本当の策士

 安形と二人取り残された生徒会室で、榛葉は酷く気不味い思いをしていた。枝毛を鋏で切りながらチラリと安形に視線を向ければ、安形は誰が見ても分かる程に不機嫌なオーラを醸し出している。
――金曜辺りから機嫌は悪かったけど、今日は最悪だな・・・
 女子二人は結託して帰ってしまい、空気を読めない椿はさっさと見回りに行ってしまった。結果、取り残された榛葉が一人、安形の被害に遭っている。
「安形・・・何でそんな不機嫌なの?」
 空気の重さに耐えかねて、とうとう榛葉はその言葉を口にした。安形はゆっくり顔を上げると、どんよりとした目のまま口だけ笑いながら榛葉を見る。
「別に? オレ、全然不機嫌じゃねぇし。別に何も無ぇし」
――何も無い訳ないじゃないかーっ! うわぁー、本当、面倒臭い、コイツ!!
 心の中で絶叫しつつ、榛葉はそれでも落ち着こうと鋏を置いてマグカップを手に取った。一口、紅茶を飲んで息を吐き、改めて安形に向かう。
「・・・・・・で、何があったの? 先週末」
 どう考えても原因は週末に在ったとしか考えられず、榛葉はストレートに切り込んだ。ザクッと効果音が聞こえてきそうな程ダメージを受けた安形が、榛葉から目を逸らす。
「・・・・・・・・・何も。なぁーんも、無かった」
「? 何も無かったって・・・・・・!!」
 言い回しが不自然に聞こえ、榛葉は一瞬首を捻ったが、すぐに意味合いを理解して驚愕の表情を浮かべた。
「せ、先週って・・・椿ちゃんの誕生日、在ったよね?」
「おう、在ったな。在ったみたいだな。オレはひとっことも、椿の口から誕生日だって聞いてねぇし、週末誘われてもいねぇけどなぁーーーっ!」
 泣き笑いの顔で絶叫した安形に、榛葉は呆れ顔で乾いた笑いを漏らす。つまり安形は椿の口から自分の誕生日であると告げられず、しかも他人の口からそれを聞き、勝手に一人で拗ねた挙句に自分からは週末に椿を誘う事もしなかったらしい。
「安形ぁー・・・普通、ここはお前が折れてちゃんとお祝いするのが筋だろ? 大体、オレ、椿ちゃんが生徒会に入る時、身上書渡したよね。誕生日も書いてあったはずだけど、当日に椿ちゃんの誕生日だって聞かされて凄く驚いてたよね? もしかして、読んで・・・ない?」
「紙切れ一つで人間が分かるかっ! これっぽっちも読んでねぇよ!!」
「全部、お前の責任じゃないかぁっ! あの身上書、結構作るの時間掛かったんだよ?!」
「知るか! どっちにしろ、オレは椿の口から『会長、ボク誕生日なんです。好きにして下さい』って聞きたかったんだよっ!!」
「椿ちゃんの性格上、そんなの有り得る訳無いだろーーーっ! 何処をどうやったら、そんなフラグが立つんだよ!!」
「ウルセェ! フラグ以上に大事なモンが勃ちっ放しで週末越えたオレの気持ちを考えろ!! 万が一にも椿の訪問ってイベント起きたらって右手封印したまま朝日を拝んだオレの気持ちを考えろぉーーーっ!」
「心底、考えたくないよ! どうして安形、そんな所だけ子供なの?!」
 二人して怒鳴り合い、ぜぃぜぃと息をつきながら、榛葉は何でこんな不毛な言い争いをしなければならないのか、ぐったりと疲れてしまった。安形はと言うと、自分の言葉によりダメージを受け、顔を覆ってしくしくと泣き始めている。
「・・・・・・付き合ってらんないから」
 大きなため息と共にそう漏らすと、榛葉は席を立った。気が重くなっている理由の半分が、これから自分が行おうとする行動である事が、生徒会室のドアに手を掛ける榛葉の口から再度の嘆息を漏らさせる。
――結局、安形に甘くなんだな、オレ。
 不機嫌さを軽く顔に出し、数歩廊下を歩いた所で、榛葉は運良く目的の人物を見つけた。苦笑気味に手を上げて、挨拶をする。
「椿ちゃん、ちょっと、こっち」
 目が合って軽く微笑んだ椿の肩を掴むと、榛葉は近くの人気の無い教室に椿を連れ込んだ。不思議そうな顔をしている椿に向き合い、ため息に似た息を吐く。
「・・・・・・椿ちゃん、先週誕生日だったよね」
「ええ・・・その、色々ありましたけど、その節はお祝いありがとうございました」
 律儀に礼を述べる椿に、これからの自分の行動に罪悪感を抱きつつも、榛葉は椿に次の台詞を言った。
「安形には『プレゼントください』って言わないの?」
「え・・・? ええぇーーーっ!!」
 最初は榛葉の言葉の意味が分からず、きょとんとしていた椿だったが、理解した次の瞬間に顔を真っ赤にしてしまう。
「むむむむむ無理です、出来ませんっ! そんなっ・・・会長にねだる様な真似は絶対、出来ませんっ!!」
 わたわたと動揺し、椿は身振り手振りを交えて榛葉に力説した。それを見た榛葉の顔に、疲れ切った笑顔が張り付く。
「・・・無駄にオレの前で可愛くする位なら、安形の前でしてあげてよ」
「かかか可愛くって、なな何ですかっ! そんな、ボクは・・・っ」
 急騰ボタンでも押されたかー、と榛葉がぼんやりと思っていると、目の前で真っ赤になった顔を覆いながら、椿がぽつりと呟きを漏らした。
「・・・欲しいものなんて、いつだって会長から、貰ってますから・・・・・・」
――うん、だからね? それをその顔で安形の前で言ってあげたら、アイツは全裸で校庭を走り回るほど、喜ぶんだよ?
 対椿モードに入っていた為、榛葉は何とかその言葉を飲み込む。けれども目の前の天然っぷりを見ていると、先程まで榛葉が感じていた罪悪感も吹き飛んでしまった。
「ね、椿ちゃん・・・・・・」
――結局、安形だけじゃなくて、椿ちゃんの天然にもオレは振り回されてるんだよな。
「・・・今のもう一回言って。ムービー撮って、安形に見せるから」
「ぎゃーーーっ! ややや、やめっ、しんばさっ、わぁーーーっ!!」
 既に携帯を構えた榛葉に、恥ずかしさからパニックを起こした椿が飛び掛る。榛葉から携帯を取り上げようと慌てて伸ばした手は、椿の思い通りには動かずに、けれど目標物にはきっちりとぶつかった。弾かれて、携帯が宙を舞う。
「すっ・・・すみません!!」
 床に携帯が叩き付けられた音を聞き、椿の顔が蒼褪めた。そんな椿の視線の中で、榛葉はゆっくりと携帯を拾う。手にした携帯は、見事に画面へ皹が走っていた。操作してみれば、内部の液晶も壊れたらしく、全くブラックアウトしたまま、携帯は沈黙している。
「・・・・・・・・・椿ちゃん」
「は、はいっ!!」
 榛葉の背中越しに見えた携帯に、椿が更に青くなっていると、背中を向けたままの榛葉がぼそりと声を上げた。
「責任、感じてる?」
「はいっ! ボクに出来る事なら、何でもしますからっ!」
 半泣きの椿に、だからそれは安形に言って、と思いつつ、おもむろに榛葉は口を開く。
「なら、安形に『誕生日プレゼントください』って言ってきて」
「そ、それと、これとはっ・・・はな、話がちがっ・・・」
「でも、事の発端はそれだよね? ムービーも撮れなくなったし、言ってくれるよ、ね?」
 駄目押しに振り返って笑顔を向けると、また赤くなった椿が酸欠の金魚の様にぱくぱくと口を動かしていた。ね?、ともう一度榛葉が言うと、椿は口を真一文字にした状態で悔しげに目を閉じる。
「分かりました! それが唯一の方法なら・・・っ」
 意を決して、椿は握り拳を作ってそう叫んだ。そのままの勢いで教室を出て行く椿の背中を見つつ、榛葉は満足そうに微笑む。
――このままパニくって安形の所まで行くと、天然スキルを発揮して安形の欲しがってる言葉言いそうだなぁ・・・
 暫くは生徒会室には近付けないだろう、と思いつつ、榛葉は手にしたままの携帯を眺めた。相変わらず、それは沈黙を続けている。
「液晶まで逝くって、計算外だったなぁ・・・・・・」
 修理代は安形に出させても罰は当たらないだろう。榛葉は心の中で、そんな風に独り言ちた。

2011/11/17 UP
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