悪いのは誰?

 本を貸すからとの言葉に、椿はその日、安形と連れ立って彼の家へと向かっていた。何気無い会話を交わしながら、いつも通りに辿り付くはずの道程。しかしそこで、災難は襲ってきた。
 不意に曇った空模様に嫌な予感を感じるや否や、叩き付ける様な雨粒が落ちてきたのだ。何処かで雨を凌ぐ間も無く、ずぶ濡れになってしまった二人は、もうこのまま安形の家に行った方が早いと二人して駆け出した。
「まっさか、こんな夕立に遭うとはなぁ」
 息が上がった状態で、ため息交じりにそう言って、安形はポケットから自宅の鍵を取り出す。狭い軒下で雨を凌ぎながら、椿は髪が濡れた所為で酷く印象の変わってしまった安形の横顔を、ぼんやりと眺めていた。
「? どした。入れよ」
 いつの間にか玄関のドアが開いており、佇んだままだった椿は安形に促され、慌ててその中に身体を滑り込ませる。漸く屋内に入れた事にほっとしたのも束の間、今度は全身から滴る雨水に玄関先から上がるのも躊躇われ、立ち尽くしてしまった。
「取り敢えず、着替えた方がいいだろ。一先ずは風呂場か?」
「え・・・あの・・・?」
 椿の答を待たず、安形は濡れたままの身体でさっさと家の奥へと向かい始める。それでも廊下に足を上げるのを躊躇していると、安形が不思議そうな顔で椿を振り返った。
「何してんだ? 風邪ひくぞ」
「ですが・・・濡れたままで上がるのは・・・」
「後で拭きゃいいだろ? もうオレ、通ってるし」
 その通りだし、そうするしか無いのだろう。観念して椿は、靴を脱いで上がりかまちに足を掛ける。安形の通った後を辿り、消えた部屋へと自分も顔を覗かせた。
「うわぁっ!」
 目に飛び込んできたのが、既にシャツとその下のタンクトップを脱ぎ、ズボンを降ろそうとした瞬間の安形だった事に驚き、椿は悲鳴の様な大声を上げてしまう。
「今更、こんぐれぇで・・・」
「こ、心の準備とかっ、色々とあるんですっ!」
 真っ赤になって廊下へと顔を引っ込めてしまった椿に、安形は呆れた様な口調になった。脱いだ服をぽいぽいと口を開いた洗濯機の中に放り込み、適当なタオルを腰に巻いて入口から顔を出す。
「オレ、部屋に替えの服取りに行くからよ。お前ぇはシャワーでも浴びてろ。濡れた服は洗濯機に入れといてくれりゃ、乾燥させっから」
 入口に手を掛けて椿を覗き込む様にして安形が声を掛けると、椿は壁に張り付き、必死に安形から目を逸らしていた。その様子に安形が、くくっと小さく笑う。
「椿」
 名前を呼ばれ、きつく閉じていた椿の瞳が緩んだ。不意に顎に手を掛けられ、顔の向きを変えられる。ちゅ、と口づけられたのは、一瞬の間だけだったが、椿が動揺するには十分だった。
「あんま可愛い顔してっと、このまま食っちまうぞ?」
「なっ・・・あっ・・・」
 かっかっかっ、と響いたいつもの笑い声に、揶揄われているのだと知る。それでも目前を裸同然の格好で安形が通り過ぎると、息苦しい程に胸が鳴った。
――・・・・・・頭を冷やそう。
 冷えていたはずの身体が、やけに熱く感じる。いっそ頭から冷たいシャワーでも浴びてしまおうと、椿は脱衣所に足を踏み入れるとぼんやりとしたまま服を脱ぎ始めた。言われた通り濡れた服を洗濯機に入れ、自身は風呂場へとシャワーを浴びる為に入って行く。
 暫く後に着替えを終えた安形が、そこに現れた。椿に貸す服とバスタオルを置き、洗濯機の蓋を閉じる。適当に乾燥の時間を設定し、動かすと今度は雑巾を手に廊下へと再び消えた。
「あの、会長・・・・・・」
「ん?」
 廊下を拭き終えた安形の背中から、声が掛けられる。安形が振り向くと、ドアの隙間から椿が顔だけを覗かせていた。
「その、下着とかは、無いですよね?」
「えっ? 流石に新品は無ぇよ・・・って、お前ぇ、パンツも入れたの??」
 流石に安形も驚いて、目を丸くする。実はぼんやりと服を脱いだ所為で、椿は無意識に洗濯機の中に下着を入れてしまっていた。服を着始めて初めてそれに気付き、慌てて洗濯機を止めようとしたものの、止め方が全く分からず・・・・・・現在に至っていた。
「他のと一緒くたになってっから、ちゃんと乾かさねぇと着れねぇぞ、多分」
 雑巾を手にしたまま、安形は椿へと近付く。慌てた椿が奥に引っ込むのを不審そうに思いながらも、安形は脱衣所に入った。そこで目にした光景に、安形の手から雑巾が落ちる。
「わあぁっ! み、見ないで下さい!!」
 叫び声を上げる椿の格好は、安形の用意したシャツだけを身につけた状態で、何故か下を穿いていなかった。安形の方が上背がある分、シャツは大きく、それなりに椿の身体を覆っていたが、それでも下は太腿を半ばまでしか隠しきれていない。それを必死に手で伸ばし、椿は身を縮込ませて安形から最大限距離を取っていた。
「・・・・・・何のお誘いだ、お前ぇ」
 頭痛を覚えた瞬間の様に、安形は頭を抱えて呟く。椿は顔を赤くして、拗ねた様な表情を浮かべた。
「そっ、そのっ・・・下着を穿かずにズボンに脚を通すのは、借り物なのに何だか失礼な気が・・・」
「別にオレは気にしねぇんだけどなぁ・・・」
 寧ろ、今のこの状態の方が気になってしまう。目の前の天然はそんな事は一切気付いていないだけに、どうしてやろうか、と安形は苦々しい顔になった。
「だっ・・・う、うぅー・・・」
 恥ずかしさから消え入りそうな声になり、椿はそのまま床へと座り込んでしまう。横座りの状態でシャツから覗く膝と太腿に、何とか落ち着こうとしていた安形の中で『無理』の二文字が浮かんだ。そのまま椿に近付くと、びくりと震えた身体の前に膝を突く。
「さっきも言ったよな」
 逃げ掛けた腕を掴み、顎に指を掛けた。
「可愛い顔してっと、食っちまうって」
 顔だけじゃねぇけど、と囁いて、安形は唇を重ねた。嫌がる様に逃げ掛けた顔を抑え付け、深く口付ける。軽く差し込んだ舌に、最初こそ固くなって拒んでいた口内も徐々に力が抜けて逆に向こうから絡んできた。
「んっ・・・ぁふ・・・・・・」
 唇を離すと、熱い吐息交じりの声が漏れる。そのまま首筋に安形が舌を這わせると、口付けの余韻に浸り掛けていた椿の瞳にはっと光が戻った。
「だ、駄目ですっ・・・誰か、帰ってきたらっ」
 慌てて椿は安形の身体を押し退けると、その隙間から逃げ出すべく前へと這う。四つん這いに近い状態で逃げようとした椿の背後から、当然の様に安形の身体が重なった。
「キス一つで腰が砕けてる奴の台詞じゃねぇな」
 ふふん、と笑い、安形は手のひらを椿の太腿の内側に滑らせる。ひぁ、と小さく声を上げ、椿の咽が仰け反った。
「だっ・・・やっ・・・」
 片方の肘で身体を支え、椿は右手を自分の太腿を撫でる安形の腕に絡める。止めようとしたものの、弱々しく絡むだけで、全く効果は無かった。半端に傾いた身体に煽られ、安形のもう片方の手が上へと伸びる。サイズの合わないシャツの隙間は大きく、あっさりとその侵入を許した。素肌の上を滑りながら、安形の指先が胸へと伸び、そこの一点で止まる。軽く触れたかと思った瞬間、きつくそれを掴まれた。
「あっ、ああっ・・・」
 強弱を付けて触れられる度、背筋を痺れる様な快感が走る。それにあられもなく声を上げ、椿は身体を何度も震わせた。
「ひぁ・・・や、だめっ・・・」
 太腿に触れていた手のひらが、いつの間にか中心へと動き、快楽に反応を示していたそこへと触れてくる。また違った種の快感に、椿の腰が軽く揺れた。
「駄目って言われてもな・・・こっちはとっくにこうなってんだよ」
 椿の性器を指先と手のひらで弄りながら、安形は自分の前を椿の後ろへと押し当てる。布越しにも分かる固くなったそれに、今までの情事が思い起こされて、まるで期待する様に椿の熱が高まった。
「・・・・・・佐介」
「んっ、んんっ・・・はっ・・・い・・・」
 耳元で囁かれた名前に、理性が弾け飛ぶ。無意識に返事をして、潤んだ瞳で安形を見上げた。
「両手、塞がってんだ・・・お前ぇの手で、取り出してくれよ」
 告げられた言葉の内容に、椿の中で羞恥心が沸き起こる。けれど同時に感じる所有されている感覚に、快感が増した。
「ああっ・・・ひっ、ど・・・・・・」
 非難する言葉を吐き出しながらも、右手は従順に指示に従い始める。絡めていた腕から離れ、代わりに安形のズボンのベルトへと指を伸ばした。利き手ではない所為で上手く動かない手は、じれったくなる程ゆっくりとしか事を運べない。
「ほら、早く」
 自分の前が既に先走りの液を吐き始め、安形の指先を汚していくのを感じながら、椿は必死に手を動かす。
「ここ、挿れて欲しいだろ?」
「あっ、ああっ、んんっ!」
 不意に安形の指が動き、椿の後ろへと突き入れられた。まだ先に来ると思っていた衝撃に、椿は身体を仰け反らせて声を上げる。同時にびくびくと身体を震わせ、床へと精を吐き出していた。
「あぅ・・・っ・・・」
「指一本でイくって・・・」
 少し驚いた安形の口調に、椿の羞恥心が煽られる。
「・・・何だ、結構、興奮してんだ」
 恥ずかしさから消え入りそうになりながらも、身体はそれを認めていた。奥へと更に進められた安形の指に、果てたばかりの萎えたものが再び固さを取り戻していく。右手は何とかベルトを外し、指先をボタンへと絡めていた。入り込んできていた指は、いつの間にか二本へと増え、内側から椿を刺激する。絶え間無く動く胸元への刺激も相俟って、椿は何度も声を上げて頭を振った。唯もう、言われた通りに安形の性器を取り出す事だけに、意識が向いていく。
「ん、良い子だな」
 漸くズボンの中から取り出した安形の固くなったそれに、軽く椿の指が触れた。同時に自分の中から指を引き抜かれ、震えた指先が安形のそこに爪を当てる。
「っ・・・こら、変に刺激すんなよ・・・こっちもお前ぇのその格好だけでイきそうなんだから」
 安形は一度両手を椿から離すと、腰を支える様に持ち上げた。自分の性器を椿の後ろに宛がい、一気に身体を押し進める。
「あっ、んっ・・・かいっちょ・・・」
 肉を割って入ってくる感覚に、一瞬椿の腰が逃げ掛けた。それを押し止め、安形は深く腰を突き入れる。
「・・・っ・・・はっ・・・あんっ!」
 ゆっくりと動き始めた安形に、椿の身体が震えた。同時に上がる甘い嬌声に、段々と安形にも余裕がなくなってくる。見下ろす身体はじんわりと汗に濡れ、赤く火照って、指先は快楽に溺れてきつく床へと爪を立てて。動かす度に自分の性器に絡まってくる内壁に、安形は耐え切れなくなり、衝動のままに身体を激しく動かした。
「ああっ、かいっ・・・あんっ、んっ、はっ・・・あぁっ」
 動きに合わせて絶え間無く響く喘ぎに、とっくに理性は消えている。唯、沸き起こる劣情のまま、安形は腰を動かし続けた。
「あっ、もぉ・・・や、くるっ・・・かいちょぅ、あっあああっ!」
 椿の身体が大きく震え、内側もきつく締まる。最後に深く突き入れた瞬間に、椿は再び床へと射精していた。同時に安形も、椿の中へと欲望を吐き出す。それを寸前まで搾り取る様に、椿の後ろが収縮し、痙攣を繰り返した。
「・・・はっ・・・あ・・・・・・」
 細かな息を繰り返し、椿は床へと倒れ込む。同じ様に息を乱しながら、安形はその身体から自身を引き抜いた。また軽く震えた身体に覆い被さる様にして顔を寄せ、椿の頬へと軽くキスを落とす。
「佐介」
「んっ・・・会長ぉ・・・」
 呟いた唇に、己のそれを軽く重ねた。続け様に瞼やこめかみにも、唇で触れる。一通り堪能すると、安形はそっと耳元で囁いた。
「今日ばっかは、オレが悪ぃとは思わねぇぞ」
「・・・・・・・・・」
 無言は肯定の証なのか、気不味そうに椿は唇を噛み締めると、すっと安形から顔を逸らす。
――だから、そう言うのがだな!
 時間を置かず、第二ラウンドに突入しそうだな、と安形は羞恥に顔を赤らめているだろう椿を抱き締めながら、一人そんな事を考えていた。

2011/09/05 UP
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