餔 -けごと-

 その日、安形はウキウキとしながら家路についた。予定よりも早くバイトが終わっただけでなく、今現在、一人暮らし中の安形の部屋では椿が待っているからだ。
――多少バイト代が少なくはなるが、今日ならそんなの問題無ぇ!
 浮付く心のままにマンションへとたどり着き、玄関の鍵を開けて中に中に入ろうとした安形の手に、ガツンとドアが引っ掛かる手応えが返ってくる。
「?」
「えっ! 会長っ?!」
 不審に思いながら改めてドアを見れば、何故かチェーンが掛かっていた。少しだけ開いたドアの向こうでは、椿が慌てふためいている。玄関すぐのキッチンに立つ椿は、目の前とドアとを何度も交互に見た結果、ドアの向こうの安形に向かって思わぬ一言を投げ掛けた。
「早過ぎです! 何処かに行って下さいっ!!」
「はぁ?!」
 理不尽な椿の一言に、安形の顔が笑顔から険悪な物に変わっていく。少し開いたドアの隙間に手を掛け、安形は俯きがちに目線を落としながら低く唸るような声を出した。
「・・・・・・いてやる」
「え?」
「泣いてなるからな! 言っとくけど、しくしくレベルじゃねぇぞ!! 今すぐここ開けないと、子供がデパートで玩具強請る勢いで泣いてやるからなっ! 不審者が居ますって警察呼ばれるレベルで泣き叫んでやるからなぁっ!!」
「わわわ、分かりました! 開けますからっ!!」
 既に怒鳴り声を張り上げ、いつ警察を呼ばれるか分からない怒声を上げ始めた安形に、椿はバタバタとドアに駆け寄ってくる。その姿を見て、安形は満足しながら一度ドアを閉めた。ドアの向こうでチェーンを外す音が聞こえ、今度は椿自身の手でドアが開けられる。
「何でこんなに早いんですかー・・・」
「いや、バイト先が暇で暇で。人件費削減とかって、早く上がらされた」
 顔を真っ赤にして眉を下げる椿の顔を、さっきとは打って変わって不思議そうに眺めながら、安形は返事を返した。頬を少し膨らませている椿を見れば、何故かエプロンを身に着けている。後ろでドアが閉まる音を聞きながら安形が視線を動かせば、キッチンにはケーキのスポンジとボールが置いてあった。
「もしかして、椿、ケーキ作ってくれてたのか?」
「・・・・市販のスポンジに、生クリーム塗るだけの奴ですけど」
 どうも椿は安形が帰ってくる前にケーキを作って、驚かそうとしていたらしい。それは分かったものの、安形は今一つ腑に落ちないでいた。
「はぁ・・・でも今日って別に特別な日でも何でもないよな」
「そ、そうなんですが」
 椿は安形から目線を外し、床を見ながらぼそぼそと声を漏らす。唯一、安形の視界に入っている耳と項は、言葉を漏らす度に真っ赤に染まっていった。
「この間、会長が『これなら簡単に作れそう』と言われていたので、挑戦してみようかと」
 その一言で、安形は先日の遣り取りを思い出す。確か、ちょっとした子供向けの料理番組でそんなケーキを紹介していて、何気無く呟いた覚えがあった。
「いや、オレが作ってみようかなって意味だったんだけど」
「そ、そうだったんですか! てっきり、ボクへの言葉かと・・・」
 驚いて上げられた顔が、自分の勘違いに気付いて赤く染まっていく。それを見て、安形は嬉しそうに少し微笑んだ。
――何だコイツ、オレが手作りのケーキ食べたがってるって思って、作ろうとしてた訳?
 それを思うと、自然と安形の唇が弛む。思わず椿を抱き締めて、安形は頬を摺り寄せた。突然の出来事に、椿は腕の中でばたばたと暴れ始める。
「会長っ! その・・・服がっ!!」
「服? 何言って・・・」
 椿の言葉の意味合いが分からず不思議に思いながらも、腕を緩めないでいた安形の身体が乱暴に押し返された。相変わらずの空気の読めなさに多少不機嫌になりつつ、安形は椿の顔を見る。椿はと言えば、安形の表情には気付かずに、安形の胸元辺りを見ていた。釣られて安形も自分のシャツを見れば、そこはべっとりと大きな染みが出来ている。
「あぁー・・・」
 ため息交じりの椿の言葉に、改めて安形は辺りを観察した。椿のエプロンには泡立てる前と思しき生クリームが大量に付いている。そこで安形がカウンターへと視線を向ければ、辺り一面、飛び散った生クリームで汚れていた。置かれているボールの中身は殆ど残っておらず、そして・・・
「・・・椿、生クリームって箸で泡立てるっけ?」
 何故か生クリームがべっとりと着いた箸が置かれている。
「やっぱり、無理がありますよね・・・」
 未だ軽く安形の腕に拘束されたまま、椿が顔を逸らして気不味げに呟いた。安形が推測するに、生クリームを泡立てようとしたものの泡立て器がここには無く、苦肉の策で箸を使用し、結果は椿自身も含めて生クリームで辺りを汚す事になったのだろう。
――けど、どうやったら天井にまで飛ぶんだ・・・?
 何故か天井に張り付いている生クリームを眺めながら、安形は心底不思議に思った。元々、不器用なのは知っていたが、料理に関しては安形の予想の範疇を超えている。
「すみません・・・台所だけでなく、服まで汚して・・・」
 挙句、肝心のケーキは出来ていない。その事にあからさまに沈み込みながら、椿はそう呟いた。安形は小さく笑みを零すと、唇で椿の額に触れる。
「服は洗えばいいし、ケーキは後で二人で作りゃいいだろ。オレ、そう言うの好きだぜ?」
 安形はそう言葉にして、今度は米噛に軽く唇を落とす。擽ったそうに動いた椿の瞳が、安形のそれを覗き見た。誘われるように安形が椿の唇に触れようとした瞬間、安形の顔に椿の左の手のひらが叩き付けられ、押し退けられる。
「まだ昼間です」
 真っ赤に顔を染めた椿が睨み付けているのが、指の隙間から見えた。安形は不満そうに唇を歪めて椿の手首を掴んだが、その手は少しも動かない。
「キスしよーとしただけだろ。ケチ」
「ここで止めておかないと、止まらなくなるの誰で・・・ひぁっ!」
 言い合いの最中に、椿の口から小さな悲鳴が漏れた。何事かと思えば、椿の頬に白い液体が一滴流れている。
「なな何? 何か落ちて・・・」
 落ちて、の言葉に安形が天井を仰ぐと、真上に生クリームでの残骸が張り付いているのが見えた。どうもこれが滴ってきたらしい。それに驚いて力が弛んだ隙に、安形は掴んでいた手首をカウンターに縫い付けた。キャビネットに椿の身体を押さえ付け、体重を掛けて拘束する。もう片方の手も同じように縫い付けて、椿の顔を覗き込んだ。
「椿、食べ物粗末にしたら、いけないよな?」
「え? あ、そうですけど・・・っ」
 訳が分からないまま安形の質問に答えた椿の頬に、柔らかい物が触れる。熱く湿ったそれが這うように下から生クリームを嘗め上げる感触に、椿は目を見開いて数秒硬直してしまった。それを間近で眺めながら舌を離すと、安形は自分の唇の端に着いた生クリームを舌で拭う。
「へー・・・生クリームって砂糖入ってないとこんな味なんだ」
「あ、味って・・なっ・・・・」
「ん、こんな味」
 突然の事に咎める言葉も形にならない椿の唇に、安形の舌が伸びた。少し開いた唇から中へと舌を差し込み、唾液と共に白いクリームを椿の舌に絡めながら、そのまま口付ける。
「んっ・・・んぅ・・・・」
 抗議の声は安形の唇に飲み込まれ、暴れる脚は身体で押さえ付けられた。何処かぬめ付くそれの感触に、椿の指先が震えるように踊る。それも舌の側面や上顎の裏を舌先でなぞる度、弱々しくなっていった。
「・・っ・・・はぅ・・」
 抵抗が十分に消えたのを見計らって安形が唇を解放すると、椿は乱れた息を吐き出しながら顔を仰け反らせる。不十分な呼吸の苦しさと安形に触れられた口腔の刺激とに薄ら色付いた白い咽が、汗ばんでしっとりと濡れていた。
「・・・・・あっ!」
 仰け反ったままの椿の首筋に、また一滴、白い滴が落ちる。その冷たさにびくりと身体を震わせた椿の首筋から、白い筋が鎖骨へと流れていった。下から上へ、その白をなぞりながら、安形の舌がそこを這う。ゆっくりと動くそれに、椿の視線が安形へと動いた。
「・・や・・め・・・かいちょ・・・・っ!」
 首筋に辿り着いた安形の唇が震える首筋を吸い上げれば、椿は小さく声を上げて走った快感に目を瞬かせる。繰り返される印を残す行為に、何度もきつく閉じては開かれる濡れた琥珀から、耐え切れずに涙が零れた。それに気付いた安形の唇が一度肌を離れると、残された肌に散る紅い印が艶めかしく目に映る。
「佐介・・・」
 耳元で囁いてそこへと軽く口付ければ、ぴくんと椿の身体が逃げるように跳ねた。右手を椿の手首から外し、逃げる顔を逆からやんわりと押さえる。流れた涙を親指の腹で拭って、揺れる瞳を自分へと向けた。自然とそこが閉じられて、安形も瞼を降ろしながら椿の唇に自分のそれを重ねる。軽く触れて柔らかさを味わうと、少しだけ離れて今度は深く口付けた。
「んっ・・ふ・・・・」
 合わせた唇から洩れるのが熱い喘ぎに変わった事を感じ、安形の手が椿の頬を滑って首筋を辿る。シャツのボタンを一つ外した所で、いつもと違う感覚に戸惑った安形は片目を薄っらと開けた。安形の手を邪魔しているエプロンの存在に、口付けを続けながら手の位置を変える。エプロンの脇から手を差し込むと、安形は手探りでシャツの上に指を滑らせた。
「んっ・・んん・・・」
 布越しに肌を擦られる感覚に、椿は身動ぎする。その動きに触れ合っていた唇が外れ、少し白の混じる濡れた椿の紅い舌が安形の目に映った。唇の端を濡らす同種のそれを嘗めながら、安形は手を動かしてエプロンの下のボタンを外していく。舌を這わせ、顎の裏を嘗め上げて、安形はゆっくりと舌を首へと動かした。指先はボタンを全て外し切り、更に下の素肌を撫でる。
「・・あっ・・・んっ・・」
 甘い声を漏らしながら小さく震える肌にぴたりと手を添えて、安形は肋骨をなぞるように脇腹へと動かした。弱い部分に触れる度に零される声に熱を上げながら、そのまま手を背中へと廻して椿の身体を自分へと傾ける。
「ふっ・・・ぅ・・」
 肩辺りに動いた椿の頭が、小刻みに震えているのが分かった。肩口に掛かる息は酷く乱れていて、熱い。それを感じながら、安形は椿の項に顔を廻して音を立てて軽く口付けた。
「・・っ・・かい・・・ちょ・・」
 肌に走った唇の感覚にびくりと身体を震わせ、椿が安形を呼ぶ。安形の口が軽く開いたが、それに応える訳では無く、代わりに首の後ろで結ばれている紐の端を銜えた。蝶結びにされていたそれは、安形がそのまま顔を動かせばあっさりと解ける。同時に安形は、椿の身体を支えていた手のひらを腰へと動かした。
「あっ・・・!」
「・・・っと」
 勢い良く後ろへと倒れた椿の身体を、安形は左手で腕を掴んで支える。思った以上に力の抜けている身体に、安形がふっと笑みを漏らせば、椿の顔が羞恥に染まった。
「離して下さい・・・」
「ここまできたら、無理」
 荒い息のまま軽く睨み付けてきた椿に、安形はそれだけ言って椿の胸元へと顔を寄せる。今度はエプロンの胸元へと続く紐の付け根に噛み付いて、一気にエプロンを剥がした。口を開ければ、口元を外れたエプロンがそのまま下へと落ちる。遮る物が無くなって曝された素肌は、色付いて微かに汗ばんでいた。反論の隙も与えず、安形は胸元へと舌先を伸ばす。
――何か、上等な食い物食ってる気分・・・
 目で味わって、舌で味わう、特別な料理。舌先に当たる固い粒を吸い上げれば耳に甘い声が響き、腰の辺りを撫で上げれば手のひらに震える肌が張り付いた。噎せ返るような相手の匂いに煽られて、それを繰り返す。
「・・かいっ・・・あっ・・」
 時折、安形を呼びながら喘ぎを響かせる椿の手が、安形の首へと廻された。安形が左手を背中へと動かして身体を支えてやれば、もう片方の腕もそこへと廻され、安形にしがみ付いて胸元を差し出す。触れてない方の突起へと指先を動かそうとした安形の手が、悪戯心にふっと止まった。カウンターに零れていた生クリームへと動き、手のひら全体でそれを拭うと椿の胸元へと擦り付ける。
「ひぁっ・・・」
 触れた液体の冷たさに、椿の身体がびくりと震えた。そのまま腹部へと滴っていく冷たい感覚に、目を閉じて震えを繰り返す。筋を引いて流れた雫を逆から嘗め取れば、震えと喘ぎが強さを増した。飾り付けられた白を丁寧に嘗め取って、嘗め尽くせばまた飾り付け、安形は何度もそれを繰り返す。
「・・う・・あ・・・かい、ちょぉ・・・・」
 熱い吐息と共に名を呼ばれ、椿の太腿が安形の腰に摺り寄せられた。首に廻されていた手がぎゅっと安形の襟の後ろを掴み、快楽に閉じられていた琥珀が薄らと開いて涙ながらに訴える。
「散々、嫌がってたくせに」
 くすりと安形が笑みを零せば、椿の顔が泣きそうに歪んだ。言い訳の代わりにまた目を閉じて涙を零した瞳に軽く唇で触れて、安形は椿の下肢へと手を伸ばす。ベルトとボタンを外して中へと手を差し込むと、固くなったそこが触れた。弱く撫で上げただけでも敏感に反応を返すのを楽しみながら、安形は椿の耳元へと唇を寄せる。
「・・・どうされたい?」
「・・・・・・っ・・ぅ・・・・」
 安形のその言葉に、椿の咽から喘ぎとも嗚咽ともつかない声が上がった。安形のシャツを握り締める力が強まり、真っ赤に染まった顔を隠すように頭が安形の肩に押し付けられる。
――あ、オレの方が、無理。
 自分に縋り付いて声を殺してふるふると震える身体に、椿を焦らそうとした安形の方があっさりと音を上げた。椿の前に触れていた手を後ろへと廻し、下着ごとズボンを引き摺り降ろす。椿の脚の間に割り込ませていた身体を一旦離し、ズボンを膝まで引き下げた。
「佐助・・・しっかり掴まってて」
 椿の恥態に安形自身も息を荒げながら、そう囁くと、反射的に力の籠った腕を確認して椿の脚を胸へと折り曲げる。
「あっ・・・」
 安形は驚いて声を上げた椿の背中をカウンターに預け、片方の脚からズボンを引き抜いた。左手でズボンの絡んだままの脚を掴むと、再度身体と今度は右手もそこへと割り込ませた。
「あ・・あっ・・・」
 カウンターの上で大きく脚を開かれ、それを自覚した椿の顔が驚愕の表情から羞恥のそれへと変わっていく。その様に、安形は何かを我慢するように、眉を歪めて歯を食い縛った。
「・・・・・頼むから、これ以上オレ煽んないでくれ・・即突っ込みたくなる・・・」
「・・はっ・・うぅ・・・」
 安形の呟きに言葉を紡ぐ事も出来ず余計に顔を赤くしていく椿に、安形は勢い口付ける。焦る気持ちを抑え付けながら、改めて生クリームで濡らした指先で椿の後ろへ触れた。
「んっ・・・」
 目を閉じて椿の表情を見ないようにしても、指の侵入に合わせた唇から洩れる喘ぎが理性を削る。それでも焦りに指の動きが乱暴になるのを押し留め、ゆっくりと沈めて労わるように動かした。指に触れる内側の感触に記憶が刺激され、焦りがそのまま鼓動の速さへと変わる。
「ふぁ・・んっ、あっ・・・・」
 息苦しさに唇を離せば、間近で熱の籠る息が触れた。代わりに眉間に口付ければ、鼻先に触れた髪が香る。耐え切れずに二本目の指を潜り込ませると、椿の脚が軽く震えて誘うように開かれた。
「もう・・ホント、お前ぇは・・・・」
 抑える焦りとは裏腹に安形を誘い続ける椿に、腹いせ染みたキスを降らせる。瞼や耳に安形の唇が触れる度繰り返される喘ぎと震えに、逆に安形の方が追い詰められていた。
「・・あ・・・も・・あが・・た、さ・・・」
 椿の震える指が強くシャツ越しに皮膚を掻くのと同時に、安形の耳にいつもと違う呼び名が飛び込んでくる。それを意識するよりも前に、安形の顎に柔らかな熱が触れた。間近に迫った椿の顔に、その正体が唇だと知る。
「・・・・・・っ!!」
「あっ!」
 抑え付けていた理性が弾け飛び、安形の指が乱暴に引き抜かれた。その感覚に声を上げた椿に構う事も出来ず、安形は椿の片脚を肩に掛けるようにして身体を抱き寄せる。自分が触れている肌が何処かも分からないままに口付けながら、余裕無く自身を取り出して指で触れていた部分に宛がった。
「あっ・・ああっ・・・」
 仰け反って声を上げる椿の姿を意識の片隅で捉えながら、突き上げてくる欲望のままに身体を動かす。締め付ける内部に何度も自身を突き上げれば、椿の腕がまたきつく安形に縋り、悦を帯びた淫らな声が耳に木魂した。それに突き動かされて放り出されたままの脚を掴み、更に激しく腰を動かす。
「あっ・・やっ・・あっ、んん・・・」
 響く喘ぎが大きく、間隔も短く変わっていく。呼応するように安形自身を締め上げる内壁を割り開いて、安形は最奥までそれを突き入れた。
「はっ・・・あっ、あああっ!!」
 震えながら声を上げ、椿が涙を散らしながら絶頂を迎える。欲を吐き出しながら震え締め付ける内側に、安形も堪え切れずに自身を解放した。なおも安形自身を締め上げる感覚に荒く息をついて漸く、安形は自分が呼吸すら忘れ掛けていた事に気付く。自分の余裕の無さを自覚した安形の脚から力が抜け、安形は椿を抱き締めたまま床にずるりとへたり込んだ。
「・・・っ・・ぁ・・」
「悪ぃ・・・」
 繋がったままに動いた事で、椿の口から小さな声が漏れる。状況を思い出した安形が呟きながら自身を抜き出そうと動いた瞬間、それを制止するように椿の手の力が強まった。
「え・・・?」
「・・うご・・かさ、な・・・っ・・・」
 小刻みに震えながら、椿の口から途切れ途切れの言葉が漏れる。安形の目の端に映った姿は瞳を涙で濡らし、未だ続く快楽を耐えるように歯を食い縛っていた。その表情と所々濡れたシャツから覗く淡い色の湿った肌に、安形の中で一度収まっていた欲が再び熱を持ち始める。
「・・・・・佐介」
「ひっ、ああっ!」
 名前だけを呼んで、安形は椿の首筋に謝罪染みた口付けを施した。その感覚に激しく声が上がったのを切欠に、安形の身体がまた動き始める。
「やっ・・やめっ、ああっ!」
 激しい行為に敏感になっている内壁を強く擦られ、椿の唇から悲鳴に近い喘ぎが迸った。それに耳を貸す事も出来ない安形の首から椿の腕が外れ、背中へと動く。
「いやっ・・だ、めっ・・・あがたさっ・・・やっあぁ・・・っ!」
 強い快楽に振り回されて、椿の爪が安形の背に食い込んだ。何度もそこを掻き毟りながらかぶりを振る椿の琥珀から幾筋も涙が零れ落ちれば、安形の眉が軽く歪んで瞳に罪悪感が溢れる。それでも止まれない欲望に謝る代わりに痛みを享受して、安形は流れる涙に舌を這わせた。
「んぁっ、だめっ、だめっ!」
 そんな小さな刺激にも反応し、背中に何度も爪が立てられる。せめて早く終わらせようと動きを速めると、安形の腹に固くなった椿の下肢が当たった。
「あああっ!」
 先端が安形の肌で擦られるのと同時に、熱い体液がそこから吐き出される。背中に当たっていた爪が音を立てて皮膚を裂く感覚を何処か遠くで感じながら、気が付けば安形はびくびくと痙攣している椿の内側に二度目の欲を吐き出していた。息をつくよりも前に再度の失態を犯さないよう椿から抜き出した自身が、後孔と脚の付け根に白濁した液を散らす。申し訳程度に腰に絡んでいるエプロンから覗くそれにまた熱を刺激され、慌てて安形は目を逸らした。
――やべぇ・・・
 耳元近くで響き始めた嗚咽に、安形は口元を歪める。苦笑とも悔恨とも付かない表情で、そっと椿に声を掛けた。
「椿・・・その、大丈夫、か?」
「・・・・・いじゃ・・・・で・・・」
 嗚咽混じりのくぐもった声に、安形は耳をそばだてる。
「・・・動けま・・せ・・・」
 確かに椿の腕は安形の首に廻されていたが力が入っておらず、身体もただ安形の胸に預けられているだけだった。昼間からの行為の果てに動けなくなった事で、羞恥から椿は耳まで赤く染まっている。それを見て、安形は困ったように人差指で頬を掻いた。
 とは言え、ずっとこのままでは風邪を引かせ兼ねないと、安形は意を決して椿の脚に手を掛ける。
「・・・っ・・ひっ・・」
 安形が触れた事で椿は泣き声に近い声を上げるが、構わず安形は椿の脚を揃えると膝の裏に腕を差し込んだ。背中にも腕を添えて支えると、よっ、と小さく声を上げて安形は立ち上がる。
「・・・取り敢えず、風呂に行こうな」
「あ・・・うあぁ・・・・・」
 安形に抱き上げられた格好が俗に言うお姫様抱っこである事に、椿は情けなさから声にならない呻きを上げた。けれど、抵抗らしい抵抗も出来ず、椿は羞恥を隠すように安形の肩口に顔を埋める。
――風呂場では持ってくれよ、オレの理性!!
 自分の顎辺りを擽る髪に目眩を覚えながら、安形はなけなしの理性に必死に語り掛けるのだった。

2012/04/28 UP
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