

「・・・目を閉じなくても、身体を動かせばいい気分転換になりそうです」

「あ、あれ・・・? 今のオレ、口に出てた?」
「バッチリ」
 安形の疑問に榛葉が即答した直後、闘気を陽炎のように立ち上らせながら椿が一歩前へ出た。ご愁傷様、と呆れた表情で榛葉はそれを眺める。珍しくも無い安形の悲鳴が快晴の空へと響き渡ったのは、それからすぐの事だった・・・・・・

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テーマ「人外ファンタジー」
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