安→椿(?) セクハラ

――意外と、キツい・・・
 休憩中に体育館の床に座り込みながら椿は心の中で呟いた。自分が主役を殴って登板不能にしてしまった責任からピーターパン役を買って出たものの、思った以上に運動量が多く一度の通し稽古だけで既に汗だくになっている。それでも責任は取らなければとの思いから誰にも弱音など吐けず、椿は独りぐっと目を閉じた。
「っ!」
 その頬に不意に冷たい物が当たり、驚いた椿の口から悲鳴が漏れ掛ける。慌てて視線を動かせば、そこには冷えたペットボトルを持つ安形が立っていた。
「よぉ、やってんな! これ差し入れ」
「あ、ありがとうございます」
 椿は慌てて立ち上がると両手でそのペットボトルを受け取る。熱くなっていた身体には手のひらからの冷たさだけでも十分な程だった。
「頑張るなぁー」
「・・・一日しか、ありませんから」
 言い訳がましく聞こえる自分の物言いに、椿は少しばかりげんなりする。たまに自分の行動が正しいのか正しくないのか、疑問に思う事があった。今もまた、己の行動が正しいのか心の奥に引っ掛かっている。
「ボクの行動は、間違っているんでしょうか・・・?」
「お前が決めてお前がやってる事に、オレが口出し出来るもんでもねぇだろ」
 迷いの一端をほんの少し口に出してみたが、安形はいつもと変わらない惚けた顔で答にならない応えを返した。いつだってこんな答の無いの疑問はやんわりとかわす安形に、歯噛みしながら椿はペットボトルのキャップを捻る。一気に三分の一程を飲み干した所で、安形がじろじろと自分を見ている事に気が付いた。
「・・・・・・何か?」
「いや、汗だくだな、と」
「ええ。ピーターパンは動きが重要ですから」
「あー、そうだな・・・」
 不躾な視線に居心地の悪さを感じながら、椿はもう一口ペットボトルの中身を口にしてキャップを閉める。その間も安形の視線が自分に向いている事に、妙な不安を感じていた。
「そ、それでは、戻りますので」
「あ、ちょっと待て」
 安形に背を向けて立ち去り掛けた椿に安形の声が飛ぶ。反射的に足を止めた椿の黒いTシャツの首元。そこに後ろから指が差し込まれた。軽く咽が締まる感覚に続いて、背中に涼しい空気が当たる。後頭部に迫る気配と触れる自分以外の髪の感覚に、椿は血液が一気に下がるのを感じていた。次の瞬間、椿は身体を九十度廻し、自分の項に寄せられていた顔に思いっきり裏拳を決める。がんっと言う骨と骨がぶつかる小気味良い音が響いた。

「何してるんですかーっ!」

 叫んだ椿に、安形は自分の顔面を押さえながもぼそりと自分の行動を説明する。
「いや、椿の汗の臭いってどんなかなって・・・・・・」
「おかしいですよ、それっ!!」
 それだけ言い捨てて椿は全速力でその場を離れていった。あっと言う間にそれは豆粒のようになって消える。
「いやだって・・・気になったんだよ・・・・・・」
 安形は痛む顔面を押さえて壁に寄り掛かりながらも、一人非常に満足していた。

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