安形さんの恋愛日記 1

 高校に入って早半年。秋も半ばになれば人恋しさからか、行内にはカップルが目立ち始めている。そんな時期の放課後、教室の中で榛葉は一年の半分を共にした安形と話をしていた。
「しっかし・・・お前にも彼女が出来るとは。世の中分からないもんだな」
 榛葉は手にしていた携帯の画像を見ながら、心底驚いた声を出す。
「本人目の前に失礼だな」
 榛葉の手から携帯を取り上げて閉じながら、安形はふっと優越めいた笑みを浮かべた。
「ま、分かる子には分かるってヤツだな。悪ぃな、お先に」
「別にオレは高校の間は彼女作る気無いから、悪くも何ともないけど。可愛い子だね」
 先程見せて貰った写真の主は、平均よりかなり上だった。でなければ陰で密かに人気のあるこの男に告白など出来ないだろうと榛葉は思う。
――実はモテてんだよなぁ、こいつ。
 顔はそれなりなので不思議な話では無いのだが、目立つ行動を取るでもなく、恐らく異性から格好良いと思われる行動を取るでもないので、安形は行内でモテる男の数には数えられていない人種だった。それでも見ている人間は――それこそ安形自身が口にした通り――見ている様で、榛葉は何度かそんな女の子から相談を持ちかけられたりもしている。
――尤も、見ている子がみんな、内気過ぎて誰も告白まで至れてないんだけど・・・
 榛葉の心の内も知らず、安形は一人うきうきと話を続けていた。
「今日も一緒に帰る約束してんだ。何か買い物あるとかってんで、付き合って欲しいってさ」
「良かったね」
 嬉しそうにしている安形を見るのは悪い気分でも無く、榛葉は心からそう言った。恋愛が全てとは思わないが、学生生活を楽しくする重要な要素である事も確かだ。
「じゃ、そろそろオレ行くわ」
「うん、頑張れよ」
 笑って手を振る榛葉に背を向けて、安形は教室を出ていく。それを見ながら、ふと榛葉は思った。
――そう言えば、安形って女の子と付き合うの初めて・・・?
 一抹の不安が頭を過ったが、まさかとそれを打ち消す。それでも念の為、明日話を聞いてみよう、と榛葉は思った。
* * * * * * * * *
 翌日、教室に入った榛葉が目にしたのは、明らかに落ち込んでいる安形だった。
「・・・・・・その様子だと、昨日の放課後デートは上手くいかなかったんだな」
「てか・・・フラれた・・・・・・」
「は・・・はいぃぃ?! ちょ、おまっ、一昨日告白されたって言われてなかった?」
「・・・そうだよ」
 驚いて目を丸くする榛葉の前で、安形はそのまま机に顔を伏してしまう。深呼吸を何度か繰り返し、冷静になって榛葉は安形に質問した。
「昨日、何があった訳?」
「何も・・・心当たりなんて無ぇよ・・・」
 そうは言う物の、榛葉の恋愛レーダーが原因はこいつにあるんじゃないかと反応する。改めて、質問を投げ掛けた。
「昨日、買い物に行ったんだよね? 何処に行ったの?」
「何処って、何かアクセサリーショップっての? 髪留めとかキラキラした奴が色々ある所」
――う、うわぁ・・・また、その子、安形に対して難易度の高い・・・
 昔から付き合いのある榛葉は、安形がそんな場所に行けば五秒で飽きてくる事が想像出来た。
「で、お前はそこでどうしてたんだ?」
「ん? オレ別に興味無ぇから、近くの本屋行って」
「こらーっ!!」
 思わず榛葉は怒鳴付ける。クラスメイトが二人を見ていたが、敢えてそれは気にしない事にした。
「馬鹿じゃないの、お前! そう言う時は興味無くても付き合うもんだろ! それだけ? その後は?!」
「戻ってきたら、二つ髪留め見せて、どっちが良いと思うって聞かれたから、どっちでも一緒だろって・・・」
 安形の返答に絶句した榛葉は、一呼吸置いて息を吸い込む。
お前、頭腐ってんじゃないの?! そう言う時はどっちも似合うって言いながら相手の反応見つつ、本当に欲しがってる方を勧めるのがセオリーだろっ! 迷うって言ってる時は、大概迷ってないんだからっ。その後は?! ちゃんとフォローした?」
 肺活量を最大限にし、榛葉は伏している安形に声を叩き付けた。耳を押さえながら安形は顔を上げ、不貞腐れた顔で言葉を返す。
「フォローって・・・急に不機嫌になって、口利かなくなったんだぜ? もう、面倒になってたら、メールが来たから返信・・・」
お前、本当、どっかおかしいよ! 普通、デート中にいきなりメール返信する?! 通常の友達間でも、失礼極まり無いよ!」
 余りにも予想外の行動に、榛葉が半ば涙目になっている。情けなさ過ぎると呟いた言葉に、安形もかちんと来たらしく激しく反論をした。
「オレもいい加減、腹立ってたんだよ! 七時から見たいテレビもあったし、そりゃ帰るだろ!!」
「何で自分の都合優先させるのーーーっ! あからさまにお前が謝るの待ってるっての、その子!!」
「だったら、そう言やいいだろっ! 言いもせずにねちねちよーっ!!」
「そんなの、言わないでも分かって欲しいからに決まってんだろーがっ! その後、電話ぐらいしたのかよ!!」
 せめてそこは正常であってくれ、と思う榛葉の期待を、ある意味気持ち良いぐらい安形は裏切る。
「最終回だったんだぜ? 電話する暇有るかよ。その後、寝ようと思ったら、向こうからメールが来た」
「内容はっ!!」
「思ってたのと違ったから別れようって」
「電話した?!」
「してねーよっ! もう口も利きたくないって書いてあったんだぜ?!」
「電話しろって意味だ、そりゃーーーっ!!」
 そこまで言った所で榛葉もぐったりとしてしまい、そのまま安形の机に手を付いてその場に座り込んだ。安形は相変わらず釈然としない顔で、そんな榛葉を見ている。
「もういい。訳分からねぇし。言動と欲求がここまで食い違う生き物、相手に出来ねぇよ」
「うん・・・安形はもう暫く恋愛、ムリだと思うよ・・・・・・」
 恋愛は学生生活を楽しくする重要な要素だとは思うが、それが全てでは無い訳だし。そう文章の前後を入れ替え、榛葉は無理矢理自分を納得させた。大きなため息が一つ、知らず榛葉の口から零れ落ちる。
――こいつと付き合える女の子が居たら、きっと凄い器が大きい子なんだろうな・・・
 そんな子が現れる気がしないけれど、と榛葉は心の中でそっと呟くのだった。

2011/07/25 UP
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