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 十一月の終わり、寒さも本格的になったある日、相変わらずに仕事もせずに半分寝ていた安形は、自分を呼ぶ声に顔を上げた。
「会長! もうみんな帰りましたよ」
 ぼんやりとしたままの安形の視界の中で、椿が怒り半分呆れ半分で安形を見ている。そのまま壁に掛けてある時計を眺めれば、針は中々にいい時刻を指していた。
「悪ぃ・・・オハヨ」
「おはようじゃありません! どうするんですか? ボクはもう帰りますよ」
 呑気な安形の物言いに返ってきた怒鳴り声を聞きながら、だが怒鳴られた当人は何処か嬉しげに微笑む。
「んー、オレも帰る」
 伸びをしながら欠伸を漏らす安形を見ていた椿が、不意に黙り込んだ。不思議に思った安形が表情を観察すれば、椿は少し顔を赤らめて変に緊張している。
――こりゃ、何か言いたい事でもあんな。
 椿の表情を読み解いた安形は、暫く間誤付いている椿の様子を楽しんでいたが、このままでは一時間でも二時間でもこの状況が続きそうで、現状を打開すべく立ち上がった。
「・・・何?」
 少し屈んで目線を合わせる。安形がにっと笑って見せれば、椿は気不味そうに目を伏せ、安形から視線を逸らした。
「そ、の・・・もうすぐ誕生日、ですよね?」
「あー、そうだったな」
 自分でも忘れていた事を指摘され、安形は軽く驚きの表情を浮かべ、そして微かに嬉しげに笑う。言葉を繋ぐ事に必死になっている椿はそれに気付かず、安形は一瞬目を閉じていつもの微笑みを浮かべた。
「それで?」
「た、誕生日には、何がいいかと・・・」
 思いまして、と言おうとした言葉は、椿の口の中に消えていく。そのたった一言を言う為に、椿がずっと悩んでいたのかと思うと、安形の口から小さな笑い声が漏れた。不満げに椿の眉が歪められる。
「悪ぃ悪ぃ、あんがとな」
 もう既に贈り物を貰った気分で、安形は思わずそんな台詞を口にした。そのまま椿の頭をくしゃくしゃに撫でれば、椿の顔が赤さを増す。
「その、質問に答えて下さい」
 そう言いながら、椿は安形の手を軽く振り払った。指先から離れた髪の感覚を残念に思いながら、安形は天井を仰いで少し考える。
「なら、椿が欲し・・・」
「言うと思いましたけどっ! そう言う曖昧なもので無くて、もっと具体的な物をお願いします」
 言い掛けた安形の言葉を遮って、椿は怒鳴り声に近い台詞を吐いた。ムッと口を横一文字に結び、けれど顔を赤らめたままに、責める様な眼差しで安形を見る。
「具体的、ねぇ・・・」
 考え込む振りで視線を落として、安形は視界の隅で椿の様子を窺った。最初の方こそ椿を揶揄う安形を責める視線を向けていたが、中々口を開かない安形に段々と椿の眉が下がっていく。心配そうな表情から怯えを経て、最終泣きそうな顔になった所で安形はここが限界と顔を上げた。
「じゃ、具体的には」
 言いながら椿の肩を掴むと耳元に唇を寄せ、思い付いた内容を小声で椿に伝える。瞬間、椿の顔が真っ赤に染まった。
「何を考えてるんですかーっ!!」
「おぐぅっ!」
 同時に飛んだ右拳を腹で受け止め、安形は低い呻き声を漏らす。
「信じられません! そんなっ・・・」
 そのまま、ぱくぱくと酸欠の金魚の様に唇だけを動かす椿に、安形は痛む腹を撫でながらも満足そうに笑った。
「じょーっだん、冗談。ま、お前ぇがくれる物なら、何でもいいから」
 一連のこの流れに満足しながら、安形は改めて椿に告げる。何でもと言われれば困る事は分かってはいたが、だからと言って今の所、特に欲しい物も無かった。
「当日のサプライズって事で、楽しみにしてるぜ」
 真っ赤になって考え込んでいる椿に、安形は笑ってそうとだけ言う。そして、それでこの話は終わるものだと思っていた。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 十二月五日、その日を安形は満面の笑みで迎えた。玄関のチャイムを押せば、数秒の時を置いて、ドアの隙間から椿が顔を覗かせる。安形の姿を認めると、頬を染めてドアを開けて招き入れるが、その顔は酷く緊張していて強張っていた。
「その・・・部屋に」
「ああ、うん」
 軽く返事をして椿の背中を追い駆けながら、安形は不思議に思う。誕生日の祝いに今日、椿が家にと誘ってきたのだが、そこまで緊張する程の事なのか。プレゼントを受け取って、その後はいつもの通り。そんなつもりではあったが、普段とそれ程変わらない土曜なのに、と。
「あの、これ。お誕生日、おめでとうございます」
 部屋に入ってすぐ、椿は机の上に置いていた包みを渡してきた。冷や汗すら掻いている様に、包みを受け取りながらも安形の中で余計に疑問が深くなる。
「おう、あんがと! 開けていいか?」
「・・・・・・・・・えっ、あ、はいっ!」
 安形の言葉も上の空なのか、慌てて椿は返事をした。気になりつつも、手にした包みの中身も確認したく、安形はそれを開ける。
「おー、デジタルフォトフレーム!」
「以前から、欲しがっていたと聞いたので・・・」
 喜ぶ安形の姿に安堵したのか、椿の緊張が少し解けた。単にプレゼントへの反応を心配していただけかと、安形も心の中でほっとする。
「分かった。椿の写真データ入れて、流しとく」
「やややややめて下さい! ご家族の写真を入れて下さいよ!!」
 慌てて安形に食ってかかった椿に、安形は声を上げて笑った。揶揄われたと気付いて、椿がムッとする。やっと本調子に戻ったかと安心しながら、安形は大切に包みを元に戻して手にしていた鞄にしまった。そんな安形をじっと、椿が見ている。視線を感じて安形が顔を向けると、最初と同じに緊張している椿の姿がそこにあった。
「・・・なぁ、調子悪ぃのか? 体調良くねぇなら、オレ帰るけど」
「大丈夫ですから、帰らないで下さいっ!」
 別段、日付に拘っていなかった安形のあっさりとした『帰る』に、椿が過剰に反応して安形に縋り付いてくる。予想外の椿の行動に安形は驚いたものの、そのまま胸の中で耳まで赤くなった恋人の姿が可愛く思え、思わず頬にちゅっとキスを落とした。
「ひぁぁぁっ! な、ななな、なに、なっ・・・」
 再度、過剰反応を示した椿は叫び声を上げ、ふらふらとそのまま後ろに下がると脚に当たったベッドへと腰掛ける様に座り込む。
「ホント、どうしたよ?」
 流石に心配になってしまった安形が問い掛けると、椿は言葉を詰まらせて横を向いてしまった。そのまま数秒、沈黙が流れる。
「・・・・・・その、会長」
 漸くぽつりと椿の唇から呟きが漏れた。
「こ、この間言った事は、本気、なのでしょうか?」
 自分の膝の上で拳を作り、椿が吐き出した言葉に安形の目が丸くなった。冗談で言ったあの日の言葉を、心で反芻する。

『椿が一人でしてるとこ、見たい』

「あのっ・・・ほ、本当にそうなら、その・・・・・・」
 椿もその台詞を思い出しているのか。続きが言えなくなり真っ赤になって俯いてしまった。安形は思考が停止した頭で、ふらりと誘われる様に椿に近付く。そうして椿の正面に膝を着くと、唐突に勢い良く椿の肩を掴んだ。
「して、くれんの・・・?」
「・・・・・・どうしても、と言うなら」
 小さく呟かれた言葉を安形の耳は逃さず、反射的に何度も頷く。
「見れんなら、凄ぇ、見てえ」
 あんな戯言を本気に受け取った挙句にまさか本当に実行してくれるとは、発言した癖に思ってもおらず、欲望に忠実に安形は素直にそう告げた。かなり真剣な眼差しをちらりと見て、椿は決意した様に分かりましたと頷く。
「えっと・・・その、普段は布団の中なんですが」
「そこは省いて! そうなっと、色々拷問だからなっ」
 安形が真顔でそう言うと、椿がまた小さく頷いた。おずおずと自分のズボンに手を掛ける椿の様子に、安形の中でまたむずむずと欲望が頭を擡げる。俯く椿の髪越しに唇で触れて、ベルトとジッパーの外されたズボンの後ろに手を掛けた。
「かいっ・・・」
「途中まで、手伝う」
 慌てて上がり掛けた言葉を遮って、今度は眉間へとキスを落とす。続けて、と囁いて、椿の下肢から衣服を取り去った。降りしきる口付けと視線に、椿はきつく目を閉じたまま、自分の下肢へと指を這わせる。
「んっ・・・っ・・・・・・」
 触れるだけでなく、手のひらで包み込む様にして自身を擦り上げる椿の唇から、甘い吐息が漏れ始めた。見られているからなのか閉じたままの脚がもどかしく思え、安形は両手を合された膝の間に割り込ませて軽く開く。
「・・・やっ・・・ぁ・・・」
 拒否の言葉も、自ら動かす手で喘ぎに変わった。細かく息をしながら声を漏らす椿の晒された白い太腿が、熱を帯びて染まっていく。安形がその内側に手のひらで触れれば、びくりと震える素肌が汗ばんでいるのが感じられた。左手で片方の膝を支えたまま、右手のひらを外へと滑らせれば、ゆっくりと椿の脚が開いていく。徐々に晒される中心を、椿は懸命に擦り続けていた。
 本来なら誰にも見せられない行為に羞恥から背中を丸め、顔だけでも安形の視線から逃れようとする。そんな椿の脚に安形は、時折音を立ててキスをして舌を這わせた。段々と椿の息が荒くなり、艶を帯びた小さな喘ぎが何度も漏らされる。手のひらの中のものは既に先端から涙を漏らし、そこを伝って椿の手の動きを更に加速させていた。快楽に没頭し、椿の右手の指が自身の先端を撫で、更に欲を深めていく。安形は脈打つそこを自分のでなく、椿の白い手が追い込んでいく様を、息を飲んでみていた。
「・・・ふっ・・・あっ・・・」
 限界が近い事が、上げられる声からも視界の中の椿自身からも見て取れる。安形は椿の脚に何度も口付けて、白い肌を吸い上げながら、その瞬間を待った。
「あっ・・・もぉ・・・・・・っ・・・あが、た、さぁんっ!」
 ビクンッと身体を震わせて、椿の手のひらに白い体液が勢い良く吐き出される。同時に一際大きく上がった声に、安形の目が見開かれた。驚きに安形が脚から顔を上げてマジマジと椿を見れば、当人は絶頂の余韻で荒く息を吐きながら目を閉じたまま天井を仰いでいる。それでも暫くすれば、動きの止まった安形にやっと気が付いた椿が、少し心配そうな顔で安形を見て口を開いた。
「・・・あ、の・・・これで、満足だった・・・ですか?」
 期待に応えられましたか、十分だったでしょうか。窺う様に問い掛けてくる琥珀に、安形は勢い椿を抱き締めた。
――満足所の話じゃねぇーっ! しかもコイツ、オレの名前呼んでイッた事、気付いてねぇし!!
 普段は会長としか呼ばれていないのに、この瞬間だけ名前で呼ばれた事に安形は真っ赤になって事実を噛み締める。
――何だっ! コイツ、普段一人でヤる時は、オレの事名前で呼んでんの?! 何だよっ、何でこんな生き物が生息してんの!
 あの、あの、と安形の腕の中で何度も呟く椿の頭を、安形はぐりぐりと乱暴に撫でた。
「好きだっ!」
 色々な感情と想いが安形の中で交錯して、唯一最大の言葉が口を突いて出る。ハイ、と小さな呟きが響き、椿の唇が戦慄いた。
「ボクも、好きです・・・」
 困った様な小さな声に、安形は抱き締める腕の力を強める。腕の中の身体が、体温を上げるのが触れる事で感じられた。
「佐介」
 名前を呼んで顔を覗き込めば、一瞬目を見開いて椿はそれを閉じる。きつく寄る眉が、先程の痴態への羞恥と分かっていて、安形は敢えてそれを誤認した。頬に手を寄せると椿の顔を上げ、唇を合わせる。
――今日が土曜で良かった!! 一回二回じゃ終わんねぇからなっ!
 深く何度も口付けながら、安形は心の中で椿にそう宣言した。

2011/12/06 UP
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