七夕

 その日、椿が生徒会室のに向かって歩いていると、視界に青々とした笹の葉が飛び込んできた。生徒会室の数メートル手前に設置された笹と、ご丁寧にすぐ側の机には短冊にペンが置いてある。色とりどりの飾りの間には、既に願い事が書き込まれた短冊がゆらゆらと風にそよいでいた。
「会長、かな・・・?」
 先日、近くに笹林があるから、と件の人物が言っていた事を思い出す。欲しいならついでがあるから取ってくる、と続いた言葉の意味を理解し、椿は知らず頬を緩めた。
「・・・・・・たまには、こう言うのも悪くないか」
 椿だってこう言う行事は嫌いではない。皆が楽しめるのなら、猶の事だった。作り方の想像もつかない細かい細工の飾りや細やかな願い事の書かれた短冊を眺め、椿も机の上の短冊を一つ手に取る。ペンを手に取り、何を書こうかと考えながら身体を傾けた。
「・・・・・・?」
 視界にその目立つ短冊が入った瞬間、違和感を覚えて手を止める。最初は何故か分からなかったが、改めてそれを読んで椿の顔から笑顔が消えた。ペンを放り出し、代わりにその短冊を笹から引き千切って生徒会室に飛び込む。
「何を考えているんですか、会長ぉーーーっ!」
 飛び込んだ勢いそのままに生徒会長の机に短冊を叩き付けると、榛葉と談笑していた安形の顔が満面の笑みと共に椿に向いた。
「おほっ、やっと気付いたのかよ。意外と遅かったなー」
「いつからっ・・・いつから、これっ!!」
 何事かと叩き付けられた短冊を見て、榛葉があーあ、と呆れた顔をする。
「何っかしてると思ったら・・・安形、お前」
 呟いた榛葉の目に映るのは、わざわざ赤い短冊を選んで書かれた「良いお嫁さんになれますように 椿 佐介」の文字だった。笹を取り付けた後に一人何やらこそこそとしていたのは、これを作っていたからかと思い至る。
「まぁ、待て、椿。大体お前ぇ、七夕の行事の正しい意味知ってんのか?」
「・・・・・・正しい? 願い事を書いてその成就を願うのでは?」
「元々、願い事ってのは女子が自分の習い事のスキルアップ・・・延いては良い妻になれますようにって願うもんなんだぞ?」
 真面目な顔をして言い切る安形を見て、隣で榛葉が嘆息する。
――安形・・・それ、途中までは正しいけど、後半は勝手な解釈だよな?
「え・・・? そ、それは知りませんでした・・・不勉強で、申し訳ありません」
――うん、椿ちゃんも乗せられて謝るべきではないと・・・
 突っ込むべきか否か。榛葉がそう考えあぐねている間にも、二人の会話は進んでいく。
「そうそう。だから『良いお嫁さんになれますように』って願い事は正しい訳だ」
「なるほど、そうなんですね」
 楽しそうに笑いながら机に肘を突き、組んだ手の上に顎を乗せる安形の目の前で、感心して頷いた椿だったが、ふと肝心な事に気が付いて表情が変わった。
「・・・・・・・・・その後にボクの名前が書いてある理由にはなりませんよね?」
「うん? オレはいつでもお前の事、嫁に貰ってやるけど」
 にっこりと笑って言われた台詞に、一瞬椿の思考が停止する。単語の意味が解っても文章の意味が解らないまま、夢遊病患者の様に無意識に安形が肘を突いている机の端を両手で掴んだ。
「・・・寝言は」
 ぽつりと呟かれた言葉の後、椿の両腕に力が籠る。
「寝ている時だけで十分です!!」
「うぉわぁっー!!」
 叫ぶや否や、椿は両の腕だけで机の端を持ち上げて、必殺ちゃぶ台返しをリアルに再現させた。当然、安形は顔面含む身体の表側でそれを受け止める。今回は骨の一つや二つ折れたかな?、とぼんやりと思っていた榛葉の視線の中で、安形はめげずに机の下から這い出して横倒しになったそこに片手を突いて上半身を起こした。
「分かった、椿・・・」
 安形に背を向けて自分の席に着こうとしていた椿に、真顔になった安形が声を掛ける。その声に反応し、椿は動きを止めた。
「オレが、婿に行く」
「そう言う問題ではありませんからっ!」
 止めとばかりに飛んだのは、鉄製ブックスタンド。お値段はお得ですが、非常に重い、そして固いそれだった。
「今日はもう、帰らせて頂きます!」
 吐き捨てて、椿はそのまま乱暴な足音を立てながら生徒会室を後にした。その背中を見送った後、榛葉は改めて安形を見る。そこにはブックスタンドの角が見事にヒットした額を押さえ、濁点の付いた呻き声を上げる安形の姿があった。
「・・・なぁ、安形」
 呆れ半分、憐れみ半分。非常に複雑な心持で、榛葉は友人に語り掛ける。
「お前の趣旨は椿ちゃんをからかう事? それともその後、痛めつけられる事??」
「・・・・・・最近は、両方かもなぁ」
 完全に後半のみが趣旨になったら、こいつとは友達を止めよう。心成しか嬉しげに見える安形を見ながら、榛葉は心からそう思った。

2011/07/10 UP
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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