安椿 相合傘

 静かに、雨が降っていた。予報では10%の降水確率だったにも関わらず、小雨が降り続いている。椿が少しだけ眉間にしわを寄せて見上げれば、空はどんよりとした雲に遥か西まで覆れていた。
――待っていても止みそうにないな・・・
 今はまだ細い雨も、このままでは待っている間に強くなり兼ねないように思える。運悪く、今日に限っていつも携帯していた折畳傘は無く、これはもう濡れて帰るしかないか、とため息をついた瞬間、背後から声を掛けられた。
「よぉ、椿」
 振り返った先で、安形が片手を上げてにこやかに笑っている。驚く事に彼の手には傘が握られていた。
「何? 傘無ぇの?」
「・・・・・・えぇ」
 にやにや笑う安形に何だか嫌な予感を感じ、何となく後退りながら椿は質問に答える。なら、と顎に手を添えて、安形は半歩、椿に歩み寄った。
「一緒、入ってく?」
「お断りします」
 即答した椿に一瞬、安形の動きがぴたりと止まる。が、次の瞬間には逆に大股でつかつかと椿のすぐ側に――それこそ触れそうな程まで近付いて、頭ごと耳元に唇を寄せて囁いた。
「付き合ってるのに?」
 低く響いた安形の言葉とその行動に、椿の顔が見て取れる程に朱に染まる。慌てて距離を取った椿は、吐息の掛った耳を押さえながら小さな声で呟いた。
「だから、嫌なんです・・・・・・」
 染まった顔を隠すように、もう片方の腕で顔を覆う。弱みを見られた気がして、僅かな悔しさが胸に湧いた。
「しゃあねぇな」
 安形は少し苦笑すると、傘を握る手を数秒眺める。そこから視線を外すと、不意に傘を椿の胸元に放った。突然の事に驚いたものの、椿は何とかそれを落とさず受け取る。
「急に何をっ・・・」
「じゃあな」
 それだけ言うと微笑んで、安形は雨の中に飛び出した。鞄を頭に乗せて雨を凌いでいるが、それでも雨はゆっくりと安形の肩を濡らしていく。その後ろ姿に一瞬、椿は呆然としたが、慌てて傘を広げるとその後を追った。
「会長っ」
 追い付いてその頭上に傘を差し出すと、振り向いた安形と目が合う。余裕有り気に唇の端を上げるその顔を見た瞬間、椿は自分が安形の術中に嵌った事に気が付いた。
「・・・・・・会長」
「椿って分かり易いよな」
 くくっと小さく笑う安形に、椿は悔しげに唇を噛む。結局の所、安形に良いように翻弄されている自分に、擽ったい歯痒さが項の後ろに走った。
――けれど、多分、
 少し赤面した顔を冷ます為に、頬に手を当てて熱を移す。
――ボクが追いかけなければ追いかけないで、雨に打たれて帰るんだろうけれど。
 結局は相手の事が少し解ってしまうので、怒ったりは出来ない。

「・・・・・・あなたのそう言う所が、ボクは嫌いです」

 聞こえないように小さく、風に乗せる。それは雨の音に掻き消され、流されていった。

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