安形さんの恋愛日記 2

 安形が前の彼女と別れてから一月後、榛葉は驚きの言葉を安形から聞いた。
「また・・・彼女が出来たって、聞こえたけど」
「あ、うん。そう言ったけどよ?」
 きょとんとしている安形に、榛葉は首を傾げる。例の事件は素早く校内を駆け巡り、榛葉の耳に再度飛び込んできた時には、尾鰭所か背鰭と足鰭が付いて、何故か安形が聞くに堪えない酷い男になっていたのだ。そんな噂の男に交際を申し込む猛者が居るとは、心底、榛葉は驚いていた。
どんなM女?
「何だよ、それっ! 普通に可愛い子だよ!!」
 安形が放って寄越した携帯の画面を見て、榛葉は確かにと呟く。造りは中々で目も大きいが、髪は染める事も無く特にセットも目立った形でも無く、申し訳なさそうに軽く俯いての写メ。顔が基準以上であるだけに、儚いと言うよりも幸薄いと言う表現が似合っていた。
「・・・・・・何か、昭和の香りがする。博打三昧の夫を支える健気な、みたいな」
「うん?! 人の彼女捕まえて、何言ってんだ、お前っ!」
「あっ・・・そ、そうだよね! ごめん、ごめん」
 うっかり本音を漏らしてしまった榛葉は、慌てて謝る。それでも、これは安形が好きなんじゃなくて、不幸が好きなんじゃ、とうっかり思ってしまった。
――気の所為、気の所為・・・・・・だよな?
「ま、今回は上手くいってるの?」
「ラブラブとは言い難いけどよ・・・何回かデートもしてっけど、今んとこ、問題無ぇよ」
 榛葉から返された携帯をポケットに仕舞いながら、安形はそう返す。そんな安形の不本意そうな顔を見ながら、榛葉の心の中を『それなりのサインを出している女の子と、それを全く気付かずにその辺の犬を見ている安形』と言う構図が駆け巡った。
――その、あれだ。合う合わないは、人知を超えた存在にしか、分かんないし・・・意外に、安形には尽くし型の方が合ってたりも、するか、も・・・・・・?
「・・・上手くいくと、いいね」
 心の中で何度も首を捻りながらも、榛葉は満面の笑みでそれだけは言った。嬉しいそうな顔をして、おう、と返す安形を見ていると、まぁこれでいいか、と苦笑気味に嘆息する。結局は安形が満足していれば、それで問題は無いのだから。この時点で榛葉は、確かにそうは思っていた。

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 数日後の放課後、安形はいそいそと一人教室を出て行った。その後ろ姿を見ながら、榛葉は分かり易いな、と心の中で呟く。一人取り残された教室で、自分も帰ろうと用意をしていると、クラスメートが数人、話し掛けてきた。
「もう帰んの? 暇なら、オレらカラオケ行くけど」
「暇だよ。行く行く」
 二つ返事で榛葉は答え、笑顔を作る。そのまま暫くクラスメートと談笑していた所、一人がふと榛葉に問い掛けてきた。
「今日は安形は?」
「帰ったよ。デートみたい」
「えっ!!」
 別段、特別でも無い会話なのに、別のクラスメートが大きな声を上げる。何事かと全員が彼を見れば、驚いた顔をしたまま、先程まで耳に当てていただろう携帯を指差し、引き攣った半笑いで口を開いた。
「今、安形に電話したら・・・・・・カラオケ、来るって」
「「「はぁっ?!」」」
 今度は榛葉含め、その場に居た全員が大声を上げる番だった。
「ちょ・・・冗談だろ?!」
「・・・また教室戻るから、待っててくれって」
 詰め寄った榛葉に、クラスメートは困った顔で、だが事実を述べる。まさか、そんな、と眩暈を覚えていた榛葉の背後から、聞き慣れた声がした。
「よぉ!」
「よぉ、じゃねーーー! お前、デートは?!」
「え? キャンセル出来たから、した」
「何で?!!」
「いや、こっちのが、楽しそうだったから
「馬鹿野郎ぉーーーっ!」
 思わず榛葉が安形の襟首を締め上げて怒鳴り上げると、安形は何故自分が怒鳴られているのか分からないと言った顔で耳を押さえて怒声を遮っている。その表情が余計に苛立ちを覚え、榛葉は更に激しく首を締め上げた。
「あー・・・中学の時とか、居たなぁ」
 そんな二人を見ながら、クラスメートの一人がぽつりと呟く。
「うん・・・オレは小学校ん時に見た事あるわ・・・彼女と遊ぶより、男友達とのが楽しい奴」
 応えて、更に一人が呟いた。残りのクラスメートも同意の表情を覗かせる。
「「「でも、高校生になってまでもは、ないわー・・・」」」
 全員が同じ色のため息を吐く中、榛葉と安形の攻防は更に続いていた。
「もうお前、今日フラれんの確定だからなっ! そしたら絶対にもう、告白されたって理由で女の子と付き合うな!!」
「何でだよ?」
「ここまで来て、まだ分かんないの?! 相手が可哀想だからだよ! いいか! お前が誰か好きになったら、オレ全力で応援してやる。約束する。だからな・・・」
 未だに理不尽な攻撃を受けている様な顔の安形に、榛葉は心の底からの思いをその顔面に吐き出す。
「・・・お前は絶対に、自分から好きになった子以外と付き合うなっ!!」
「あー、分かったよ。今日、フラれたらな
「まだ大丈夫なつもりかっ!!」
 クラスメートの手前もあり、我慢していた最後の一線もその言葉で切れ、榛葉は思い切り安形の横っ面に拳を叩き付けた。それを周りの人間は・・・・・・拍手で迎え入れる。世論は自分の味方らしいと音で判断をしながら、安形が満足してれば問題は無いと思ったのが問題だった、とそう榛葉は頭を抱えながら思った。
 因みに約一時間後に安形に送られてきたメールによって、更に榛葉の正しさが証明されるのだった。

2011/10/01 UP
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テーマ「人外ファンタジー」
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