安形さんの恋愛日記 3

 生徒会の仕事も一通りを終えて、一つ学年が上がった年。榛葉は新たにこの学園に訪れる新入生の受付係をしていた。自分の頃とは違う、色取り取りの服に華を付けていきながら、それに妙な擽ったさを覚える。
――安形もこう言うの見て、嬉しく思ってたりするのかな?
 自分の成果が形に成っているのをどう受け止めているのだろうと考えていた榛葉の携帯に、当の本人からのメールが入った。忙しいのに何してんだろ、とメールを開けて・・・・・・榛葉は絶句した。


Sub:産まれたての子鹿発見!

本文:
マジ、見せてぇ!
凄ぇ緊張して門くぐってくる奴いんなぁーとかって思ってたら、いきなりコケてんの! 緊張し過ぎて、何も無い所でコケる奴とか、オレ初めて見た!!
しゃーねぇなー、とか思いながら、大丈夫か?って手ぇ出したら、大丈夫です! 一人で立てます!! とかってww
え? 何アレ? 何なの?? 周りみんな敵なの? 何一人で気ぃ張ってんの???www とかってもう、心で大爆笑!!
今日、入学式だぜ? 別に誰も取って食ったりしねぇし!! 周りみぃーんな受験から開放されて、えっらい希望に満ち溢れた顔してんのに、何でアイツだけあんな何か決意したー、みたいな顔してんの?! 凄ぇ、がっちがち!
あんま、がちがちだから、ホント一人で立ち上がった後、しっかりやれよってケツ叩いてやったら、顔真っ赤にして、変な所触らないで下さいっ!、だと!! おいおい、ちょっとケツだぜ? ちょっと叩いただけで、フツーあそこまで赤くなるかぁ? 天然記念物もいいトコだろっwwww
あんま、面白過ぎてつい色々からかったら、ホントびっくりするぐれぇ顔真っ赤にして怒ってやんの! 反応し過ぎ!! むちゃくちゃ、からかい甲斐があるわー。
でもよー、からかってたら、何かちょっとぷるぷるしてんの。怒らせ過ぎたかー、とか思ってたんだけど、どーも違うみてぇでさ。ちょこちょこ見てたら、どーもコレ、武装つーか、強がってるっつーか。何、お前、不安なの? 実は新生活、結構不安なの?!って、また大爆笑っ! いやいやいやっ、先輩ら優しいし、先生らも結構いい人多いし!! ちょっと、そんなぷるぷるすんなよっ! ホント、産まれたての子鹿かよっ・・・・・・って思ったら、またからかっちまってた。最終、泣きそうな顔になってんでやんの!!
いや〜、いい一年が入ったわっ!!


「・・・・・・・・・・・・」
 無言で榛葉は携帯を閉じる。面倒を嫌う安形からのメールと言えば『電話していいか?』やら、『書いてる途中で面倒になったわ。明日学校で』やら、まともな長さのメールは少なくとも榛葉に届いた事は無い。なのに、今回のメールは通常の十倍はあろうかの長さになっており、しかも内容が特定の人物の事のみであるのも相俟って、榛葉は数十秒ほどメールの内容を理解出来なかった。
「春が・・・・・・」
 携帯を握り締めて感無量と言った表情を浮かべる榛葉に、隣に座っていた同じ生徒会の先輩が不思議そうな顔をする。
「ミチルくん、どうかし・・・」
「春が来ましたね!」
「うん、そうだけどね・・・何?!」
 満面の笑みを浮かべる榛葉に、隣の人物は少々たじろぎながら返答したが、榛葉は意にも介さずに現状の幸福を噛み締めた。
「あの安形が・・・」
「うん、安形くんが?」
「お前は心にもちゃんと付いてんのかって、言いたくなるような、安形が・・・」
「ん、今ちょっと、入学式に相応しく無い発言出なかった?」
「このままだと、一生○○で終わるんじゃないかと心配してた安形がですね!」
「ミチルくんっ、今、確実に入学式所か、学校に相応しく無い発言出たよ!!」
「どうも、新入生に一目惚れしたみたいなんですよ!!」
「ボクもそれは驚きだけど、普段のキャラから考えられない言葉連発しているミチルくんにも驚きだからっ!」
 全く相手の言葉など聞こえてない榛葉は、そのまま先輩の肩をがしっと掴み、泣くんじゃないのか、こいつ、と思う程の笑顔で言い放った。
「祝っていいですか!」
「いいけど、落ち着いてね!!」
 方向性的にも有り得ないテンションの上がりっぷりに、若干引き気味の先輩を置いてきぼりにしながらも、榛葉はこの目出度い日を心から祝う。どんな娘なのかな、可愛いのかな、とぶつぶつ榛葉が言っていると、その視界に影が差した。
「何してんの?」
「安形っ!」
 呆れ気味に響いた声に、榛葉がバッと顔を上げる。
「メール、読んだぞ!」
「あ、見たんだ。すっげぇ、一年だろっ! 本気でアイツいいわー」
「お前・・・とうとう・・・・・・」
 安形が自分から興味を持つ人物が現れた事に、何だか感無量で涙が出そうになり、榛葉は思わず自分の腕で目を覆った。きちんと相手を思い遣れば、今までみたいな変な恋愛もしないだろうと考え、榛葉はこれから裏で色々と糸を引こうと決心する。
「で、写メとか撮ってる? どんな娘?」
 取り敢えずは相手の顔を押さえ、上手く身元を突き止めて、あわよくば見事な再会を演出してやろうと目論んだ榛葉の口から、そんな質問が零れ出た。
――出会いは最悪だけど、シチュエーション次第でそんなのはどうにでもなる! 所か、逆手にとって好感度上げ易い位だ!!
「あるぜ。こんな奴」
 榛葉の心の叫びなどには気付かず、安形は笑いながら自分の携帯に画像を映し出す。ウキウキとしながら榛葉はそれを受け取り、画面を見て・・・・・・そっと携帯を持ったまま、すぐ近くの水道へと足を運んだ。
「ん? ミチルく・・・」
 無言で動く榛葉に掛けられた先輩の声を聞きながら、そのまま榛葉は手にしていた携帯を蛇口の下へと運び、
「うわぁーーーっ!」
 思い切り、ハンドルを捻った。自分の携帯が水没する様に、安形が絶叫する。
「何してんだよ、ミチルーっ!」
「男だーーーっ!! どっから、どぉーーー見ても、男じゃないかぁっ!!」
「え? オレ、女の子って一言でも言ったっけ?」
 きょとんとした顔で、訳が分かりません、と言った表情を浮かべる安形に苛立ちが増し、榛葉は水が滴る携帯を地面に叩き付けた。
「オレの心のウキウキを返せっ!」
「おまっ・・・本気で何言ってんのか、分かんねぇよ! オレの新機種ーっ! 何万したと思ってんだよ!!」
「やっとお前の恋愛を応援出来ると思ったオレの心より携帯が大事か! ふざけんなっ! もうお前一生○○でいろーーーっ!!」
「落ち着いてっ! 主にミチルくん、落ち着いて!!」
 晴れの入学式受付でまさかのとんでもない絶叫を響かせた榛葉を、慌てふためいて止めにかかった第三者に、漸く榛葉は少し落ち着きを取り戻す。何でこんな事になったの?、と至極当然な発言をするもう一人の被害者に、榛葉は事の成り行きを説明した。
「・・・・・・それは、確かに安形くんが女の子に一目惚れしたって思うね」
「でしょう?! オレはこれから安形の恋愛の相談に乗ったり、色々貯めに貯めたスキルを発揮して画策したりと出来るって・・・思って・・・・・・」
「ちょっと待てよ! お前ぇ、泣くほど?!」
 感極まって本気泣きをし出した榛葉に、安形がわたわたと慌て始める。何故か分からないままに、原因は自分であるらしいとは感じて、必死に慰めようとした。ただし、安形流で。
「その・・・男であるって一点を除けば、ほぼ一目惚れっぽい感じにはなってた訳だし。ちょっとテストでケアレスミスして、満点逃しただけってもんだろ?」
「恋愛って言う満点になれないってのが、重要かつ最大の問題なんだよ・・・っ!!」
 今までに積み重ねられた何かも含め、重くなった拳を、榛葉は安形の腹に叩き込む。間近で呻き声を聞きながら、榛葉は何故か、自分がこの後も酷く苦労しそうな予感を覚えていた。

2011/10/22 UP
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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