Outcome

★注意!★
いわゆる、死にネタです。
嫌悪感のある方は、ご注意下さい!!
大丈夫でしたら、スクロールして下さい。


























 一年の内に交通事故で死ぬ確立は約0.0038%。限りなく0に近く、日常から忘れ去られるに相応しい数字。けれど交通事故に限らなければ、0.0094%。更に生きてきた年数を計算に入れれば、また上がっていく。そうして死の確立を考えていけば、気が付いてしまう。

   人がいずれ死ぬ確立は、100%、だと。

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 のんびりと過ごしていた安形の部屋の中で、シンプルな着信音が響き始める。何かと思って安形が顔を上げると、音源は遊びに来ていた椿の携帯だった。椿は慌ててそれを手にすると画面を見て一瞬顔をしかめる。
「すみません、ちょっといいですか?」
 律儀に一言言って、椿は安形に視線を送ってきた。
「別にいいぜ」
 相変わらず育ちが良いな、と思いながら、安形は頷く。そのまま気の無い素振りを見せながらも、画面を見た椿の表情が気になり、自然と安形は聞き耳を立ててしまった。
「もしもし・・・」
 憮然としながらも遠慮して小声で話し始めた椿の顔色が、途中から変わっていく。
「すまないが、それはどう言う・・意味・・・」
 笑顔が強張ったような表情で、椿がぽつりと言った。微かに携帯を持つ指先が震えているのを認め、安形は持っていた本を床に置く。
「だからっ、言っている意味が分からないと・・・!」
 怒鳴り声に近い言葉に、安形は椿へと身体を近付けると、テーブルの一点を睨み付けている椿の手から携帯を抜き取った。汗に湿った手から、それはあっさりと安形の手へと移動する。表示されている通話相手に少しだけ安堵し、同時に緊張しながら安形は携帯を耳に宛てた。
「おヒメちゃんか。安形だけど」
『安形はんか! ・・・椿、大丈夫か?』
「あんま大丈夫そうじゃなかったから、代わった。何があった?」
 言いながら、嫌な予感しか覚えられない。椿と鬼塚、共通する人物を考えれば。
『あんな・・・その・・・・・ボッスンが、』
 予想通りの人物の名に、一瞬眩暈を覚える。酷く動揺している鬼塚の様子を考えれば、良い知らせとは到底思えない。それを肯定するように、最悪の言葉が聞こえてきた。
『事故に遭うて・・・その・・・とにかく、病院にって・・・・・』
「分かった。病院の場所と容態、教えろ」
『病院は椿ん家・・・で、容態は・・・その、アタシ・・・よう分からん・・・』
「・・・・・・すぐ行くから」
 安形は電話を切ると立ち上がり、掛けてあったパーカーを乱暴に手に取る。それでも座り込んだままの椿の腕を取ると、無理矢理立ち上がらせた。
「椿っ!」
 叱咤するように名前を呼ばれ、びくりと椿は震える。そのまま安形を見上げた顔が、段々と歪んでいった。
「あ・・あがたさ・・・」
「今は出来る事しよう。まずは、病院だ」
 安形の言葉に、椿は辛うじて頷く。よし、と安形も頷くと、椿の手を引いて外へと飛び出した。

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 病院に辿り着く寸前、安形はまた鬼塚に電話を入れた。病院内の何処に向かえば良いかと容態の再確認。病室の部屋番号は分かったが、容態は相変わらず『分からない』。棒読みに近い声が、余計に安形の不安を煽った。
 タクシーが病院に着くや否や、安形は釣銭も受け取らず椿を抱えるようにして病室まで走る。その間も椿は漠然とした不安に顔を歪めたまま、胸をきつく掴んでいた。
「・・・ここだ」
 響いた声にビクッと腕の中の身体が震える。しかし、椿は次の瞬間、安形の腕を振り解き、ドアに飛び付いてそこを開いた。
「・・・・・・っ!!」
 声を上げる事も出来ず、椿は一歩後退る。その背中を受け止めた安形の視界にも、病室の様子が映り込んだ。最初に目に飛び込んだのは、電話を掛けてきた鬼塚。病室のイスに座っていた彼女は、安形と目が合うと気不味そうに俯いた。その横に立っていた笛吹は元々俯いていて、その肩は微かに震えている。
「あ・・・・」
「椿!!」
 小さく声を上げて、椿の身体が崩れ落ちた。それを必死に片手で支えながら、安形自身ももう片方の手をドア枠へと着いて自らを支える。その所為で下げられた視界の中、ベッドの上の人間の顔に被せられた白い布が嫌にハッキリと突き刺さった。
――誰だって死ぬけどよ・・・
 腕に縋りながら、椿が救いを求めて安形を見詰める。それに応えて椿を支える腕に力を込めながらも、安形もまた我知らず顔を歪めていた。
――お前ぇはまだ先だろぉ・・・っ!!
「あ・・ぅ・・・」
 椿は言葉所か呼吸の仕方すら忘れたように、意味の分からない声を出しながら、ただ安形の腕に爪を立てる。安形は何を言えば良いのかも分からず、ひたすら椿を支えながらその肩に頭を預けた。
「・・・・っきし!」
 唐突に耳に飛び込んできた奇妙な音に、安形は思わず顔を上げる。目を丸くしながら椿を見れば、同じように驚いた表情で見詰め返された。二人してゆっくりと視線をベッドに向ければ、白い布が少しずれて藤崎の頬が見えている。そこは少し、冷や汗を掻いていた。
「・・・・・死人はくしゃみしねぇなぁ」
 ドア枠に掛けた腕に頭を押し付け、安形は怒りに声を震わせながらそう告げる。
「やから、アタシこんなん止めよ言うてん」
 鬼塚の言葉に漸く事態を把握した椿は二、三、口をぱくぱくと動かした後、ギッと藤崎を睨み付けた。先程の動揺が嘘のように確りとした足取りでベッドに近付くと、おもむろに藤崎の胸倉を掴み上げる。
「ギャー! ちょっとした冗談!! だって今日、エイプリルフールだし!」
 歯を剥き出しにする程、怒って顔を真っ赤にしている椿に、藤崎は必死で言い訳を重ねた。しかし、椿は無言で拳を振り上げる。
「事故に遭ったのは本当だし! 言い出しっぺはスイッチだし!」
「自分で車道近くに飛び出して通りがかった車のミラーに服引っ掛けられた挙句、転んで捻挫しただけやん。しかもスイッチは『今日はエイプリルフールだな』言うただけで、ノリノリでシナリオ考えたん、アンタやんか」
「余計な事言うなよ、ヒメコ! 出来心! 出来心だからっ! って、うわぁーっ!!」
 鬼塚とやりあっている内に椿の拳が向かって来た事で、藤崎は悲鳴を上げて目を閉じた。鈍く軋んだ音が響き、けれど中々痛みが訪れず、藤崎は恐る恐る目を開く。見れば、椿の拳は藤崎自身でなく、藤崎の居るベッドへと叩き付けられていた。ホッと安堵の息をついた藤崎の目の前で、項垂れるように顔を伏せた椿の顔からシーツの上にパタパタと雫が落ちる。
「え・・・あ、あの・・・・」
「藤崎!!」
 流石にぎょっとしておろおろとし始めた藤崎の言葉を遮り、椿は俯いたまま怒鳴り声を上げた。
「貴様がどう思っているのか知らないが、ボクにとって貴様は兄なんだっ!」
 再度、拳をベッドに叩きつける音が響く。静まり返った病室の中で、椿の声だけが鮮明に響いた。
「唯一の血縁なんだっ・・・悪ふざけにも・・ほどっ・・がっ・・・・」
 その間も零れ続ける涙と震え始めた声に、安形は嘆息して着ていたパーカーを脱ぐ。椿の側に近寄ると頭からパーカーを被せ、その上から乱暴に頭を撫でた。
「藤崎、言う事あるだろ」
 安形にギロリと睨み付けられ、一瞬藤崎が怯む。けれど、跋が悪そうに頭を掻いた後、藤崎は頭を下げてぼそぼそとした声で椿に告げた。
「悪かったよ・・・こんなのは、今日限りにする」
 返事の代わりに嗚咽が聞こえ始め、安形はまた椿の頭を撫でる。耳元辺りに唇を寄せ、顔洗ってこよう、と囁くと、パーカーに隠れた頭がこくりと小さく縦に揺れた。

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 人気の無い洗面所を選び、そこに入って漸く、椿の涙は止まった。気恥ずかしさから椿はパーカーを被ったまま顔を洗ってしまい、その端が濡れる。
「あ・・・すみません。洗って返します・・・・・」
「そんなら、ついでにそれで顔も拭いちまえ」
 安形の言葉に、ありがとうございます、と微かな声が返った。その後少し間を置いて、大層なため息が漏れる。
「その・・・血が繋がっているから、仲良くしようと思った事も無ければ、特にどうと思ってもいないつもりでした」
 調子を少し取り戻した椿が、淡々と安形に思いを告げていく。拳の甲でゴシゴシと軽く目を拭っている辺り、まだ完全では無いのだろうけれども。
「なのに、死んだと思った瞬間、足が竦んで・・・まともに立ってられなくなって。それが嘘だと思ったら、今度は凄く腹が立って・・・でも、安心して、そしたら・・・涙が止まらなくなってました」
 そしてまた深いため息をついた椿の頭を、安形が今度は両手で撫で始めた。驚いた椿を後ろから抱き締めて、肩へと頭を預ける。
「まぁ、何だ。悪趣味だったけど、それが解るってのは悪くは無ぇな」
 優しく響いた声に、椿の目から止まっていたはずの涙が零れ始めた。
「ありがとう、ございます・・・」
 震える指で安形の腕を掴み、流れるままに涙を流して何度も同じ言葉を繰り返す。耳に心地良い言葉を足るだけ聞き占めると、安形は愛しげに椿の頬に自分のそれを擦り当てて、そっとまた囁いた。
「お前ぇ、落ち着いたら手ぇ見て貰え」
 ベッドに叩き付けた拳を労わって、安形はそう言う。あれだけ渾身の力で叩き付けたのだから、痛んでいてもおかしくはない。それに反論を言い掛けた椿の唇を指で軽く塞ぎ、安形はその顔を覗き込んだ。
「オレはちょっくら、藤崎にタクシー代貰って来っからよ」
 椿から身体を離し、安心させるようにぽんぽんと優しく頭を叩く。パーカーから目だけを覗かせている椿は、軽く顔を赤らめて小さく頷いた。
――さぁて、と。
 一度辿った道のりを逆に辿りながら、安形は右手を自分の左手のひらに軽く叩き付ける。目的の病室のドアを開けると、中に居た三人が一斉に安形を見た。
「今回の首謀者はどっち? 眼鏡? 藤崎?」
 笑顔の安形に、藤崎が怯えて身を引く。何やら言い訳をまた口にしようとした藤崎より先に、笛吹がパソコンのキーを叩いた。
『オレは確かにエイプリルフールだとは言ったが、ここまでしようとするとは思わなかった』
「止めれたって気もすっけど?」
『馬鹿な事を言い出した時点で、一度痛い目を見て身をもって知ればいいと考えただけだ』
「そんなん思とったんか、スイッチ。アタシが何べんも止めよって言うても聞かん思おたら・・・」
 表情を変えない笛吹に、ため息を吐く鬼塚。その二人を見て、安形はふっと小さく笑う。
「椿の心配して止めようとしてたおヒメちゃんに、内容の馬鹿さ加減に実は怒ってた眼鏡と。そう言う事ったな」
 安形は歩を進め、ベッドの脇まで来ると藤崎に視線を向けた。顔は笑ってはいたが、明らかに怒っている。
「藤崎、財布出せ」
 低音を効かせた声に、びくりと震えて藤崎は鬼塚に抱き付いた。その横で笛吹が、藤崎の鞄から勝手に財布を出して安形に渡す。
「あーーーっ!」
 叫んだ藤崎には目もくれず、安形はそこから一万札を一枚抜き出した。
「タクシー代、貰っとくから」
「そんな掛からねーだろ!」
「急ぎ過ぎて釣貰ってねぇんだ。ついでに細かいのが無かった。それと」
 淡々と告げて安形は札をポケットに捻じ込み、ポンッと藤崎の肩を叩く。
「エイプリルフールの嘘は、午前中だけ有効らしいぞ」
 本日最大級の笑顔で、安形は藤崎に笑い掛けた。当然、目が全く笑っていない。
「嘘が本当にならないといいなぁ、藤崎ぃ・・・」
 それだけ言い残して、安形は三人に背を向けた。立ち去っていく足音が響く中、藤崎は完全に凍り付いている。
「ヒメ姉さま、今夜泊まってって・・・」
「出来るかいな、アホ。自業自得や。一人で震えとけ」
 直後、病院内に響き渡った叫び声に満足を覚えながら、安形は椿の元へと足を進めた。多分今日一日は椿を慰める事に時間を使う事になるのを、苦笑して思いながらも今日側に居れた事には、やはり満足をしながら。

2012/04/01 UP
因みに、注意書きの『死にネタ』自体もエイプリルフールです☆ 深夜の嘘になりましたが、そこらへんはご容赦を^^;

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