夜明け前まで

 師も走ると言われる師走も今日で終わる。そんな一年最後の一日に、裏木戸を叩く音が響いた。まだ日は暮れてはいないが、それでも一日は終わりに差し掛かっている。
――こんな日に、誰が・・・?
 不思議に思いながら椿が木戸を開ければ、そこには思い掛けない人物が立っていた。
「つーばーきぃー」
「安形さん、どうしたんですか?!」
 情けない声を上げる安形を見て、椿は思わず声を上げる。心成し顔色も悪い安形を見て、椿は木戸を潜って側に寄ると俯く安形の前髪を掻き上げた。そこから覗いた安形の目の下には薄らと隈が出来ており、余り眠っていない事を伝える。
「何か、あったんですか?」
「やっと、ツケ払い終わった・・・眠い。寝させて・・・・・・」
 心配そうに問い掛けた言葉への返答は、声音同様情けない言葉だった。一瞬、椿の思考が一時停止する。
「何やってるんですか、貴方はーっ!」
「痛ぇーっ!」
 体調が悪いのかと心配し掛けていただけに、椿は思い余ってそのまま安形の顔を叩いた。容赦無い攻撃に、安形は頬を押さえて痛みを訴える。
「そう言う事はもっと早くに終わらせるものだと・・・」
「大掃除終わって、金作って、やっとさっき全部のツケ払い終わったんだよ。冗談抜きで寝てねぇんだ」
 そのままふらふらと椿の肩に頭を乗せる安形を見て、椿は少しの間を置いてため息を漏らした。
「離れに布団用意します」
 根負けした様に椿が言うと、安形は顔を上げて笑みを浮かべる。目が合った瞬間、椿の頬に朱が差したが、すぐに椿は安形に背を向けた。そのまま早足で去っていく椿を、慌てて安形は追い駆ける。何度か通った事のある離れに安形が足を踏み入れれば、部屋の中では椿がテキパキと布団を敷き終わった所だった。
「・・・どうぞ」
「おぅ、ありがてぇ」
 目を伏せて小声でそう言った椿に礼を言いながら、安形は擦れ違いざまに頭を撫でる。瞬間、ふわりと舞った羽織から香った自分と違う匂いに、椿は頬を染めて俯いた。忙しさに紛らわされて、お互いに顔すら合わせていなかった事が思い出され、自然に胸元を握り締める。皺を作る羽織越しに自分の胸の音が響いてきそうで、椿はゆっくりと目を閉じた。
「あの・・・安形さん・・・」
 何をどう言えばいいのか分からず、ただ名前だけを呼んでみる。応えは何も無く、椿は少し深めに息を吸って、思い切って振り返ってみた。
「・・・・・・・・・」
 目に飛び込んできた光景に、椿は呆気に取られて口を開いたまま言葉を失う。布団に飛び込んだ直後に眠りに落ちたらしく、安形は着の身着のままに豪快な寝息を立てていた。
「帯刀したままですよ!」
 布団も半ばにしか掛けてない安形に一言叫んでみたが、小さな唸り声一つの返事だけして、安形はまた眠りに戻っていく。ぶつぶつと文句を言いながらも、椿は安形の腰から脇差と刀を外した。
「・・・何しに来たんですか」
 期待していた訳では無いと思いながらも、ずっと会えずにいた後の再会がこんなにあっさりと幕を閉じられれば、恨み言の一つも言いたくはなる。不満げな表情を浮かべながらも安形の肩口まで布団を掛け直せば、再び香る安形の匂いに胸の奥を擽られた。思い切って安形の顔に自分のそれを近付けてみたが、余りに整った寝息に勢いを削がれてしまい、結局、椿はそのまま立ち上がる。
「適当な時刻に起こしに来よう・・・」
 少しばかり火照った頬を手の甲で冷やしながら、椿は小さく呟いて襖に手を掛けた。それでも未練からか、敷居手前で声が聞こえた気がして振り返ってしまう。だがやはり、そこには目を閉じたままの安形の姿しかなかった。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 椿が内々の事を終えて自由の身になったのは、日も落ち切りなお時が経ち、月も高く上がる真夜中。そこで漸く安形をそのままにしていた事に思い至り、椿は慌てて離れへと向かった。
「安形さんっ」
 勢い良く襖を開け放った椿の唇から、白い息が漏れる。息を整えながら目にした光景に、椿は次の瞬間、ぐったりと柱に寄り掛かってしまった。そこではまだ、安形が最初と変わらない格好で寝息を立てている。
「と、年の瀬の・・・しかも大晦日に、人の家でここまで寝られますか・・・」
 起こす事も含めて安形はここに来たのだろうと思ってはいたが、これだけ熟睡されていると、どうしても呆れの言葉が漏れた。
「・・・安形さん」
 疲れているのか呼び掛けにも答えない様子を見れば、起こすのも躊躇われる。けれど後の予定があってなら、起こさない訳にもいかない。仕方無しに決意をして、椿は安形の肩を揺さぶった。
「んんー・・・」
「もぉ、この人はー・・・安形さん、安形さんっ!」
 小さな唸り声を響かせただけで全く起きる気配が無い安形に、今度は大声で名前を呼んで更に強く肩を揺する。瞬間、嫌がる様に安形が動いた所為で肌蹴た合わせに、椿は言葉を詰まらせた。見慣れる程に目にしていた肌が、逆に身体に熱を起こす。耳の奥にも響く程の心臓の音を抑える様に胸元を掴んで、椿は目をきつく閉じて俯いた。
――寝てるこの人の側で、独りでこんな気持ちになっても・・・
 酷い悔しさを覚えて、歯を食い縛る。嫌に目尻が熱くなって、必死にそれを堪えて声を絞り出した。
「お、きて、くださ・・・・・・っ!」
 暗闇の中で不意に頭の後ろを押さえられ、ぐいと引き寄せられる。驚いて開いた瞳の中、間近で安形と目が合った。それでも重ねられた唇と、驚きに軽く開かれた口の隙間から入り込んできた舌に、また椿は目を閉じる。角度を変えて幾度も施される口付けに、椿の息が上がり唇の隙間から声が漏れる頃、漸く安形は椿を解放した。目を閉じたままの椿の肩に、重みが掛かる。
「・・・・・・結局は、こうなんだなぁ」
 不満そうに響いた声に、椿は薄らと目を開けた。すぐ真横では安形が、口惜しそうに眉を歪めている。
「え・・・?」
「焦らしゃぁ、襲ってくるかと思ったが、こっちが根負けしちまったよ」
 そう言って、安形は椿の腕を取り、布団の上へと押し倒した。椿の前髪を軽く掻き上げると、そのまま指を動かして髪を結っていた紐を外す。
「本気でオレが寝る為だけに、ここに来たとでも思ってんのか?」
 言葉を失う椿の髪を指で梳きながら、安形は真顔で言った。
「寝たきゃ、家でゆっくり寝るさ。お前ぇの顔見に来たんだよ」
 まぁ、顔を見るだけで済ます気は無かったけどな、と呟いて、安形は一房、椿の髪を指に絡めて掴む。それを唇に引き寄せて口付けて、ふっと小さく笑った。その笑みに魅了された椿が、次の瞬間にそれを自覚して一瞬にして頬に朱が差す。月明かりに照らされるその表情をこれ以上見ない様に、目を逸らし顔を背けた。
「だったら、そう言ってくれれば・・・」
「言ったろうが」
 呆れた様にまた笑い、安形は指を解く。隙間から零れ落ちた髪を追う様に指を下し、椿の頬へ、そして首筋を辿った。びくりと、椿の身体が反応して震える。
「襲って欲しかったんだよ」
 安形の指先が襟の下へと伸びて、椿の胸元を乱していく。袴の紐を外す衣擦れの音を聞きながら、まるで気持ちを見透かされた気がして、椿は抵抗を示す様に安形の腕へと指を絡めた。
「そんな、こと・・・っ・・・ふ・・・」
 否定の言葉を口にし掛けた椿の首筋に、熱が降りる。冷えた身体に突き刺さる舌の熱さと、滑り胸元に動いた指先に声が凝った。細かく胸の飾りを刺激する指先と、袴の下の素肌を這う手のひらに、椿の唇から熱い吐息が漏れる。
「ったく」
 小さく響いた舌打ちの混じる声が、部屋を去る瞬間に聞こえた音だと気付いて椿は身体が熱くなった。
「・・・んっ・・・あの、とき・・・起き、て・・・あっ・・・」
 問い掛けには小さく漏れた笑い声だけが返されたが、それで十分だった。誘われ掛けて唇を寄せたあの時、眠っていたと思っていた安形が起きていた事を知り、羞恥に椿はきつく目を閉じた。
「あの時、襲ってくれっかと思ったんだけどよ」
「そんっ・・・っ・・・ふし、だらな、こっ・・・んんっ・・・」
「・・・・・・何処までも素直じゃねぇな、お前ぇは」
「ひっ・・・あっ・・・」
 太腿を撫でていた手を更に奥へと伸ばし、後ろから尻を掴む。柔らかさを楽しみながら強く揉めば、椿が身体を仰け反らせて喘いだ。安形は胸元を苛んでいた手を離し、開かれた脚の間へと移動させる。中心で既に軽く勃ち上がっているものを掴み、人差し指で先端を擦り上げた。
「ああっ、あっ・・・」
「言葉もこっち位ぇ、素直になれよ」
 袴の上からそこを強めに擦り、晒された腹に舌を這わせる。脇腹まで舌を動かして、そのままそこへと歯を立てると、椿が身を捩って身体を震わせた。乱暴な程に双方の手で刺激を与え、肌を吸い上げれば、椿は安形の肩を掴んで抵抗を試みる。けれど否定しても快楽には勝てず、ただただ追い込まれていった。
「・・・っあ、ああっ、んんっ!」
 びくん、と身体を弓なりに逸らし、袴越しに安形の手のひらに熱い体液が吐き出される。それを受け止めながらも更に先端に刺激を与え、安形は椿の上へと身体を重ねて顔を覗き込む。
「そろそろ、素直になるか?」
「・・・・・・・・・」
 細かく息をして瞳に涙を滲ませていた椿に、安形は問い掛けた。右手でまた萎えた椿自身を軽く擦り上げ、もう片方の手を秘部へと動かして小さな刺激だけを与えながら。
「・・・・・・夜明け」
 鳴り始めた鐘の音も、酷く遠く聞こえる程に、安形の言葉しか耳に入らない。そんな状況に、何処か諦めも椿の心に浮かんでいた。
「夜明け、には・・・家人と初詣に行くので、」
 弱い刺激に身体を震わせ続けながら、椿は微かな抵抗として、それでも言葉を選ぶ。
「それまででいいなら・・・貴方をください」
 羞恥に身体が熱を深め、それでも欲しがっているものを求めて、椿の腕が安形の首に絡む。唇が触れ合う瞬間、安形がため息に似た笑みを漏らした。
――これじゃ、
 閉じた瞳の端に涙を浮かべながらも、安形の唇を貪る姿を薄く開いた視界で捉えながら、安形は心の中で独りごちる。
――鐘に消される度に、煩悩が増えるじゃねぇか。
 求める様に素肌に摺り寄せられる椿の身体を、安形は強く抱き寄せた。月が消えて、夜明けを告げる瑠璃色に空が染まるまでの間、貪る為により深くに口を重ねて。

2011/01/04 UP
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