至福の贈り物

 榛葉すらも出て行ってしまった生徒会室で、安形は机の上に顎を乗せた状態で一人不貞腐れていた。
――そりゃ、ミチルの言う通りだろーけどよ。
 折れるべきが自分であるとの自覚はあるものの、それでも一言も何も言われていない状況を考えると、変な意地が頭を擡げてしまう。
「アイツがそんな性格じゃねぇってのは知ってるし、そんな場合でもなかったってのも分かってんだけどよー・・・」
 ぶつぶつと一人で呟いていた安形の目の前で、ガラリと勢い良くドアが開く。驚いて視線を向ければ、顔を赤くして息を上げた椿がそこに居た。
「つば・・・」
「失礼します!!」
 今更何故かそんな台詞を言って、椿は安形の側へと足音も荒く近付いてくる。そのまま驚いて身体を起こした安形の襟首を掴むと、顔を真っ赤にさせて口を開いた。
「あのっ・・・ボク、先週に誕生日でして・・・っ」
「あ、ああ・・・生徒会室で祝ったから、知ってっけど」
 待ちに待った言葉だったのだが、安形は椿の剣幕に圧され、普通に返答してしまう。安形の言葉を聞いているのかいないのか、椿は目をぐるぐるとさせたまま、至近距離まで顔を近付けた。それを安形は何処かぼんやりと、やっぱ睫毛長ぇな、と思う。
「その・・・だからっ・・・会長、」
「・・・・・・おう」
 生返事をしながら、安形は椿の顔を見詰めていた。今や本人は気付かない内に安形の膝に自分の片膝を乗せて、これから口にしようとしている台詞を落ち着いて言う為に少し間を置いて息を吸う。
――大丈夫だ、椿佐介! たった一言、会長にプレゼントをください、と言うだけっ・・・会長に、プレゼントを、と・・・・・・っ!
 改めて言うべき言葉を頭に思い描いただけで、椿は身体中の血が沸騰したかに感じた。落ち着こうとしていたはずの思考が、取り落したパズルの様にバラバラと崩れ始める。
「その、会長を、くださいっ!」
「・・・・・・・・・はい?」
 椿の動転っぷりに魅入っていた安形の耳に、信じられない言葉が響いた。一度右から左に駆け抜けた言葉を捕まえ、改めてその内容を噛み締める。
「椿、お前ぇ、今何言ったか分かってっか?」
「え・・・・・・?」
 何とか言い切って荒く息をついていた椿が、きょとんとした顔で安形を見た。仄かに染まっていた顔が、自分が口にした言葉を反芻し、瞬時に真っ赤にと染め上げられる。
「あっ・・・ち、違っ・・・まちがっ」
「そぉーか、オレは椿に全部くれてやってっと思ってたけど、まだ足んねぇんだ」
 にやにやと笑う安形の顔が椿に近付き、軽く唇が触れた。その行為にまた、椿の体温は上がり、頭に浮かんだ言葉がぽろぽろと唇から洩れる。
「ちがっ・・・そん、大それた事、ボクは・・・」
「何? いらねぇ?」
「・・・・・・うぅー・・・意地が悪い、です」
 質問に明確には答えずに項垂れた椿の頬に、安形は軽く唇で触れる。目を閉じてぴくりと反応した身体を、抱き寄せて胸で受け止めた。左手の指を髪に埋め、絡まる感覚を楽しみながら、耳元に唇を寄せる。
「ちゃんとは言ってなかったな。誕生日、おめでとう」
「・・・・・・ありがとう、ございます」
 触れるぎりぎりの位置で吐き出された言葉に、椿の身体が微かに震えた。期待している訳でも無いだろうに、瞳を潤ませて視線を安形に投げ掛ける。それを見ながら安形は右手をブレザーの下に滑り込ませると、シャツをズボンから引き抜いた。現れた隙間に手を差し込み、肌の上を滑らせる。
「くれてやるよ、オレの事、全部」
「会っ・・・っふ・・・・・・」
 何かを言い掛けた唇を、引き寄せて塞いだ。緊張に乾いた口腔に舌を差し込み、這わせると、椿が身体を震わせて甘い吐息を漏らす。その吐息すらも飲み込んで、柔らかく動く舌の裏を突けば、じわりと温かい唾液が口を濡らした。安形は薄く目を開けて口付けを受け止めている椿を見ながら、背中から脇へと指を滑らせ、脇から胸元へと手を這わせる。触れられる感覚に小刻みに身体を震わせる椿の身体を感じながら、胸元の飾りへと指を向かわせ、寸前で止めた。
「・・・?・・・・・・かい、ちょ・・・」
 舌を抜き出して微笑んだ安形に、椿は息を乱しながら不思議そうに安形を見る。熱を帯びた身体を無意識に摺り寄せ、手に触れていた安形のシャツを引く様に掴んだ。
「今日はオレがプレゼントなんだよな・・・勝手したら、駄目だろ?」
「あの・・・え・・・・・・?」
 言葉の意味が理解出来ず、椿の顔に困惑が浮かぶ。それを見て安形は、少し意地悪気に微笑んで見せた。
「何でもお前ぇの言う通りにすっから・・・言えよ」
「言・・・・・・なっ!」
 安形の意図を感じ取り、椿は大きく口を開いて驚きの声を上げる。見る見るうちに顔だけでなく全身を染め上げ、触れていたシャツをよりきつく握り締める。
「ななななな何、何を、言ってっててっ」
「んー、お前ぇのしたい事、何でも。あ、あれだ。普段オレのが入れてっけど、逆がいいなら逆で・・・」
「むむ、無茶苦茶言わないで下さい! 普段! 普段通りでいいですからっ!!」
 何度も椿は顔を横に振って、安形の突拍子も無い言葉を否定した。考えた事も無かった話に、思考がぐるぐると廻り始める。だが、そんな最中に響いた小さな忍び笑いに、椿の目にハッと光が戻った。揶揄われたと気付いて、むぅっと顔を歪ませる。
「・・・・・・何で笑ってるんですか」
「悪ぃ悪ぃ・・・あんま、動揺すっから。でも、本気だぜ?」
 拗ねた椿の機嫌を取る様に、安形は頬に手を添えた。柔らかな頬を軽く摘まんで、にっと笑う。
「入れんの、結構イイからよ。お前ぇが良くなんなら、オレは別に何でも」
 改めて言われた台詞に、椿は安形の視線と手から逃げる様に顔を逸らした。微かに顔を覗かせた嬉し気な表情を隠すため、椿は拳の甲で口元を覆う。そのまま、その、と小さく呟いた。
「・・・やっぱり、普段通りでいいです」
「普段? 普段ってどんなだっけ?」
 分かっていてまた続いた小さな含み笑いに、椿はやはり少しだけ拗ねて、そして観念する。初めから敵う相手でもなかったと諦め、それでも悔しさから顔を晒す事だけはしたくなくて、安形の肩に顔を埋めた。
「触れて、ください・・・」
「それだけじゃ、分かんねぇ」
「・・・・・・会長が、」
 更に続いた意地の悪いくせに優しい声音の問い掛けに、椿は目を閉じて安形の首筋で声を震わせる。
「ボクの事を好きだって分かる様に、触れて・・・・・・」
 小さくだが確かに聞こえた言葉に、安形の目が丸く見開かれた。ちらっと椿を盗み見て、自分の台詞の恥ずかしさから顔を伏せたままである事を確認し、安形は赤くなった自分の顔を見られなかった事に安堵する。調子を取り戻そうと天井を仰ぐものの、耳の奥にまだ木霊する椿の声に、それも中々上手くいかなかった。
「・・・・・・最強だな、お前ぇ」
 まだ顔を上げるなよ、と思いながら椿の頭に手を添える。手櫛で髪を梳く様にしながら、鳴り響く心臓を落ち着けた。
「確かに、普段通りだな」
 何とか少しだけ調子を取り戻し、安形は椿の耳元に唇を寄せる。囁く為で無く、そこに舌を這わせ、軽く食んだ。腕の中の身体が身悶え、肩口に熱を持った息が触れる。それでも何処か余裕が無いのか、シャツのボタンを外す事もせず、安形はその下で止まっていた手を目的の場所へと動かした。
「・・・っ・・・ん・・・・・・」
 指先に触れた突起を軽く突き、指の腹で押し潰す。椿の声を感じながら、安形は口内で外耳に舌を這わせ、髪の隙間から地肌を撫でた。言われた通り愛おしさを込めて、何度も繰り返し声を出さずに気持ちを告げる。
「ひぁっ・・・・・・」
 安形の唾液が耳を伝って中に流れ込んできた感覚に、椿が声を上げてびくんと跳ねた。唇を離れた耳の代わりに、仰け反って差し出された白い咽に、安形は吸い寄せられて口付ける。舌の上に感じる他者の肌の滑らかさに酔いしれて、軽く歯を立てて噛み付けば、椿は微かに震えて安形の顔の間近で熱い息を吐いた。そのまま右手に触れる粒を摘むと、声を上げて安形に深く擦り寄る。汗ばんで熱を帯びた身体と、安形の腹に当たる硬い感覚が、眩暈を誘った。
「椿・・・・・・」
 唇を肌から離し、囁けば、それにすら反応を示す。快楽から涙ぐんだ瞳に微笑み掛け、頭を撫でていた手も、もう片方のそれも離した。感じる体温が少なくなった事に、不安げに琥珀が揺らいだのを見て、安形は微かに苦笑する。両手で脇を支え、椿の身体を抱える様にすると、安形は勢いを付けて身体を反転させた。
「!!」
 放られる様に身体の位置を反転させられ、椿の目が驚きに見開かれる。そのまま生徒会長のイスに沈み込んだ椿を上から覗き込み、安形はゆっくり顔を近付けた。
「大丈夫・・・」
 囁けば、椿の目が瞬く。二度、三度、繰り返し、より近付いた安形の顔に、何処か安堵を示して、瞳が閉じられた。
「・・・離れねぇよ」
 その言葉を最後に、安形の唇が椿のそれに重なる。軽く触れて、すぐに離れ、けれどまた触れて。繰り返す度に深くなっていく口付けの合間、安形は時折目を薄く開いて椿を眺めた。きつく目を閉じ、必死に安形の唇を享受する表情を、切り取る様に瞼を落としては開く。幾度も息と舌を絡め合わせながら、安形は椿の下肢へと手を伸ばした。響いたベルトを外す音に、椿の眉が更に歪み、薄らと目が開かれる。その瞳に唇で触れて再度閉じさせながら、安形は椿のズボンの前を開いて隙間に手を差し込んだ。応じて腰を上げた下肢から下着ごと衣服を取り払って、今度は眉間に口付けて顔を離す。揺れた空気を感じてそっと瞳を開けた椿の視界の中で、安形の頭が下へと沈み込んでいった。
「会長っ・・・っ・・・!」
 先程まで自分の眉間に触れていたはずのものが、下肢を這った事に驚いて、椿の唇から制止染みた声が飛ぶ。慌てて椿は安形の頭に手を伸ばしたが、安形はそれを意にも介さず、片手で椿の脚を高く持ち上げると、その間にあるものに手を添えて舌を這わせ続けた。
「そんっ・・・な・・・と・・・・・・」
「好きなの分かる様に、だろ? お前ぇのなら、平気」
 そう言って、安形は舌先で先端を突付く。びくん、と椿は身体を仰け反らせ、小さく喘いだ。動く指先と湿った舌の感覚に、羞恥の奥から快楽が背筋を走る。腰が痺れる程の感覚に、椿が小さく頭を振った。
「か、いっ・・・ふっ・・・熱っ・・・」
 舌が這うその部分だけでなく、触れられた場所全てが熱を持って身体の芯を溶かす。その感覚に歯を食い縛った椿の目から、スッと涙が零れ落ちた。何度も震える身体と同じに身を震わせる椿自身を、安形が指と舌とで翻弄していく。固くなっていくそれに唾液を何度も絡ませて手の動きを速めると、食い縛った歯の下から押し殺した声が響いた。
「・・・んんぅ・・・も・・・いいで、す・・・かっ・・・・・・」
 ふるふると頭を振って、椿が強く安形の髪を掴む。唾液と混じって自身を濡らしていく体液を感じ、押し寄せる快楽の波を幾度も止めて制止の言葉を告げるが、熱に浮かされて声は言葉に成らずに喘ぎへと変わった。
「ひぁ、あっ・・・!」
 一つ波を乗り越えた椿のそこを、安形の口が飲み込む。敏感な部分を直接銜え込まれ、椿の口から一際大きな声が上がった。手が速さを増し、舌が形をなぞる様に裏を這う。また下半身を登る波を押し留め様とした瞬間、きつく吸われ先端部が安形の喉奥を突いた感覚に、椿の身体が強くしなった。走る快感のままに安形の口の中に欲を吐き出せば、続いてそれを飲み下す音が響く。行為に少し熱を奪われた身体がふるりと震え、羞恥と困惑を湛えた眼差しがそっと安形に向けられた。
「・・・なん・・・ここま・・・」
「何か・・・引いた?」
 荒いままの息の下から響いた言葉が何処か非難染みて聞こえ、安形の顔が苦笑を形作る。心配げに同じ高さに上げられたその表情を見て、椿は困った顔をすると、目を閉じて小さく左右に首を振った。そのまま軽く上向いて差し出された唇が、キスを強請る。今度は安形が当惑した表情を浮かべると何度か自分の唇を手の甲で擦り、椿の頬に手を添えた。軽く触れてすぐに離れた唇に、まるで苛立った様に椿の手が安形の首に絡み付く。自ら唇を近付けて重ね、薄く開いたそれを割って舌を滑り込ませた。貪る為でなく知らせる為に少しだけ舌を絡ませ、スルリと抜く。目の前で驚く安形に少し拗ねて魅せて、フイと視線を背けた。
「ボクは・・・分かる様に、と言いました」
 意図する所を鑑みて、安形は小さく唇に苦笑を刻む。今度は自分から顔を傾け、横を向いたままの椿の頬に軽くキスを落とした。薄く目を開けて、またすぐに閉じた顔が、改めて安形に向けられる。
「お気に召すまま、女王様」
「なっ・・・!」
 少しだけ笑いを含んだ安形の台詞に、椿の口から非難の声が上がり掛けた。しかしそれは触れてきた唇に吸い取られ、歯の間から侵入した舌に押し退けられる。
「・・・んっ・・・ぁ・・・・・・」
 深く絡まる舌と熱と水を帯びた息とを感じていた安形を、急かす様に椿の脚が背中に廻される。首に廻された腕も同様に、引き寄せて指先がシャツをきつく掴んだ。誘われて安形は、指先を下へと伸ばす。固さを取り戻しつつあるそこを軽く撫で上げて、流れる雫を指先に絡めると、更に奥へと指を這わせた。
 触れた瞬間、跳ねて離れた唇を捕まえて、また舌を触れさせる。押し進める指先に反応を示す身体に、ブレる唇を逃さない様にして、安形は口付けを重ねたままに指を動かした。
――望むなら、何度でも重ねる。
 奥に挿す指を増やして胸元の突起を空いた手で転がす。何度も外れ掛ける唇を、安形は執拗に追い駆けて触れ続けた。
――欲しいなら、全部、やる。
 声は出さず、音にはせず、ただ想いを心に刻みながら、指を動かす。背中に当たる脚が震え、息が荒さを増していくのを身体中で感じて、安形は指を引き抜いた。唇を相手に預けたままで、自分のズボンのベルトへと手を伸ばす。そこに押し込められた自身を取り出すと、両手で椿の脚を掴んで開き、身体をそこへと割り込ませた。
――何もしなくて、いい。望むだけで、いい。
「んっ・・・あ、ああっ・・・」
 指の代わりに触れたものを一瞬は拒絶したものの、そこはゆっくりとそれを飲み込み始める。喘ぎに開いた唇を嘗めて、息を継がせる為に舌先だけを触れさせながら、身体を進めた。そこを包む肉の熱さに飛びそうになる理性を、想いの丈でギリギリ押し留め、舌先に触れる振動を頼りに動く。
「・・・あっ・・・かいっ・・・かいちょぉ、もっと・・・触れ・・・んんっ・・・」
 熱く響いた望み通りに、脚を抱えたままで抱き締める様に腕を椿の身体に廻した。窮屈な格好になりながらも、椿の前は反応を強め、先端を安形の腹に擦り付ける。それに興奮を煽られて、安形の身体が激しく動き始めた。
「ああっ・・・んっ・・・ああっ・・・」
 涙を溢れさせる琥珀と、快楽の声の下から懸命に自らも伸ばされ触れてくる舌先に、安形の理性が希薄になっていく。ただ相手に触れる事だけを意識に残しながら、欲望に突き動かされ、安形の動きは激しさを増していった。
「か、いっ・・・ふっ・・・ああっ・・・もっ・・・あ、ああ、あっ!」
 名前を呼ばれ、椿が仰け反って喘いだ瞬間、安形の下肢が強く締め付けられる。腹部に放たれた熱い体液の感覚に後押しをされて、安形も留めていた欲望の楔を外し、招いた椿の内側に注ぎ込んだ。
「・・・ふぅ・・・ぅ・・・」
 安形の精液を飲み込んで震える身体を抱き締めて、流れた涙を舌で拭う。その感覚にまた震えた椿が、静かに瞼を落として唇を戦慄かせた。
「・・・よ、んで・・・くださ・・・」
 上手く呼吸出来ない咽を必死に動かし、椿は声を吐き出す。
「なま、え・・・よん・・・で・・・・・・」
「椿・・・」
 耳に直に触れて、安形は声を響かせた。微かに椿の首が否定の形に動いたのを感じて、安形は改めて唇を動かす。
「・・・佐介」
 そのまま幾度も繰り返す。ただ、名前だけを呼び続ける。
――望め、求めろ。それが、
「佐介・・・さすけ・・・・・・」

――オレの、至福なんだ・・・

 味わって噛み締めて、椿が満足するまで、安形は声を響かせ続けた。

2011/11/09 UP
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
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